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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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18/142

18・キロヒ、サーポクの肝を知る

「ふわわぁ」

「ぴゅるーっ」

「きゃうんっ」

 光が満ちた円柱にいち早く反応したのは、それぞれの精霊だ。

 初めてふもとの町についた時と同じだ、とキロヒが考えきるより早く、その身体は円柱の中に放り込まれる。

 二度目だ。前回の失敗を踏まえてキロヒは、両足でしっかりと現れた大地を踏みしめ──ようとしたが、とっさに自分の身体を制御できるほど、彼女の運動能力は高くはなく、再びでんぐりがえることになる。前回と同じで、全然痛くはなかった。

 慌てて立ち上がりながら、キロヒは制服の汚れをはたく。周囲を見ると、イミルルセも着地に失敗したのか立ち上がるところだった。ニヂロは問題なく立っており、サーポクは何が起きたか分からない顔で、ザブンを抱いて地面に転がったまま。

 前回と違って、周囲は森ではなく背の低い草の野原。すぐそばに土手があり、低くなった先に大きな川が流れている。その水量や重々しい動きは、かなり下流だと思われた。

 学園の中も身体が軽く感じるが、ここは段違いの軽さだ。ニヂロがそれを確認するように、トンッと上下に飛ぶが、軽く自身の背丈近くの高さだ。

「ぴゅう?」

 あの時と同じで、クルリが自分から這い出てくる。他の二人の精霊、ヌクミもツララも出てきていた。

 そして──

「サーポク、立って準備しろ」

 ラエギーの精霊もまた、姿を現していた。

 ラエギーの高い背より更に高く、横幅は倍以上ある、全身が燃える岩の身体を持っている人型の精霊。同じ人型とは言え、クルリやヌクミとはまったく違う。四肢と胴体と頭はあるが、目も鼻も口もない。ごつごつとした岩と炎の熱され方の違いで赤や黒の色や位置を変え、表情に似たものを感じさせるだけだ。

 そんな燃える岩人形の肩に、ラエギーは腰掛け、足を組んでこちらを見ていた。

「ラエギー先生、先生の精霊をご紹介くださいませんか?」

 イミルルセが、キロヒをちらと見てから前に足を踏み出す。彼女に「時間を稼ぐからサーポクをお願い」と言われた気がした。

 慌ててキロヒは、呑気に転がったままのサーポクを立ち上がらせる。

 ラエギーは腕を上げて、まとめ上げている髪を解く。珍しい光景だ。長い赤毛が燃えるように肩や背に広がる。

「私の友人の名は……ツヨイだ」

 そして、精霊の紹介だ。名を口にする時、ほんの少し躊躇を感じたのはキロヒの気のせいだったろうか。

 それにしても──

「……ツヨイ?」

 きょとんとその名を復唱したのは、この場の空気を一切気にしないサーポクだった。

「随分、子供っぽい安直な名前じゃ……」

 ニヂロは、教師の弱みを見つけたとでも思ったのだろうか。相手を軽んじえる笑みを浮かべ、名前に言及しようとした時。

 ニジロの真横の地面に、小さな燃える岩が着弾した。ドンッと重く強い衝撃に、屋根裏部屋組の身体が上下に跳ねた。

「言っておくが、君たちがこれから成長し、上霊した精霊の姿に変化があったとしても……幼少期につけた名は変えられない」

 ラエギーの灰黒の瞳が、燃え上がるツヨイの炎を反射して、焼ける石炭のように赤く見える。その口元には、いままで見たことのない笑みが浮かんでいた。長い赤毛が、ツヨイの熱風で煽られる。

「さあ、紹介もすんだ。サーポク、戦いだ」

「ラエギー先生、この場所の説明と、これから行われる戦いの内容と意義を……」

 次の燃える石が、イミルルセの足下に突き刺さる。

「イミルルセ……質問は戦いが終わった後にしろ」

 ラエギーが授業でよく使う言葉だ。彼女は自分の決めた流れを、誰かに中断されることを良しとしない。

 さすがのイミルルセも、ラエギーの特級精霊には反抗できずに諦めざるを得なかった。

「ケンカはいやとよ?」

 ようやく自分の立ち位置を理解したのか、サーポクが困った眉をしている。

「ケンカではない……より強くなるための訓練だ。もし、ザブンが敵わない魔物が現れたらどうする? そんな魔物が君の島で暴れたらどうする?」

「……いやとよ」

「そうならないための訓練だ。殺し合いではない……それにここは、ザブンの得意な亜霊域(あれいいき)だ。水もたっぷりある。君の方が私より、圧倒的に優位。ここで私に勝てないようなら、君が故郷の島を守れるはずがない」

 サーポクの泣き所を、ラエギーは押さえている。霊量器という白い箱を貸与するという飴を使ったが、鞭を使わないわけではない。ラエギーとツヨイからの圧が、ぐぐっと上がったのが分かる。

「島もビニニも、サーポクが守るとよ」

 サーポクは大きな声をあげて、圧を跳ね飛ばし──いや、圧に圧で返した。

 特級二人の圧に挟まれた三人は、身じろぎひとつ出来はしない。息をするのがやっとな圧迫感だ。

「よし……では、川の向こうで戦う。分かっているだろうが、三人はここから動くな。安全は保証できん」

 ツヨイはその大きな身体で軽く浮き、肩にラエギーを乗せたままゆっくりと川を渡って行った。

 そこでようやく圧から解放され、三人はまっとうな呼吸を取り戻す。

「サーポク……気を付けて」

「負けんとよ」

 奔放で呑気を絵に描いたようなサーポクが、そう言い放った後に口をへの字にぎゅっと結ぶ。地面にザブンを置き、その上に座る。

 あのザブンが軽く浮いたので、そのまま川を渡るかと思いきや、水の中に突っ込んだ。失敗してそうなったのかと思いきや、すぐに川の向こう岸近くで顔を出した。その圧倒的な速さに驚く。

 先に向かったラエギーが、ようやく渡り終えるくらいの位置だ。

 その時、ドブンと川が大きく波打った。

「アイツっ……!」

 ニヂロが大声をあげ、身を乗り出す。

 次の瞬間、顔を出しているサーポクの両側から、大きな水の柱が噴きあがった。その柱は、まるで人間の両手のように空中にいるラエギーとツヨイを捕らえようとする。

「……いきなり始めやがった!」

 正々堂々の合図のある訓練の開始ではなく、サーポクからの不意打ちのごとき先制攻撃。

 得意であろう水中から、大量の水を使った豪快な一撃だ。これが訓練ではなく、相手が魔物であるとするならば彼女のやり方は、何の間違いもない。サーポクに肝が据わっていないと、どこか漠然と考えていたキロヒは、自分の間違いを知る。

 ラエギーの飛んでいる位置を、水の両腕は確実に捕捉していて、ちょうどその目的地で激しく打ち合わされた。

 刹那、ドォンっと空気が激しく破裂した音が響き渡る。水や真っ白な水蒸気が周囲に吹き飛ばされ、一気に視界が戻ってきた。

 そこには蒸気を上げるツヨイと、湿気った赤毛をかき上げるラエギーがいた。怪我をしているような様子はない。その髪が一気に乾いて行く。

「いい一撃だ。半端な魔物なら、ちぎれとんでいるだろう」

 教室と同じで、ラエギーの声は川のこちら側まで届いていた。

「だが、その程度の水でツヨイの炎を消せるとは思わないことだ」

 ラエギーの表情は見えない。けれどキロヒに届くその声は──笑っているように聞こえたのだった。


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