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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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17・キロヒ、スミウの間を流れる

「というわけで、条件つきで貸与という形になりましたわ」

 怒りに吠えるニヂロに、イミルルセがざっとあらましを説明していた。

 あんな状態のニヂロに関わっていけるのは、理屈で詰めるイミルルセだけである。

「あぁ? 条件だ?」

 イミルルセの誘導は見事で、北方の少女は条件という餌に食いついた。

「あのビニニブス、赤毛ブスの口車に乗せられたんじゃねぇだろうな……厄介事にアタシを巻き込むんじゃねぇぞ」

 少しの時間の間に、ニヂロは一体何を考えたのだろうか。キロヒは苦笑いしながら、その気持ちは分かると珍しく彼女に同意した。

 サーポクに勉強や常識を教えるという、既に他の部屋にはない義務を背負わされている。更に義務が増えるのではないかと警戒しているのだ。

「まあ、ニヂロは参加したくないのかしら?」

 警戒心全開の彼女に、イミルルセは大げさに驚いてみせる。キロヒは、さっきとは違う苦笑いを浮かべた。ニヂロの好奇心と反抗心を煽るその様子は、舞台女優も真っ青である。

「一体何の話だ、いいからさっさと言え! いろ……っ」

 最後の最後で、ニヂロは言葉を呑み込んだ。絶対に「色気ブス」と言おうとしてやめたと、キロヒでも分かる勢いからの急停止だ。

 有益かもしれない情報をイミルルセから得る時に、彼女を罵倒すると自分が損をするかもしれないと、これまでの短い付き合いで学びつつあるのだ。

 初日にイミルルセがニヂロを獣と表現したが、それならばイミルルセは獣使いの素養があるに違いない。ニヂロの行動の判断基準に、自尊心よりも「損得」の方が大きい時があるのだとキロヒも理解した。

 イミルルセは、その美しい口元に笑みを浮かべたが、声までは洩らさなかった。ニヂロの自尊心の値を狂わせないためだろう。

 そして、彼女は言った。

「ラエギー先生の出された条件は……特級精霊の特別授業を受けること、でしたわ。五日に一度、授業が終わった後に、ラエギー先生自らが教えてくださるそうよ」

 ニヂロは、くわっとその両目を見開いた。ギラギラとそこの彼女の欲望が渦巻いている。

「それに……それに、アタシが参加できるのか?」

 誰よりも精霊を上霊させたいと願っているニヂロだ。特級精霊の特別授業の中に、どれほどの知識が無造作に転がっているかわからない。普通であれば、特級精霊に上霊するか、上級生にならなければ手に入らない知識に違いない。

 それを五日に一度とは言え学べるのである。ニヂロにとっては、目の前にご馳走を並べられた状態に等しい状況だ。

「ふふ」と、ようやくイミルルセは音を出して笑った。もう大丈夫だと思ったのだろう。ニヂロはこの瞬間、ご馳走に目を奪われて自尊心など彼方に追いやっている。

 そんな獣に、イミルルセは甘い甘い言葉で言うのだ。

「ふふ……勿論だわ。だって私たち……スミウだもの」

「はは、そうか……そうか、特級精霊の特別授業……そうか……あははは」

 もうニヂロの頭の中は、ご馳走でいっぱいに違いない。目を見開いた怖い顔のままニヂロが笑う顔は、キロヒが驚いて後ずさってしまうほど。

 だが、キロヒは知っている。イミルルセの言った言葉が、全て真実ではないことを。

 この特別授業、本来はサーポクだけで行われるはずだったのだ。そこにスミウという盾をねじこんで、四人で授業と受けるという道を切り開いたのはイミルルセである。

 サーポクが一人で授業を受けた場合、次の授業までの間に忘れてしまう可能性が高いこと。スミウである彼女たちを同席させることで、授業のない日に復習させることも可能であること。

 そしてとどめが。

「もし、サーポクに何か起きてザブンがその力を加減なく振るった場合……そこに直面する可能性が一番高いのは、スミウの私たちですわよね。その場合、特級精霊に対する知識や理解があるかどうかが、生死を分けることもあると思いますの」

 という、厳しい発言だった。

 屋根裏部屋の人間は知っている。サーポクが悲しんだだけで、ザブンが雷雲を呼んだことを。サーポクがあれよりひどい状態になった場合、果たしてザブンは雷を落とすことを止めてくれるだろうか。もし落とされた場合、下にいる人間はどうなってしまうのか。

 その危機感を、イミルルセは教師に突き付けたのである。

 ラエギーは「分かった」とだけ答えた。四人で授業を受けることに了承したのだ。

 あの教師に対する弁舌を見れば、図書館利用の許可など可愛いものだとキロヒは理解した。その上、特別授業の許可をニヂロの制御にまで使うという一石二鳥ぶりである。

 一方のキロヒは、お膳立てされた流れに乗って流れていくだけ。ニヂロとの関係も自力で改善しようとしていないので、これからも彼女はブスと呼ばれるのだろう。

 そんな自分自身のあり方に、劣等感を覚えていないと言えば嘘になる。だが、突然人間が変われるわけではない。結局、時間をかけて少しずつ向き合って行こう、という答えに落ち着くしかなかった。こういうところが「のろま」と思われているのだろう。


「本来、上級精霊に上霊した時に少しずつ始めるのだが……サーポクの場合は、見つかった時には既に特級だったため、これから身につけさせなければならない」

 特別授業の一回目。

 教室を出て廊下を奥に進むと実技室がある。中は普段の教室の倍くらいの広さがあるが、平らな床があるだけで何もない。

 そこにラエギーが出したのが──硝子の円柱である。ふもとの町についた時、キロヒが吸い込まれたものと同じだ。少し違うのは、光っていないことだろう。

 ラエギーは指輪から取り出し、床にことりと立てる。重そうに見えるが、実際はそうではないのかもしれないと感じさせるラエギーの動き。柱はちょうど上背のあるラエギーと同じくらいだ。

 柱の中に、あの時のような自然が見える。しかし景色はキロヒが見たものとは違った。

 上の方に山があるが、一番目立っているのは山の途中にある大きな滝だ。そこから川が下り、蛇行しながら草原を抜けて一番下の海のような場所につながっている。

「海があるとよ!」

 目ざとく見つけて、サーポクがはしゃぐ。

 それを無視して、赤毛の教師はガラスの柱に手を触れた。同時に、光が注がれていく。上からゆっくりと下に向かって。

「サーポク……」と、ラエギーは喜んでいる少女に冷たい声をかける。それを、きょとんと見上げるサーポクの丸い目。

 光が柱の一番下の海に届こうとした時、赤毛の教師はこう宣言した。

「サーポク、これからこの中で……私と戦ってもらう」


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