40.キロヒ、クロヤハの話を聞く
「フキルは……僕の従姉なんだ」
翌日の放課後の教室で、屋根裏部屋のスミウとイヌカナの協力会議が始まった。これから時々、こういう話し合いの時間を作ることになったのだ。
隣の席では、サーポクが白雲に書き取りの練習をしている。イミルルセは指導と打ち合わせの半々の参加という形だ。五日に一度の特別授業の日も入れると、サーポクには毎日いろんな予定が詰まっている。
今日は主に、クロヤハの持っているフキルの情報を吐き出させる日だ。
「そういやあの教師、フキルは有名な精霊士のひ孫とか言ってなかったか?」
彼とフキルが血縁関係という話を聞いて、ニヂロはそれを思い出したのだろう。
「うん、そう……この学園を作った幻級の精霊士セグだよ。僕の父方の曾祖母でもある」
「はっ、いいところのボンボンかよ」
「曾祖母の時代からずっと平民で四代目だよ。もう曾祖母の威光はないね」
ニヂロとクロヤハのやりとりは、キロヒの記憶を刺激する。彼らに食堂で初めて出会った時、この学園が幻級精霊の成れの果てであることを語ったのは、誰あろうクロヤハだ。学園の創始者の精霊士の話も。
その時は頭のいい人なんだろう、くらいの感想だったが、自分の血筋であれば詳しくても当然だろう。たとえ過去の栄光であっても、一族にとっては誇りのようなものだろうから。
しかし、幻級精霊士という国内でも片手の指で足りるような肩書を持っても、平民のままなのだなと思った。栄誉的な一代貴族の肩書くらい、与えられそうなものなのに、と。
精霊士は精霊士協会という独自の組織を持っているので、そちらの方の重鎮になるのかもしれない。
「従姉といっても、親子ほど年が離れてますのね」
「僕は……父が再婚して遅く生まれた子だから」
兄二人はもうこの学園を卒業し、上級精霊士として活動しているという。ということは、上の兄たちとは母が違うのだろうと推察される。
「曾祖母以来、一族は上級までしか上霊できていなかった……そんな中で、唯一この学園在学中に特級に上霊できたのが、フキルなんだ……その時は伯父さんが大喜びで、我が家まで鼻高々に報告に来たらしいよ」
曾祖母の威光が消えかけた一族に、もう一度差した強い光。それが、フキル。
「でも……」
そこからはラエギーの話からも、既に分かっていたことだ。フキルは十五でこの学園を卒業し、そのまま行方不明となった。そして精霊士の除名という不名誉な影が差す。ここまではまだ、クロヤハが生まれる前の話である。
「じゃあ、お前は顔も見たこともない奴のために、親戚ってだけで何かしようって考えてんのか? おめでてぇな」
「うん、そうだね。でも親族としてフキルを止めたいのは本当だよ。これ以上問題を起こしてほしくないっていう気持ちもあるんだけど……」
クロヤハは、少し言い淀んだ。
「だけど」と、もう一度繰り返して、クロヤハはこう言った。
「僕の祖母が……幻級の精霊士セグの娘が、言ったんだ。僕がフキルの汚名をすすいで、曾祖母みたいな幻級精霊士になるって言った時に……フキルを悪く言わないでおくれって。フキルのことは、あれでよかったんだよ、って。その時のことが気になってしょうがないんだ。祖母はフキルが行方不明になった理由を知ってるんじゃないかって」
未来を約束された特級精霊士が栄光の道を外れたことを、よかったと言う。クロヤハの祖母は、重要な情報を持っているということだ。
「何だよ、話がはえぇじゃねぇか。何か知ってそうなお前のばあさんってやつに話を聞けばいい」
「残念だけど……去年亡くなったよ」
「あー、お前の親父は?」
「フキルの話をするだけで、怒りまくるだけだったね。一族の恥さらしだって」
自分の父親を思い出したのか、天井を向いてクロヤハがため息をつく。その恥さらしと思われている存在が、また学園で大騒ぎを起こしたのだ。今回の件が耳に入ったら、更に怒りが燃え上がることだろう。
「他に親族で知ってそうな人はいらして?」
「いまは思い当たらない。祖母には兄弟はいないし、その子供は伯父と父。従姉弟はフキルとその弟。あとは僕と兄二人だ。今度帰省したら、聞き取りをして回ろうと思ってるけど、祖母以外からはフキルへの罵声しか聞いたことがない」
クロヤハがざっと話した家族構成の中で、キロヒは気になるところを見つけた。しかし、確信はない。ラエギーにフキルの話を聞いた時の様子を思い出しながら、彼女はひっかかりに首を傾げる。
「あとは、特級の精霊士に話が聞ければよいのでしょうけれど。ラエギー先生も心当たりはありそうですが、生徒には教えていただけませんでしたわ」
屋外実習の助っ人である特級精霊士たちは、その日が終わるとみな帰ってしまった。フキルという事件があったので、生徒が学園に戻された後、ラエギーと何らかの話し合いは持たれたのかもしれないが。
「四年と五年の先生も特級のはずだよ。五年生と特級が出た学年は特級の教師がつくようになってるから」
それは初耳の話だった。ラエギーが一年の教師をやっているのは、サーポクがいたからということと、四年にも特級に上霊した生徒がいるという。
「噂の四年の特級美女だろー、指導担当やってないらしいから、大講堂に見に行ってるんだけどいないんだよなあ」
食いついたのはカニーゼクである。女子の情報は、上級生でも耳が早いようだ。キロヒの心の中で、彼のウサギ型の精霊がため息をついている姿が思い浮かんだ。
五年の特級は、言わずと知れた屋外実習で世話になったエムーチェとキムニル。
「五年の男子の先輩たちは一応顔見知りではあるので、先生の話も含めて聞いてみますわ」
「えぇー、上級生の男子に近づくなんてイミルルセちゃん、危ないよ」
「黙れゼク」
手に入りやすい情報から取り掛かろうとするイミルルセに、変な心配をしてくる茶髪少年。すぐさまシテカに、雑に押しやられている。
しかしまったくめげる様子がなく、ぐぐっと顔を近づけてきて彼はこう言った。
「それよりさ、四年の特級女子の方がよくない? 屋根裏部屋でしょ、その美女も」
まさかの、イシグルと同室だった。




