76.キロヒ、出し抜く
「精霊具とは、精霊士の願いと無級精霊のできることが合致した時に、初めて作成することができます」
精霊具の教師は、普段は二年生を担当しているというかなりの老齢の男性だった。こまごまとした日常の精霊具を作るのが得意な先生で、初心者向けの授業としてはうってつけの人だというのが、キロヒの隣の三年生情報だった。
無級精霊は、自然の中で自然の動きを真似る存在だ。それを中級以上の精霊で協力させることで、特定の仕事をしてもらう。
「今日は精霊具の楽しさが分かるように、『触って光る玉』を作ってみましょう。いきなり全部作るのは難しいですから、今回は玉の部分だけ用意しました。中には光に関係する無級精霊が既に入っています」
配られたのは、ガラスのような透明で小さい球。とはいっても、完全な球ではない。一か所平らになっており、その面を下にして机に置くと、転がらないようになっている。軽く、中は空洞のようだ。
「これは精霊具としては既に出来上がっています。皆さんは、これに触って光らせてください。それができた人は、光っている時に触って消してください。分からないことがあったら聞いてください。あまり大きな声は出さないように」
老教師はそう告げると、後ろの席へと歩き始めた。継続受講者への指導に行くのだろう。
キロヒは襟元から、クルリに出て来てもらう。ニヂロもツララを呼び出す。
「うわ、本当に上級精霊じゃん」
教師に怒られないほどの小声で、三年生のキユケがツララを見て言った。ニヂロは、教師が来るギリギリまで後方の上級生に絡んでいたので、隣の三年生とは何も話をしていない。
「格好のいい精霊だわぁ」
サケラエもツララが気に入ったのか、じっと見つめている。ニヂロはちらっと見ただけで反応はしなかった。噛みついてこないということは、満更でもなかったのだろう。
しかし。
「触って光る……ってどういうことだ?」
ニヂロがぼそっと、透明の玉をくるくると回して呟いた。
「部屋の小窓の縁をなぞると、明るくなりますよね? ああいうものだと思います」
そっとキロヒが助言すると、「あー、あれか」と、ニヂロも把握したようだ。直後に「って、知ってたぜ、そのくらい」と、いろいろ台無しの追加をされた。余計なお世話だったようだ。
「ふんふん、そういうことね」
キロヒの説明にキユケも納得したように頷いている。あなたもですかと、心の中で小さくツッコんでも許されるのではないだろうか。
「出ておいで、バーン」
「ばばばん」
キユケが出した精霊は中級の大きさ。形はサエヤワサスという穀物に似ていた。本来の穀物は細長い形に黄色か暗い紫の粒がびっしりついている。種類にもよるが、粉にしても使えるし茹でてもおいしい。
しかしバーンと呼ばれた精霊は同じような形でも、上半分が真っ赤で、下半分が真っ黒という刺激的な色。更につりあがった目がついている。
「いでよぉ、ギギギ」
「ぎぎっ」
サケラエの精霊は、大きな──アリ型だった。ひゅっとキロヒは息を吸ったが、声は出さなかった。上級の大きさで虫が飛び出してくるとは思ってもみなかったので、心の準備ができていなかった。
全身が黒い石で出来ているかのような黒光りのアリ。一番前の足が鍬のように曲がっており、触覚は左右どちらも内側に刃がある、二本の鎌のよう。
「さあてぇ、誰が一番最初に成功させるかなぁ?」
サケラエが、その彫刻のような横顔を微笑ませながら煽るようなことを言い出す。
「それは勿論、わたしだよー」と、キユケ。いつも二人でこういうやりとりをしているに違いない。
「いや、アタシだね」
そこに挨拶もしていないニヂロが、あっさりと割り込んでいく。どうして勝負になってしまうのか。
「それは、楽しみねぇ」
「負けないよー、一年ちゃん」
勝負を楽しむ三年に転がされるニヂロ。その間に挟まったキロヒは、私は最後でいいやと思っていた。
のに。
「あっ」
キロヒの前の球がほのかに光を放つ。
「「「ああっ」」」
周囲三人の視線が、一斉にキロヒの球に向かった。まさかの一番に成功してしまったのである。
「一番乗りおめでとぉ」
「ああ、負けちゃったー。すごいすごい」
三年の優しい賞賛がまぶしすぎて、キロヒは半目の目をさらに細めた。恐ろしくてニヂロの方を向けないので、三年の方だけ向いていたかった。
「ありがとうクルリ」
今更なかったことにはできないので、クルリの頭を撫でる。「ぴゅるりぃ」と、自慢げに胸を張る可愛さに、キロヒも思わず顔が緩む。ニヂロがこちらを睨んでいる気がするが、見えていない。見えていないものはないもの、とキロヒは心の中で呪文を唱えた。
「ここからは二番争いねぇ」
「二番は絶対わたしよー」
サケラエが次の順位を示したおかげで、彼女たちは続きに取り掛かった。ニヂロも再びツララにブツブツと呟き始める。
キロヒは引き続き、もう一度触ると消える、に取り掛かる。
それも一発で成功してしまう。キロヒは思わず口をぎゅうっと閉じた。ここで「あっ」と言おうものなら、他の三人の集中を途切れさせ、また注目を集めてしまうからだ。
キロヒは黙って可愛いクルリを撫で続けることにした。




