79.キロヒ、カップを作る
「精霊具は、無級精霊を入れるため、形が違っても外側が亜霊域器と同様の構造になります。無級精霊が自分で出入りしない霊壁で囲ったものです」
精霊具の授業で、次に配布されたのが小瓶に入った透明の粘度のある液体。
「いまみなさんの手元にあるものが、霊壁の素という材料です。これに精霊の息吹を入れて練り、必要な形に整形します。無暗に大きく作る必要はありません。内部の霊密を上げれば、容量は増えますからね」
また隣に座った三年生の女子二人は、瓶に顔を近づけて匂いをかいだり、持ち上げて透かしてみたりしている。ニヂロに至っては、既に指をつっこんでかき混ぜていた。
初めて見るものをいきなり触るのは不用心すぎないだろうかと、キロヒだけが勝手に心配をしていた。
「先生、質問です」
「はいどうぞ」
「この霊壁の材料は、どうやって作るんですか?」
「私たちでは作れませんので、学校や協会に申請して入手することになります」
他の三年生からの質問に老齢の教師は、うんうんと頷きながら答えている。よくある質問なのだろう。
「質問」
そこへ、シュバッとニヂロが手を挙げる。
「はいどうぞ」
「ワタシタチがダメなら、誰なら作れる?」
すぐ近くの教師とニヂロが見つめ合う形になった。無礼な物言いだが、老教師はそれににんまりと笑みを浮かべる。
「ふむ、これは自然学の研究にも関係していることなのですが、亜霊域器の中以外……要は普通の自然の中にも霊層というものがあるのです」
生徒たちが一斉に首を傾げる。
「亜霊域器内の霊層は、同じ場所でありながらも、見えない隔たりにより複数の空間を作ることができますが、自然界の霊層は人間の住む世界と精霊の棲む世界を隔てています。この自然界の霊層を分ける霊壁を材料にしているのが、この霊壁の素です」
ニヂロは一言一句聞き逃さないという強い視線で、教師を見つめ続けている。説明はまだ途中だ。いま教師が説明した「見えない自然の霊層」とやらを、誰なら回収できるというのか。
「この自然霊層に容易に触れられるのは……幻級精霊のみと言われています。ですので、この世の中に精霊具があるのは、幻級精霊士の方のおかげなのですよ」
おおーと教室中が驚きと、ここにはいない幻級精霊士という存在に尊敬の眼差しを見せる。
ということは幻級精霊士が絶えると、精霊具の作成にも苦心することになり、一気に国力が落ちる。現在この国の幻級精霊士のほとんどが老齢ということなので、国としては次世代の幻級精霊士を増やすことは国是だろう。
「幻級精霊士か……」
しかし、そんな中でニヂロは幻級精霊士に対する尊敬の念など、微塵も表していない。むしろその目に浮かんでいるのは金色の貨幣だ。幻級精霊士になったら、とんでもなく稼げるとでも考えているのだろう。
キロヒはすっと視線をそらして、霊壁の素の瓶を軽く揺らすのだった。
霊壁の素を手にとって、クルリに息吹を入れてもらって練る。
今回作るのは、簡易給水具だ。持ち歩きやすい小ささで形は自由。成功すれば、その精霊具から直接少量の水を摂取することができるようになる。
水の無級精霊は、十二月の屋外実習で出かけた滝に入れに行くことになる。
ニジロは小瓶のような形を作ろうとしている。キロヒはどの形にするか悩んだ挙句に、取っ手のついたカップの形にする。人形用のカップであるかのような小ささだ。
「まあぁ、可愛いぃ」
サケラエが、興味深そうにのぞき込んできた。
「取っ手までつけるの? いらなくない?」
その声に引っ張られて、キユケまで首を伸ばす。二人にじっと見つめられ、キロヒは恥ずかしさにまごつく。
「えっと、あの、持ち歩きやすい方がいいかなと、その……取っ手のところに、紐を入れたら……首からさげられるかなって」
顔を赤くしながら、キロヒは何とか説明した。もし水に困るようなことがあった時、これがあれば、多少は緩和できるのではないかと思ったのだ。
「指輪に入れとけばよくない?」
しかしキユケにばっさりやられて、キロヒは自分の浅はかな考えに消えてしまいたくなった。
「でもぉ、将来的に普通の人が使う形としてはよくないぃ? 精霊士しか指輪は使えないんだしぃ。それにオシャレだよぉ。私は好きだなぁ」
そんなキロヒを、サケラエが救ってくれた。ありがとうございますと、心の中で彼女に感謝を捧げた。
「そうだよ、装飾品としてネックレスに見えるようにするのはいいよね。私もそうしよっと。魅せる精霊具……流行るんじゃない?」
「水じゃなくってぇ、あったかい風が出るネックレスとかぁ、涼しい風が出るネックレスとかぁ、季節によっては便利そうよねぇ」
キロヒの一言から、三年生はどんどん話を膨らませていく。そこまで考えていなかったキロヒは、面白そうだとは思ったが、同時にすぐに誰にでも真似される商品だとも思った。意匠を考える人と、意匠の色に合う精霊士がいれば、綺麗な精霊具は完成させられるからだ。
キロヒは、どうあっても商人の娘だった。
普通の人も使える精霊具ができたら、最初に祖母に贈ろうとキロヒは心に決め、小さなカップを作り上げた。




