97.キロヒ、定型文を覚える
幻級の嵐は去った。
実質三日間。放課後の度に、幻級精霊士キーは屋根裏部屋を好き勝手に組み替えて、八人と交流を持ち続けた。
それを心から喜んだのは三人。シテカ、ヘケテ、ニヂロである。
幻級に上霊した実体験の話や、戦い方。普通の精霊士人生では、一生会うこともないまま終わるかもしれない人間の、貴重な情報に三人はかぶりついた。
貴重な情報を手放しで聞く立場でいたかったのに、キーに多数の質問を投げかけられて胸やけをおこしかけたのが、クロヤハとキロヒとイミルルセ。
サーポクは、いつも通りサーポクしていた。
キーが二年の屋根裏部屋の八人に、強く興味を持ったのは明らかだ。なぜなら、こんなことを問いかけたからである。
「君たちの精霊士としての目標を聞こう。二年を半分以上過ぎた程度の子どもだというのに、革新的なことに手を出し続けている。精霊士界の発展としては素晴らしいが、それが永遠に続くわけではない。八人全員が同じ方を向いているようにも見えない。君たちの進路によっては、私の力も役に立つかもしれない」
キーは甘い言葉を流し込んでくる。
キロヒにしてみれば、いやな話題だ。この八人の中で、どこを切れば分断しやすいか、どこの部分が自身にとって旨味があるのか探られている気がした。悪意はないのかもしれないが、手放しの善意と言うには、相手の力は強大で影響力も大きすぎる。一介の平民の卒業生の進路に介入していい人ではない。
けれど彼の質問を、遮るほどの理由はない。深く考える時間も与えられず、順番に回答を促される。
「ヘケテ」
「ワイは強くなって強い魔物をぶっとばす」
「シテカ」
「食われる側ではなく食う側になる」
「クロヤハ」
「フキルを止めます。後は普通に精霊士になります」
「カーニゼク」
「学園で苦労してきたんで、できればもう苦労したくない、です」
「ニヂロ」
「金を稼いで人を顎で使う」
「キロヒ」
「……平穏に生きたいです」
「イミルルセ」
「自由な選択をするために、身を守れるようになりますわ」
「サーポク」
「島に帰ってザブンとビニニと暮らすとよ」
改めて言葉で聞くと、方向性の違いがはっきりする。そしてそれぞれに、ままならない部分があることを明らかにしている。
ヘケテは弱い者がどうなるか知っていて、それに抗っている。シテカは食われる側がどうなるか知っていて抗っている。クロヤハはフキルにこだわり、カーニゼクは自身の苦労を重荷に思っている。
ニヂロは金がなくて顎で使われるのはまっぴらだと思い、イミルルセは自由な選択ができなかった。キロヒは騒がしい暮らしが合わない。サーポクは島から強制的に連れ出された。
違う方を向いている子どもたちが、たまたま同じ年でここに集まっただけだとよく分かる。
「フキル……ああ、除名された特級か」
目標の中で違和感のあるその名前を、キーは拾い上げる。
「はい。『離』の件で完全に親族からは切り離されましたが、フキルがこの学園を狙うことをやめたわけではないので止めます」
クロヤハは頷きながら答える。
「もはや特級は特別ではなくなりかけているというのに」
「フキルは幻級を目指しています」
「幻級を目指す……か。もし本当に幻級になって学園にきたら、私に連絡しなさい。これを渡しておく」
指輪から取り出されたのは、連絡板が二対。まだ改良前の型なので、やりとりは一枚に対して一枚だ。
一対目は、クロヤハとキーをつなぐ連絡用。二対目が、キロヒとキーをつなぐ連絡用だ。
キロヒはイミルルセに渡そうとしたのだが、彼女は首を横に振ってキロヒに戻した。それにキーも頷いたため、彼女はげんなりしながらも連絡板を受け取らなければならなかった。まだ文字のやりとりであるだけマシだと、あきらめるしかない。一体誰がこんなものを開発したのかと、キロヒは自虐的な感情を抱いた。
しかしキロヒの精神の安寧を無視すれば、フキルに対して大きな保険を得られたということである。完全な味方と信じ切ってはいけないが、協力者としてはどれだけおつりを払っても、おつりの方が足りないほどの相手だ。
こうしている間にも、フキルは精神的に追い詰められていくだろう。特級が増え、逃亡生活もしづらくなっていく。追い詰めすぎて、やぶれかぶれになって襲撃される可能性もある。
ラエギーは立ちはだかってくれるだろうが、それでも危機的状況になりそうな時は、迷わずキーに助けを求めようと思った。フキルが幻級に上霊していなかったとしても。
「精霊に関する新情報で分からないことがあったら、気軽に私に相談するといい」
そう言って、キーはラエギーと入れ替わりで学園を去って行った。
あくまでも「新情報」というところが、本当に彼らしい。キロヒは「はぁ」と、気のない返事しかできなかったが。
その後、時折キロヒの連絡板に文字が浮かぶことがあった。
『何か私に伝えたいことはないか?』
毎回同じ定型文である。
『いまのところありません』
キロヒの返事も定型文だった。




