26.キロヒ、てこずる
「ワイの友達のドッカだ」
廊下組は、せっかくなので互いの精霊を紹介し合った。
最初にヘケテが亜霊域器に入れて見せてくれた精霊を、キロヒは不思議に思いながら眺めていた。イミルルセも「珍しいですわね」と覗き込む。
ドッカと名付けられたそれは──白い石の小さい柱としか言いようのない形をしていた。瓶と同じ円柱形だが、目も口も手足もない。鳴き声を出す様子もない。
精霊と知らなければ、ただの石と見間違っただろう。
「どうやって会話をしてますの?」
ザブンやツヨイのような特級精霊は、音以外での会話の成立もしているようで鳴き声は聞いたことがない。しかし、中級精霊は身振り手振りや鳴き声の工夫などで、友人である人間と何とか会話を成立させようとするはずである。
「ドッカはなー……震える」
「ふるえる」
キロヒは思わず復唱していた。
「震え方で、何となくワイには分かる」
本人が何も問題なさそうに笑っているので、そういうものかとキロヒは結論づけた。
「次、オレオレ! 俺の友達のタタンだよー。可愛いでしょでしょ?」
「ムヒムヒ」
割り込んできたカーニゼクが自分の手に乗せていたのは、若草色の兎のような精霊だった。よくみると身体も耳も、芝生のような草で出来ている。両目は光沢のあるクロスグリ。このまま庭園などで飾られていても、おかしくない姿をしていた。
「可愛いですわね」
さすがのイミルルセも、その兎の姿にはこらえきれなかったのか、ぽろりとそうこぼしていた。これにはカーニゼクもご機嫌である。
「そうなんだよー。タタン可愛いんだよねえ、ささ、瓶に入れるから見てて」
しかし、浮かれた彼はここで大きな間違いを犯した。手のひらの上のタタンの──耳をまとめて片手で掴み上げ、瓶に詰め込んだのである。
「……」
イミルルセとキロヒは、思わず絶句していた。確かにキロヒは、兎をそういう掴み方をする人がいるということは知っていた。しかし、可愛い精霊が同じように掴まれている姿を見るのは衝撃的だった。
「ほら、入った。瓶に入っても可愛いでしょ」
女子二人の引きっぷりに気づかない少年は、ずいずいと瓶を近づけてくる。
確かにタタンは可愛い。しかし、その扱いはキロヒたちからしたら大変残念なものだった。そしてタタンも、自分の友人の残念さを知っているのか、小さくため息をついたように見えた。
「僕の精霊は、メガネだよ」
「アァ?」
クロヤハの紹介で出てきたのは、黒い鳥型の精霊。ただ両目の周りが丸い形で銀色の羽毛になっていて、確かに眼鏡に見える。くちばしと両足も銀色で、生物の部位というより、鉱石の彫刻でできたように見えた。瞳は杉石の紫。
賢そうで、メガネは首を傾げながらこちらをじっと観察している。
しかし眼鏡をかけた少年が、精霊にメガネと名付けるのも子どもらしいなとキロヒが考えた時。
「メガネの友人になった時は、まだ僕の目は悪くなかったんだよ……」と、恥ずかしそうに伝えられて、彼女は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「……ツムギだ」
「……」
突然、手に乗せてにゅっと出されたそれに、キロヒは悲鳴を呑み込んだ。イミルルセも無言で上半身が後方に反っている。シテカの精霊だ。
足が八本あり、糸を出す虫に似た精霊だった。頭をぐるりと一周回る形でたくさんの目が配置されていて、それぞれ目の色が違う。八本の足の形も、一対ずつ先端の形が違う。上から、ナイフのような形の足。鉤のように曲がっている足。釘のような形の尖った足。一番下の足は太く、鳥の足のように分かれている。地面をがっちり掴めそうな形だ。
「な、鳴きますの? ツムギは」
恐る恐るイミルルセが問いかける。イシグルの時を思い出して、失礼にならないようにキロヒは頑張って観察をしていた。だから質問できるほど、心に余裕はない。
「鳴く。だが、できるだけ鳴かさない」
答えながら、シテカはするっとツムギを瓶に滑り込ませる。
「どうしてですの?」
「獲物に気づかれるから」
「え、獲物って何ですの?」
「鹿とか鳥とか魔物とか」
シテカが本当に狩人なのはよく分かった。分かったが、さらっと混ぜられた最後の名称が危険すぎる。そんなに魔物に遭遇するようなところで、彼は生きてきたのだろうか。
キロヒとイミルルセは見つめ合って、お互いにシテカはそっとしておこう、という結論にたどり着いた。
こうして互いの精霊の紹介が終わり、サーポクを除いた七人は亜霊域器に精霊の息吹を込める、という作業を始める。
「やりぃ、一番っ」
最初にできたのは、意外にもカーニゼクだった。いま、ウサギ型のタタンが、瓶の中でふぅとため息をついた気がした。もしかしたら、あの中の息吹はタタンのため息で出来ているのかもしれない。
「ワイもできた」と次に言ったのは、ヘケテ。こちらは本当に息を吐いたかどうかもまったく分からない。しかし蓋が取れないということで、成功は間違いなかった。
「できましたわ」と、イミルルセ。瓶の中で、楽しそうにくるくるとヌクミが回っている。
ここまでは、早かった。
残り四人。キロヒは自分でも時間がかかるだろうなと思っていたが、賢そうなクロヤハと、我が道のシテカ。そして、意外にもニヂロが苦戦している。
「えっと、クルリ……こう、葉っぱが風で、あー、くるくるっと、こんな感じで」
「ぴゅーい?」
キロヒは、なかなかクルリに伝えたい言葉をうまく言えないでいた。不調の原因は、分かっている。他に人がいるからだ。人前で、サーポクのように全力で言葉を伝えることは出来ない。キロヒには、精神的障害物が多すぎるのだ。むしろ、一人きりでさせてほしかった。
「メガネ、大空を風を切って飛んでいく雄大な君の姿は最高だよ。その銀色のくちばしと足も、美麗な宝石みたいに輝いていて素敵だと思っている。自信を持って息を吐いてほしい」
「アァァァ?」
クロヤハはクロヤハで、別方向に苦労している。メガネの故郷の思い出というよりは、メガネそのものを讃える文学の親戚のようだ。
メガネは首を傾げて、少し長い疑問の声をあげられている。もしかしてその精霊は、何を言いたいか分かっていながら、クロヤハをからかっているのかもしれないと、穿った見方をしたくなる光景だ。
「ツムギ……」
「……」
シテカたちは、ほとんど無言で見つめ合っている。それで何が伝えあえるのか、キロヒにはさっぱり分からない。目と目で通じ合っているのだろうか。しかし、いまだ瓶の蓋は開く。うまくいっているようには、とても見えない。
キロヒは自分より壊滅的な状況から、そっと目をそらした。
そらした先に見えたのは、ニヂロ。
あれほど口が回るニヂロが、ツララの息吹に苦労しているのは不思議だった。
「いい加減に、息を吐きやがれ。ほら、息なんて簡単だろ。ふーってするだけだ。あっちが寒かったの、忘れたわけじゃねぇだろ。雪とか氷とか、とにかく、寒ぃぃってやつだ。それ思い出して、ふーっとしろ、ふーっと!」
「きゃうう?」
聞けば、結果を早く求めすぎているニヂロがいた。思い出の共有は雑で、ツララ頼みで強引に成功させようとしている。
ニヂロにしては珍しい。元々感情的ではあるが、学習についての要点は外さない印象だったからだ。
「何見てんだよ……」
視線に気づいたニヂロに低い唸り声で威嚇され、キロヒは慌てて自分の精霊に向き直したのだった。




