20.キロヒ、怖い想像をする
「あの赤毛のねーちゃん、強かとよ」
へろへろのサーポクを歩かせて、屋根裏部屋に戻る。前から手を引っ張るのはイミルルセで、後ろから背負われているザブンの甲羅ごと下から押し上げるのはキロヒだ。勿論、ニヂロはさっさと先に上がって行った。部屋の扉を開けておいてくれたのだけは、彼女の優しさだと思うことにした。
「サーポク、赤毛のねーちゃんではなくて、先生でしてよ」
「せんせーって何よ?」
「サーポクに、いまよりもっと上手な戦い方を教えてくれる人よ」
ようやく部屋に入り、イミルルセは島の少女をベッドへと連れて行く。キロヒは、はぁと大きな呼吸をして屋根裏部屋の扉を閉めた。
「ボコボコにされただけとよ?」
「サーポクは、どうして先生に負けたと思って?」
「火は水をかけたら消えるとよ。でも、あの赤毛のねー……せんせー? の火は消えんかったとよ……おかしかとよ」
ベッドにザブンを下ろし、サーポクはその上にぐでんと乗り上がりながら横になる。イミルルセが「靴をお脱ぎなさい」と言うと、しぶしぶ手だけ伸ばして靴を床へと落とす。
「ビニニブスが、馬鹿だから負けたんだな」
自分の机に後ろ手をついて、ニヂロがニヤニヤしながら言い放つ。
「ニヂロはせんせーに勝てるとよ?」
「ぐっ」
サーポクの素朴な疑問は、北方の少女の胸を抉る。まだ同じ舞台にすら立てていない人間が口を挟んだのだから、自業自得と言えよう。
「でも……水の中に飛び込んで、ちょっと……気持ちよかったと……よ」
むにゃむにゃと言葉が霞み始め、最後にはサーポクの意識は消え果てた。
毛布の上で寝てしまったため、イミルルセは自分のベッドからそれを持ってきて、ザブンごとかけてやっている。
「すごかったですわね……」
「びっくりしました」
中央のテーブルに、イミルルセとキロヒは座って、さっき起きた出来事を思い返していた。
ニヂロは口を挟んでこないが、自分の机で何か考え込んでいる。おそらく、自分ならどうやってラエギーに勝利するか、ということだろう。氷も水が変化したものだ。普通の手段で、赤毛の教師に勝てるとは思えなかった。
「私たちの精霊は、どちらかというと街型ですものね。たとえ特級になれたとしても、あんな豪快な戦い方は難しそうですわ」
さらりとイミルルセは私たちと言った。同じ人型のキロヒも仲間だと思っているのだろう。
キロヒも同意見だ。特級になったクルリも想像できないが、あんな大技の見本市みたいな戦いをするところなど、まったく想像ができなかった。
しかし街型の精霊とは言え、イシグルの話からすると需要はあるらしい。
「街に魔物が入る込むことなんて、あるんでしょうか……」
「……今日の授業で、ラエギー先生が説明された魔物の話、覚えてらして?」
「あ、えっと……確か……精霊の死が……」
キロヒは、習ったばかりのそれを思い出そうとした。
「魔物という存在と、精霊の死は深く結びついている」
その切り出しから始まったラエギーの授業。
「無級精霊は、上霊できなければいつか死ぬ。上位の精霊に使われるか、水や火や土や風の力となり、最後は精霊の死骸となる。これは霊骸と言い、自然の中を再び巡り自然に溶け合い、再びそこから無級精霊は生まれる。美しい自然と精霊の循環だ」
冷徹に語るラエギーの口から出る「美しい」という形容詞。まるでその目で見たかのような言葉だ。
「しかし、その循環が淀むことがある……霊骸の吹き溜まりと呼ばれる淀みは、現在でもどこにできるかは分かっていない。その吹き溜まりに、魂が入り込む……要するに、吹き溜まりの側で魂を持つ何かが死ぬと、淀みと融合して魔物が産まれる。魔物の姿は、その魂の外見に準じていることが多い」
精霊が動物の形に似ているものもいるように、魔物もまた元となった生き物に似るらしい。
「魔物は、初級以上の精霊と生物の魂を求める。無級精霊を食べないわけではなさそうだが、そこまで初期の魔物を観察できたことはない。魔物が精霊や人を襲う理由は、おそらく自身の強化だと思われる。その身は、霊骸と生物の魂の融合で出来ている。精霊としての格を上位の精霊を食らうことで。魂の格を上位の魂を食らうことで、上げようとしているのだと」
意外なことに、生まれたての魔物の力はさほど強くないという。元が無級精霊と生物の魂の融合──要約すると、自我を持った無級精霊の屍ということになる。確かにあまり強そうには感じない。
しかし厄介なことに、それは物理的な攻撃では死なないというのだ。人間が精霊を殴っても倒せないのと同じ理屈だ。精霊士が精霊の力を借りて、魂と霊骸を引きはがすほどの損傷を与えなければならない。そして、霊骸を自然の循環に戻すのである。
力が弱い間の魔物は、最初は逃げ隠れしながら少しずつ強くなる。だが、人間の視界に入る頃には、人間を襲えるほどの強さになっている。そこまでくると、人の魂や初級精霊を食らうごとに一気に成長し、手がつけられなくなる。特に人間は、固まって暮らしていることが多い。絶好の魂の餌場である。
だから魔物の目撃情報があった場合、誤報であろうが必ず精霊士が派遣される。魔物の報告は、地方にも必ずある精霊教の神官により伝えられるようになっている。魔物と精霊のことに関しては、宗教と政治という違う組織であっても、しっかりと手を組んでいた。これも強制的な協力なのだろう。
「ラエギー先生の話では、淀みの発生場所は分からないということでしたわ……それが、街や街の近くで発生しないとは、限らないのではなくて? 確率は低くとも、絶対にないと思わない方が良いと思いますわ」
授業のおさらいを話し合った結果、イミルルセとキロヒはそれを答えとした。
そこで話は終わったのだが、キロヒは自分の机に戻りながら、ふと、こう考えてしまった。
街の中に淀みが出来てしまった場合、もしかしたら。
もしかしたら──霊骸に人の魂が入ってしまうことがあるのかな、と。




