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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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28/142

28.キロヒ、理解できない

 夕食の時間になっても、ニヂロは屋根裏部屋に戻ってこなかった。

 あのニヂロが夕飯を抜くとは思えないし、教室は夕飯の時間には閉めるとラエギーが言っていた。

「一応、教室に寄ってから食堂に行った方がよいですわね」

「そうですね」

「おなかすいたとよ。でも、よかとよー」

 イミルルセの言葉に頷いて、三人で階段を下りる。二階まで下りて、教室に向かう扉に手をかけたが、それが開くことはなかった。

「一人で食堂に行ったのかしら」

 とりあえず、階段を挟んで反対側の扉に向かおうとした時、二階の部屋の女子たちが四人と、ちょうど鉢合わせた。彼女たちも食堂に行くところなのだろう。

 こちらはザブンを背負ったサーポクがいる。ザブンの幅があるし、サーポクの動きはゆっくりめだ。階段を先に行かせようと「お先にどうぞ」と、扉を譲る。

「……あなたたち、屋根裏部屋の子でしょ?」

 彼女たちの先頭。部屋の中で主導権を握っていそうな、しっかり者を絵に描いた少女が、足を止めてそんな聞き方をしてきた。残り三人が、小さく笑いながら振り返っている。

 何を振り返っているのか。キロヒはそちらへ視線を向けたが、扉の前から見えるのは、外に向かう扉とその左右に伸びる、大きな窓から見える景色だけ。景色といっても、暗くなりかけた空と、ほとんど見えなくなろうとしている遠景だけ。

「ええ、そうでしてよ」と、イミルルセが代表として答える。サーポクという目立つ存在がいるので、わざわざ確認するような内容ではない。それをあえて口にしたということは、何か強調して言いたいことがあるのだろう。

「そう、じゃあスミウとして注意してきたらどう?」

 しかし、少女は意味の分からない言葉を投げかけてくる。

「どういうことですの?」

 くすくすと後ろの女の子たちの笑い声が増える。

「自分で見たら? 私だって、あれが何なのか分からないもの。頭おかしいんじゃない? じゃあね」

 彼女は、さっきから少女たちが振り返っている方向を指差し、話は終わったとばかりに扉をくぐって食堂へと降りていった。

「どう……いうこと、ですの?」

「さあ……」

 彼女たちが、何か苦い味の忠告をしてきたことは分かったが、その意味はさっぱり分からない。とりあえず三人は、窓辺に近づいて外を見ることにした。

「え?」

「……ああもう、一体何をしてるんですの」

「ニヂロおったとよー」

 キロヒは茫然と。イミルルセは頭を抱え、サーポクはスミウを見つけて喜んだ。

 窓の外。見下ろすと、そこには確かにニヂロがいた。

 両手で瓶を抱え、地面に座り込んでいる彼女は──肌着姿だった。


 慌ててキロヒたちは、外に出ようとした。けれど扉は閉ざされている。一体どうやってニヂロは外に出たのか。

 窓は開かない。扉も開かない。どうやって外のニヂロに、奇行をやめさせられるのか。

 焦るキロヒだったが、その現状を打破してくれたのは、サーポクだった。

「開けて欲しかとよー。外のニヂロを迎えに来たとよー」

 彼女がそう言って扉を押すと、さっきまでの拒絶が嘘のように開く。キロヒは納得した。

 ここの扉には、意思がある。初めて来た時、「一年生です」と言わないと開かなかったこと。ニヂロが怖すぎて屋根裏部屋から出ようとしたら、勝手に閉じて開かなくなったこと。

 開くことは許可であり、開かないことは拒否である。その拒否を許可に変えるには、扉の意思に訴えて了承されなければならないのだ、と。

 いままさに、サーポクは訴えた。ニヂロもそうしたのかもしれない。

 扉の気が変わらない内に、急いでキロヒたちは外に出た。途端、寒風が容赦なく顔を殴って来る。キロヒは首を震わせた。

 薄暗い階段は危険だ。イミルルセは、サーポクの手を握り下りて行く。キロヒも何かあったらサーポクを支えようと、気にしながら階段を慎重に降りた。

「ニヂロー、ご飯とよー」

 そんな二人の気遣いに守られているサーポクは、この三人の中で唯一大声を出せる人間でもあった。

 階段の途中から放たれる、遠くの人に声を伝えるための喉の力は強い。常に繰り返される潮騒の中で、距離のある人との会話に慣れ切っている。

 いま言うべき最優先事項は、食事のことではない。しかしニヂロの注意をひいたたことには、意味があった。

 誰が来て、誰に見られているかをニヂロに知らせることができたのだから。

「あー……うるせぇな。分かってるから帰れよ」

 袖のない生成りの肌着は、この学園で支給されたもの。スラックスははいているが、膝上までまくりあげているし裸足だ。近くに上着とシャツ、靴下に靴が放り投げられているのが見える。全て学園の支給品だ。

 振り返ったニヂロは、鬱陶しそうに手を振って彼女たちを追い払おうとする。

「何て格好をしてるんですの……早く服を」

「うるせぇっつってんだろ! ぬるいんだよ、あの中は!」

 イミルルセの当然の指摘に、ニヂロは怒鳴り返す。その手が大きく払うような動きを見せた後、いら立った動きで学園を指す。

「部屋も教室も食堂も。どこだってぬるすぎる! 腹が減って震えて眠ることもできやしねぇ!」

 キロヒは、ニヂロの言っている意味が何も理解できなかった。

「ニヂロ……本当に寒い思いをする必要はなくてよ? 精霊と思い出の共有ができればそれで……」

「うるせぇ! 思い出したくねぇんだよ! みんながみんな思い出とやらを口にして、楽しいと思うんじゃねえ! そんなことをするくらいなら、いま! 同じ思いをしてやる! いま! ツララに寒さとひもじさを伝えてやる! あの頃と同じなら! ツララが勝手に思い出すだろ!」

 全身からの、いや心の底からの叫びに、キロヒは硬直する。精霊の圧ではない。ニヂロそのものの圧だ。

 最初から、彼女はどこかぶっ飛んでいた。壊れかけの椅子みたいに、ギィギィと軋んで不安定だった。だが、椅子は勝手に壊れない。乱暴に扱われ、修理もされなければ、壊れかけても当然である。

 キロヒには分からない、ニヂロのここまでの人生。それにどう同情したらいいかも、彼女は分からなかった。

 けれど、ニヂロは一人ぼっちではなかったはずだ。寒い世界でも、寒さをものともしない友人がいたのだから。

「きゃうん」

 心配そうに、ツララが鳴き始めたのだ。きゃうん、きゃうんと、亜霊壁器の壁を前足でかいて、ニヂロに何かを訴えている。

 その前足が──瓶の壁にめりこんだ。

 亜霊壁器は、座ったニヂロに片腕で抱えられていて、身体と密着していた。後ろ足で立った状態のツララは、うーんと前足に力を入れて踏ん張る顔をする。

「きゃうんっ!」

 それは抗議の声だった。

「あぁ?」

 意味が分かっていないニヂロが、視線を瓶に移す。

 キロヒは、その気の抜ける光景にふふっと笑ってしまった。さっきまでの、痛々しい緊張感が、ぷっつりと切れた気がして、口元が緩んだのだ。

「うふふ、ニヂロ……うふふ」

 イミルルセも、気が抜けたように笑い出す。笑いながら、彼女の脱ぎ捨てた服を拾い始めた。

「何笑ってやが……うおっ」

「きゃうん!」

 どんっと、ツララが瓶の壁に両前足を打ち付ける。その衝撃は確実にニヂロの腹に届いたようだ。その勢いで瓶が彼女の手から遠ざかり、ゆっくりと倒れていく。

 ニヂロの腕に残ったのは、ツララだけ。

 亜霊域器はニヂロの足の上から転げ落ち、地面に倒れた状態で止まった。

 その蓋は、落ちることなく綺麗に閉まっていた。


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