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4・キロヒ、スミウを知る

「うう……」

 部屋に脱出を禁止されたキロヒは、しばらく扉を開けようと頑張ってみたが、無理であることを思い知らされるだけだった。

 心の中に抱えた冬の雲と同じ色の不安を隠し切れないまま、恐る恐る彼女は部屋の中へと身体の向きを戻す。

 四分割の部屋。空いているベッドは、入ってすぐの右側。右側の奥にいるのが、灰色の肌のあの少女。左側の手前のベッドはふくらんでおり、もう誰かがそこで眠っているようだ。左側の奥には机の前に腰掛けて、こちらに背中を向けている金髪の少女の姿があった。

 キロヒは特に右奥の少女から視線をそらして、トランクを持って空いている自分の場所へと向かった。荷物をそこに置いてしまえば、コートを脱いでしまえば、もうこの部屋に居つくことが決定してしまう。それは分かっているものの、扉は開かず、そして部屋は暖かすぎた。コートの中にじっとりと汗をかき始めるほど。

 何もかもあきらめながら、彼女はのろのろとコートを脱ぐ。そしてクローゼットを開けて、中に備え付けてあるハンガーにコートを丁寧にかけた。それからトランクを開けて、着替えを取り出して同じようにクローゼットへとしまっていく。

「ふぅん……ノロマブス、お前、いいところの出だな」

 そんな彼女を、じっと観察していた灰色の肌の少女は、言葉の棘を隠すことなくキロヒに投げつけてくる。放っておいてほしいと心底願っているというのに、どうして彼女はつっかかってくるのか。

 何か返事をしなければならないのだろうが、返事をする気力は地面より下にめり込んでいる。どうせ何を言っても、良い言葉が返ってくるとは思えなかった。

「ねえ、あなた……」

 キロヒが返事をできないまま、どんよりとしていると、左の奥に座っている金髪の少女が顔を横に向けた。灰色の肌の少女の方へと。

 キラキラの長い金の髪は柔らかく波打ち、キロヒから見える横顔は絵画のように美しい造形で出来上がっていた。長い前髪をポンパドゥールにして後ろに流しているため、丸い形のいい額が露わになっている。長いまつげに縁どられた緑の宝石のような瞳。つんと高い鼻。柔らかそうな美しい頬に薔薇色のふっくらとした唇。

 そんな少女の口から出た「あなた」が向けられているのは、キロヒではなかった。その緑の瞳は、灰色の肌の少女に向けられている。

「何だよ、色気ブス」

「そう、それですわ。その罵倒の言葉(ブス)は、宣戦布告の言葉でしてよ? ご理解してらして?」

 細い首を傾げながら、金髪の少女は穏やかに言葉を綴る。

「はぁ? 何がご理解だ。スカしやがって。宣戦布告だろうが千レン不足だろうが、どうでもいいだろ。お前らと仲良くする気なんて、こっちにはさらさらないんだからよ」

 眉をギンと吊り上げながら、灰色の肌の少女は口を大きく開けて怒鳴る。

「最初に強い言葉と態度で殴りつけて、周囲に逆らわないように仕向けるなんて……まるで獣の順位付けですわね。あなたの故郷では、ブスと言えばすごすごと尻尾を巻いて引き下がる女性が、周囲に多かったという自己紹介は受け取りましたわ」

「はっ、そうだよ。どれだけ見てくれが大事なのか知らねぇけど、どいつもこいつも泣きそうな顔をして逃げ帰って行ったぜ? そして女同士で慰めあってアタシを村八分にして終わりさ。痛くもかゆくもないっつうの」

 目と眉を吊り上げ、口も大きく開けて嘲るように笑う彼女を見て、キロヒは恐れた。キロヒもまた、灰色の肌の少女が言うような逃げ帰る側の一人だからだ。

「そうですのね、よく分かりましたわ……では、戦争ですわね。ああ、相手は獣ですから、戦争にはなりませんわね……討伐、ということかしら」

 金髪の少女が静かに、しかし強く口にした言葉にキロヒは驚いた。何を言い出すのか、と。

「はぁ? 討伐? おもしれぇ。そのご自慢のツラを、二目と見られない顔にしてやるよ」

 灰色の肌の少女が手をかけた椅子が、ガタンと大きく音を立てる。部屋の中の緊張感を高まりを感じ、キロヒは足を震わせながら立ち尽くしていた。

 意識の全てを、二人の一触即発の空気に奪い取られていたために、キロヒはあることに気づくことができなかった。


「ははははは、残念。その戦いは実現しないよ?」

 

 軽やかな笑い声と共に、誰かがこの部屋に入ってきていたのだ。

 奥の二人が、弾かれるようにばっと扉の方を振り返る。遅れてキロヒもすぐそばの扉を見た。

「やあ、屋根裏部屋の一年生諸君。ボクは四年のイシグル。君たちの部屋の指導担当だよ。シグ先輩と呼んでくれたまえ」

 海松色(みるいろ)の短い髪と、同色の切れ長の目。よく灼けた肌。長身の身体を白い長袖シャツと紺のスラックスに包んだその姿としゃべり方は、男性と見間違うほど。しかし、さすがにここは女子の寮。常識的に考えて、女子の部屋に男子生徒を指導担当にはしない。よくよく見れば、イシグルには喉仏もなく、声変わりもしておらず、骨格も女性のものであった。

 四年生が来るということは、寮の前の教師に聞いていたが、この不穏な空気を切り裂いて登場するとは。

「何だ、てめぇ? 男女(おとこおんな)ブスか?」

「ははは、いきなり噛みついてくるねー。元気が有り余ってるようで何よりだ。そして、そんな君に朗報だ」

 イシグルは、ねっとりとした笑顔を浮かべた。目を細め、口を閉じたまま横に長く広げて、その端を持ち上げる。その笑顔で一瞬止めた後、ゆっくりと口を開いてこう言った。

「君たち四人は、卒業までこの部屋で過ごすことになる。女子寮で同室の者は、部屋姉妹(スミウ)と呼ばれ、卒業まで一蓮托生。誰か一人でも大きな問題を起こしたり、課題をこなせなかったら……全員退園ということだよ」

 スラスラと流れ出すイシグルの言葉は、部屋の中の人間の内、確実に三人の横っ面を殴るのに十分な威力を持っていた。


「えっ?」

「まあ」

「はぁあ?」


 キロヒ、金髪の少女、灰色の肌の少女は、それぞれの声で驚きとそれに付随する気持ちを音にしたのだった。


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