表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

桜の下に埋まるモノ

 桜の下には死体が埋まっている。

 綺麗な桜の下に埋まっているんだから、きっとその死体も綺麗なんだろう。その綺麗な死体を見てみたい。


 そう思うようになって3年。僕はずっと桜の下を掘っている。


 家の周りにある桜は全て掘り尽くした。何もなかったから、桜の多い場所を転々と引っ越しては、そこにある桜を全て掘った。もう何百本の桜の下を掘っただろうか。死体はまったく出てこない。


 なんでこんな事をしているんだろうか。その理由も曖昧になってきてしまっている。ただ死体が見たいだけなのか。それとも桜に埋もれる死体というシチュエーションに憧れを感じているのか。正直な所、僕にもこんなに必死になる理由が分かっていない。ただ、やらなくてはという使命感のようなものだけは僕の心にずっと残り続けていた。


 今日もまた成果は無いようだった。3メートルは掘ったであろう穴を見つめて、僕は何もないと確信した。もう慣れてしまっているから、徒労感も感じていない。僕はただ何もない穴をしばらく眺め、それから穴を埋め戻す。そこにはなんの感情も湧いてこなかった。


  ●


 それから僕はまた新しい場所にやって来た。

 引っ越しの片付けもそこそこに、僕は周りを歩いて桜を探していた。ここも桜の名所として有名な場所なだけに、見渡せば桜の木が見える。どの木も満開の花を咲かせていた。


 僕はその中で、遠くの少し小高い丘に立つ1本の桜の木に目を惹かれた。見た目は他の桜と変わらない。でも僕はその木に何か特別なものを感じた。まるであの桜に呼ばれているような……こっちへおいでと囁いているような幻聴が聞こえた気がした。

 僕は気になりながらも一旦はそこを離れた。家に帰ってもその桜の事が気になってまともに寝ることができないくらいだった。


 次の日の夜にはもう、僕はその桜の元へ向かっていた。昼間に地面を掘っていると怪しまれるから、桜の下を掘るのはいつも深夜だ。僕はその桜の下に辿り着いたけど、すぐには動かなかった。やっぱり、この桜は僕を呼んでいたような気がする。だから僕は木の幹に手を当てて呼びかけてみた。


(君は僕を呼んでいたのかい?)


 心の中で呼びかけてみるが、桜が返事をしてくる事はなかった。代わりに花弁がひとつ、ゆらゆらと僕の足元に落ちてきた。僕はそれを見て桜がここを掘れと言っているのだと思った。僕は持ってきたショベルでいつものように地面を掘り始める。桜と月に見守られながら、僕は深い穴を掘り続けた。


  ●


 1時間以上は経っただろうか。相変わらず何かが出てくるような気配はない。桜が呼びかけているなんて、きっと僕はおかしくなってしまったんだろう。そう考え始めた時、ショベルの先が何かに当たった。木の根かと思ったけど、周りを広げるように掘ってみると、それは何か人工物のようだった。

 僕は初めて桜の下に埋まる何かを見つけた。そうと分かった時、僕は興奮して夢中で掘り進めた。気付いた時にはその人工物が何なのかはっきりと分かるくらい穴を掘っていた。


 掘り当てたのはどう見ても棺だった。棺ということは、その中には死体が眠っている。遂に僕が夢見た瞬間が訪れたようだった。でも、僕はこの棺を前に見たように思えてならなかった。

 一体どこでこれを見たんだろう。思い出そうにも僕の記憶はもうはっきりと過去を思い出すことができない。僕は違和感を抱えたまま、棺の蓋を横にずらした。


 棺の中で美しい女性が眠っていた。


 僕はその姿を目に焼き付けるように眺めていた。目を閉じ、安らかな顔で眠っているその姿を見て、僕はこれが幻覚だと思っていた。だって、彼女が眠ったのはもう10年も前なんだから。


  ●


 10年前、僕には好きな人が居た。その人は聡明だったけど、時々遠くの世界を見るようにぼんやりとしていた。僕はその姿を見るのが好きだった。

 やがて彼女は病気になった。元から持病があったらしく、治療法も確立されていなかった。その年の内に、彼女は眠ってしまった。


 彼女は生前に大好きだった桜の木の下に埋められた。僕もそこに立ち会っていた。でも事実を受け入れたくなかった僕は、無意識のうちにその記憶を封印した。彼女のことを忘れてしまえば悲しむことはないから、僕は彼女の記憶を全て消した。


 それから7年も経って、僕の記憶から彼女は居なくなったように見えた。しかし、いくら記憶を否定しても心の深い深い場所では彼女を忘れるなと叫んでいた。そして僕は記憶を失くしたまま、彼女をもう一度探すことにした。漠然としたイメージと、よく分からない使命感だけで僕は3年を費やした。彼女と対面した今、僕の中で消し去っていた記憶が濁流のように流れてきていた。


 記憶の濁流が終わって意識が戻ってきた時、僕の隣には蓋の閉じた棺があった。やっぱり、あれは幻覚だったんだろう。もう一度開ければ、今度こそ彼女と対面できる。でも僕にそんな気はなかった。

 あの幻覚の姿を上書きしたくはなかった。僕は穴から出ると、いつものように穴を埋め戻した。僕の心は穏やかになっていた。


  ●


 彼女と対面したあの日以降、僕は桜の下を掘るのを辞めた。

 今は彼女のいるこの土地にそのまま暮らしている。時々、僕の過去の行動を知った人が尋ねてくる事がある。桜の下に死体はあったのかと。

 そう聞かれた時、僕はいつもこう答えている。


「桜の木の下には死体じゃなくて、想い出が埋まっている」と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ