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5・キロヒ、スミウの名を知る

「おや、一人足りてないね」

 部屋姉妹(スミウ)なる強烈な謎制度の説明で茫然とする三人を横目に、イシグルは左手前のベッドへと近づいて行く。背の高い身体を腰で折り曲げて、ベッドを覗き込み「起きて」と呼びかけている。

 がばりと上掛けが持ち上がり、驚いた顔の女の子が上半身を起こす。

 くしゃくしゃの黒髪のクセっ毛は耳の下ほどの長さ。褐色の肌は、イシグルの日焼け肌とは比べ物にならない濃さで、南方の出身であることが明らかだった。目の幅は短く縦が長めの、大きなまんまるの藍色の目の上の太い眉。驚いた口は顔の下半分もあるのではないかと思えるほど大きい。全体的に見ると、キロヒと同じ年に思えないほど、幼い顔をしていた。

「わー、びっくりしたとよー」

 口も大きければ声も大きい。言葉の抑揚が、訛りもあってか随分と違う。灰色の肌の少女も少し違うが、こちらは一言で分かるほどだ。

「さて、これで全員顔を合わせたね。まずは自己紹介だ。名前も知らない姉妹はいないだろう? 君、お名前は?」

 ついていけていない三人を置いて、イシグルは褐色の肌の子にそう問いかけた。

「うち? うちはサーポクよ。あんちゃんは何て名前?」

 サーポクと名乗った褐色の肌の少女は、明るく奔放な表情と声で問い返した。

「あんちゃんじゃなくて、お姉さん。イシグルだよ。四年生で、君の先輩。シグ先輩って呼んで」

「あんちゃんじゃなくてねーちゃん? びっくりしたとよ……センパイって何よ?」

「君より年上で君の面倒も見るから、頼っていい人だよって意味、かな」

「ほんと? うち、すぐ島に帰りたかとよー、帰ってよか?」

 頼っていいという言葉に、サーポクは両手を頭の上まで上げて、願いが叶うことを確信しているような満面の笑みで身をくねるように踊り出した。

「それは無理」

「えー」

 両手がだらりと落ちて、太い眉がしょんぼりと下がる。

「サーポク、君の友達も他の三人に紹介してあげて」

 へこんでしまった少女を励ますでもなく、イシグルはほらほらと次を促す。

「うちの友達? ザブンのこと? ほい、うちの友達のザブンよー」

 次の道へと誘導されたことで、サーポクはへこんでいた気持ちを忘れたかのように、ベッドから引っ張り出したソレ(・・)を両手で掲げて見せた。

 第一印象は、「大きい」としか言えなかった。サーポクが持ち上げたのは彼女の上半身を越える大きな亀だった。両手両足はヒレの形をしており、とても陸で暮らす亀には見えなかった。

 しかし、普通の亀ではない特徴もあった。こちらに向けられている背中の甲羅は、海を切り抜いたような紺碧の硝子のようなものでできていた。その中に珊瑚や海藻、動く生き物の小さな姿さえ見える。

「この精霊、大きいだろう?」

 イシグルは三人を見回しながら、ザブンという亀を見せつけるようにそう言った。含みのある言葉。

「この精霊はね、特級精霊だよ。サーポクは特級精霊の友達になっていたから、この学園に特待生として入ることになったんだ……まあ、ぶっちゃけて言えば強制的に」

「ザブンと島に帰りたかとよー」

 掲げた亀の横から顔を出して、サーポクがぷくーっと頬を膨らませた。

「まあまあ、ここなら君には部屋姉妹(スミウ)ができるよ」

「スミウ?」

「そう、君に家族が増えるんだよ」

「島のじーちゃんとかあんちゃんみたいな?」

「そうそう」

「家族ってあのねーちゃんたち?」

「君と同じ年だけど、そうだね」

 イシグルの説明に、少しサーポクの表情が明るくなる。期待のこもった藍色の目が、三人に向けられた。

「はっ、何が家族だ」

 最初に反応したのは、灰色の肌の少女。付き合っていられないとばかりに言葉を投げ捨てて机の前の椅子にどっかりと座り込む。

「そう? 君が部屋姉妹(スミウ)を受け入れないというのなら、今日限定で君だけ退園にしてもらえるように先生に伝えるよ? 学校はまだ始まっていないから、一蓮托生は明日からだしね。ちなみにサーポクは、今日であっても退園にはできない。特級精霊の友人だからね」

 イシグルは灰色の肌の少女に、優しい笑顔を向ける。しかしその内容は、サーポクの代わりはいないが、君の代わりはいくらでもいるという残酷な事実だった。

 その事実に、ぐっと灰色の肌の少女は息を詰まらせる。「こんな学園やめてやる」という言葉は、その口から出ることはなかった。彼女には、退園できない理由があるのだろう。

「……ニヂロだ」

 唸るように灰色の肌の少女は言った。

「それが君の名前?」

「他に何があるんだ、馬鹿じゃねえのか、男女ブス」

「言っておくけど、指導担当は教師の次に君たちを評価する立場だよ。ここに入園するくらいなんだから、意味は分かるよね? シグ先輩……はい、呼んでみて」

「……なあ、一蓮托生って言ったよな? 何かあったらあの田舎ブスもやめさせられるんだろ? いいのか?」

 ニヂロと名乗った少女は、攻撃的な視線でイシグルを睨みつける。いざとなればサーポクも巻き込んで退園にすることができると脅しているのだ。

「はははは、面白いね。やってみるといいよ。特級精霊の友人なんて、学園でなくても喜んで引き受けて育ててくれる人は多いだろうしね。退園で痛い思いをするのは、彼女以外だよ」

 イシグルは、とことんニヂロの棘をへし折る気のようだ。

 ニヂロは視線を右に左にと動かし何か考え込んだ後、悔しそうにその口を歪めてこう言った。

「シグ先輩……これでいいんだろ」

「うんうん、じゃあ友達も紹介して」

「チッ……出て来い、ツララ」

 ニヂロの固そうな髪の間から、棘のようなたてがみを生やした白い四つ足の精霊が顔を出す。顔と尻尾は狼に似ている。青い吊り上った目。開いた口からはギザギザの牙が見えている。大きさは片手に乗るくらいだ。

「キャウ……」

 小さいせいか鳴き声は甲高いが、可愛げよりも強さを良しとしている様子は、見ているだけでキロヒに強く伝わってきた。

「これでいいだろ?」

 重そうな黒髪の間に、ツララと呼ばれた精霊は再び潜り込んでいく。

「そうだね。じゃあ次は君。名前と友達を紹介して」

 イシグルは金髪の少女に視線を向けた。彼女は椅子からすっくと立ち上がり、胸に片手を当てて膝を曲げるという上品な辞儀を見せた。

「私はイミルルセ。呼びにくければルルでよろしくてよ。こちらは友人のヌクミですわ」

「フワァー」

 スカートのポケットの中から現れたのは、真っ赤な花びらをドレスにした鮮やかで可愛らしい人型の精霊。緑の長細い葉を髪に。ちいさなタンポポの花のような両目を持っている。イミルルセの手のひらの上のヌクミも、舞台女優のように優雅な辞儀を見せた。

 奔放、攻撃的、そして優雅。

 個性の強い三人の自己紹介、友人紹介が終わってしまった。立ち尽くしたままのキロヒに、部屋の全ての人間の視線が集中する。

「さあ、最後は君だ」

 イシグルは容赦なく、キロヒを促す。

「え、えっと……その……キロヒです。あ、と、友達は……」

 緊張のあまり、おぼつかない言葉になりながら、彼女は慌てて自分のシャツの襟を見た。コートを脱いだ時、そちらに移動したのだ。

「クルリ……出てこれる?」

「ピューイ?」

 ぴょこんと襟から顔を出した友達を、キロヒは両手で抱きかかえた。

「と、友達の……クルリです」

 手のひらに乗せて皆に紹介する。同じ人型という意味では、あまりにイミルルセのヌクミとは華やかさが違う。

 けれどそんな外見は関係がない。クルリはキロヒにとって大事な友達なのだから。

 むしろキロヒ自身がイミルルセの横に立つことの方を、よほど恐れている。彼女の美しさは眩しすぎて、いっそ毒に感じるほど。

 しかし、そんな劣等感をのんびり味わっている暇は、現時点ではなかった。

「さて、自己紹介も終わったところで……君たちには他の部屋の子とは違う大きな義務があるころを告げなければならないね。それをつつがなくこなせるよう頑張ってくれ」

 満足そうに頷いた後、イシグルが奇妙なことを言い出したからである。

「一体何の話だ?」

 勿体ぶった言い回しにいら立ちを隠しきれない顔でニヂロが先を急かす。

「うん、この特待生のサーポクなんだけどね」

 亀を抱えた少女に片手を向けて、イシグルはにっこり笑った。

「サーポクは、読み書きと計算がまったくできないんだよ。可能な限り早く、授業についていけるように勉強を手伝ってあげてくれ」

「は?」

「まあ」

「え?」

「うん、できんとよー」

 茫然とする三人をよそに、抱えた亀を振りながらサーポクは朗らかに自分の説明を肯定する。

「急がないと、課題をこなせなくて一蓮托生で退園になってしまうから頑張ってね」

 笑顔の指導担当が投げ落としたとびきりの大岩は、サーポク以外の三人に見事に激突したのは間違いなかった。



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