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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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21.キロヒ、父の真似をする

「ねえねえ、ここ座ってもいい?」

 食堂は男女共用である。

 キロヒたち屋根裏部屋組はこの日、二回目のラエギーの特別授業を受け、疲れ果てながらも夕飯にありつこうとしていた。

 食堂の席は、ひとつの長机の両側に四つずつ椅子が置いてある八人掛け。混んでいない時間なら四人で使えるが、人が多いとそうはいかない。

 相席であっても、ほとんどが女子同士、男子同士で固まるという不文律のようなものがあった。少年少女はみな十歳で、微妙な年頃なのだから。

 しかし、そんな不文律も永遠に続くわけではない。気にせず乗り越えてくる人間はいる。今日はそんな日だった。

 机の端にニヂロ、その隣がイミルルセ。ニヂロの向かいにサーポク。その隣がキロヒという並びだ。

 そこに、トレイを持って近づいてきた茶髪の少年が、イミルルセに笑顔で相席の許可を求めてきた、というわけである。

 これは、アレである──そう、キロヒは気づいた。

 おマセさんだ、と。

 十歳でも美醜は十分に判別できる。美しいものを好ましく思う気持ちもよく分かる。その気持ちを温めて、彼はきっとここに突撃してきたのだろう、と。

 イミルルセはニヂロに視線を向けたが、ニヂロはすごい速度で食事を片付けていて、わずかも隣に反応しない。毎回恒例で、彼女はこの後もう一度食事を持って来るのだ。

 食堂には、専用の人が働いているわけではない。精霊具による提供だ。木製の平たい箱の側面に触れれば、上部に一人分の食事がトレイに載せられて提供される。それを受け取ってくるだけ。空のトレイは別の平たい箱に載せて、側面に触れるだけである。イシグルが白い箱を指輪で出し入れしているのと同じ理論なのだろう。

 だから、一人の人間がおかわりをするのを咎める人はいない。現時点で、売り切れて困ったという人の話は聞かないので、育ち盛りの子供のために多めに入れられているのだろう。

 そんなお代わりを狙う、まったくアテにならないニヂロにあきらめて、イミルルセはサーポクを見るが、彼女は彼女で今日の特別授業での疲れを、食事で癒している真っ最中。一口一口噛みしめて「おいしかとよー」と幸せそうだ。こちらも男子にまったく反応していない。

 イミルルセが、キロヒに視線を向ける。その瞳は、声をかけてきた男子の下心を理解している色をしていた。

 けれど、断るには理由が薄い。たかが食事で隣に座るだけだ。話してみればおマセさんでもいい人かもしれない。性別だけで意識しすぎて、頭ごなしに断るのは違う気はする──が、無理。というのがキロヒの結論だった。

 商人の血による理性と、人見知りの性格というのは、こういう矛盾を彼女の中で引き起こす。人間の中でも男性はもっと苦手、という特記事項までついているのだから無理寄りの無理だった。

 そんな半目のキロヒの合図をどう受け止めたのか。イミルルセは彼ら(・・)の顔を一通り見て「よろしくてよ」と、許可した。

 確かによく見ると、彼ら、だった。

 スミウである彼女たちが一緒にいるように、茶髪の愛想の良い少年もイヌカナと一緒だったのである。

「ありがとー、オレ、カーニゼク。ゼクって呼んで」

 すかさず少年はイミルルセの隣にトレイを置き、席に座る。カラメル色の目を片方閉じるのは、ウィンクだろうか。とても下手だったが。

 他の男子三人の内二人は苦笑いしながら、女子から遠い方に座った。

 キロヒの横だけが残り、そこに笑顔のかけらもない少年が腰掛ける。入園前に街で出会った、キツネ色の髪の少年だった。

「君たち、屋根裏部屋でしょ? オレたちもなんだ。奇遇だよね」

「……そうですの」

 カーニゼクと名乗った少年がイミルルセに一方的に話をし、それ以外は静かに食事が進むかと思われていたが、そうはならなかった。

「……先生の特別授業、どんな内容か教えてくれ」

 突然。キロヒの隣からそんな鋭さを持つ声が、投げかけられたからである。

 キロヒはちょうどその時、野菜たっぷりのシチューを木のスプーンで持ち上げようとしていた。それが驚きで木製の器と接触して、コチッという音を立てた。

 きっと隣の少年は、イミルルセに聞いたに違いない。それを信じて、そっと隣を覗き見ると、少年の黄玉の目はキロヒの方を向いていた。

 彼女は思わずイミルルセに、助けを求める視線を向けた。しかしイミルルセはちょっと微笑んだだけだ。自分で何とかしろということなのだろう。

 沈みゆく船に取り残された気分になりながら、キロヒは慌てながら、どうすべきか考えなければならなかった。

 そうだ、と。キロヒは一つの閃きを捕まえた。

 隣に座っているのは商談の相手で、これは取引の場だと思い込もうとしたのである。

 この学校が協力を強制するように、商人も協力を強制されることがある。その際、窮屈な条件の中でどれだけうまく立ち回れるかが大事なこと──父が思考を止めるな、と何度も何度も娘たちに言い聞かせたことを思い出す。

 キロヒは、奥歯をぎゅっと噛みしめて心を決めた後、父の姿を真似ながらゆっくり口を開いた。

「わ、私はキロヒです。まずは……お名前、いただけますか?」

 イミルルセも言ったではないか。生徒同士の情報共有も必要だ、と。

 屋根裏部屋組は、サーポクという一目で分かる特級精霊のいるスミウだ。それにニヂロは、口と態度があからさまに悪い。イミルルセの美しさも、女子相手だと不利に働く場合がある。最後の一人は、何かよく分からない地味な子、とでも思われているだろう。

 その結果、気が付けば屋根裏部屋のスミウは、同学年の女子の中では明らかに浮いた存在になっていた。引き換えに、イミルルセの美しさで男子が釣れた。それを本人が望んでいるかどうかは別として、せっかく向こうからやってきた情報源である。

 キロヒは身構えながらも、この機会を損失にしてはならないと、心の中で自分に言い聞かせ続けた。たとえ男子であろうとも。

 その結果出てきたのが、挨拶である。商人はいきなり商売の話はしない。自己紹介をして商売相手の名前を知って、世間話をしたりして空気を温めてから本題に入る。

「あ、ああ……シテカだ」

 予想外の反応だったのか、彼は少し身を引いた

「シテカさん、ですね……よろしくお願いします。ところで、その特別授業というのは……噂になっているのでしょうか?」

 まっすぐ行って言葉で殴るのではなく、軽い力で外側から皮をはがすように情報を落とさせる。

「キロヒちゃん、堅くない? 同級なんだからさー、もっと気楽にしゃべろうよ」

「ゼク、黙れ」

 キロヒの名前をいま知っただろうカーニゼクが、かしこまった彼女の態度にくちばしを挟んでくるが、シテカが一蹴する。

「噂にはなっていない。今日、授業が終わっても、お前たちは最後まで教室に残った……五日前も同じようなことがあった。この女好き(ゼク)が、お前たちが最後に出るところを待ち伏せて話をしようとしたが、教室を出たお前たちは階段ではなく、奥の実技室に向かった。先に教室を出た教師が向かった部屋と同じだった。俺たちは部屋には入れなかった。長い時間お前たちは出てこなかった。そこから推測した」

 過去の自分たちの行動を、要点で語るシテカ。

「ねぇー、オレの話、そこまでぶっちゃける必要あるぅ? ねぇー、シテカはオレの評価落とそうとしてるぅ?」

 その要点の中で、カーニゼクを軽く踏みつけるような文言をさらりと混ぜている。

「いや、女好きのお前が、情報の獲得に役に立ったという話だ」

 シテカはわずかも悪びれている様子はない。カーニゼクのよこしまな観察力が、キロヒたちの特別授業を見つける要因だったと、むしろ褒めそうな空気である。

「いや、だから女好きをオレの枕詞にすんなよ。誤解されるだろ? 違うからね? イミルルセちゃん」

「……私、名前を差し上げておりませんが、どちらでお聞きになられたの?」

「ぐふっ……ごめん、君たちが呼び合ってるのを聞いて……」

 女好きの観察力を、カーニゼクははからずも証明する羽目になっていた。残りの二人が、肩を落とすイヌカナを面白そうに笑っている。

「僕たちからも謝るよ、ごめん。ゼクが馬鹿なことをしでかさないようにちゃんと見張ってるから、許してやってくれる? 僕たちが特別授業について気になっているのは本当だよ。あ、僕はクロヤハ。クロでいい。あと、タダで情報が欲しいとは言わない。僕たちの情報と交換しよう」

 カーニゼクの隣の、ひょろっとした色白でソバカスのある黒髪と黒い瞳の少年。眼鏡をかけているのは珍しい。最後のあたりの言葉は、キロヒに向かっていたので、彼女から商人の匂いを感じ取ったのかもしれない。

「ワイはヘケテ、よろしくな。面倒ごとは兄弟(イヌカナ)に任せてる」

 残り一人は、ひときわ大柄で快活な金髪碧眼男子。テーブルでのやりとりを気にせずに、食事をどんどん平らげていきながら、スプーンを持ち上げて挨拶をしてくれた。そしてまた食事に戻る。

 男子が全員自己紹介をしてくれたので、キロヒはそっと隣のサーポクを肘でつついた。

「どうしたとよ?」

「初めての人に、名前を教えてあげてください」

「サーポクよ。よろしくとよー」

 口の端にシチューをつけたまま、機嫌よくご挨拶。キロヒはほっとしたが、残り一人に自己紹介させるのはどうしたらいいか、頭を悩ませていた。

 そんな悩みの種のニヂロが、がたっと席を立つ。そして自分の空になったトレイをガッと掴み、全員を見下ろす角度でこう言った。

「ニヂロだ……情報交換は、アタシがおかわりを持ってくるまで始めんな」

 高圧の限りを尽くすニヂロだが、それでもおかわりと情報の両取りを忘れない。

「おっ、ワイもおかわり行ってくるわ」

 ニヂロより遅く食べ始めたというのに、もう完食したヘケテが立ち上がる。

 それが、ニヂロの気に障ったのだろうか。それとも立ち上がった時、ヘケテの方が背が高いので、見下ろされるのが不快だったのか。

「フンッ」と鼻息荒く、ニヂロは大股でおかわりに向かって足早に立ち去ったのだった。


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