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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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16・キロヒ、指名される

 ラエギーの部屋は、二階のエントランスから右の大きな扉をくぐった先にある。正しくは、その扉の先には下り階段があり、そこを下りた先の一階にある。

 初めてこの建物に入った時、キロヒが階段を上る前に開けられるか確認した扉のひとつだ。

 しかし、今日初めてこの扉をくぐったわけではない。こちらの扉から階段を降りると、食堂や清潔室など、寮生活に必要な部屋が集まっている。

 ちなみに階段の左の扉は、授業を受けている教室や職員室などの学校の施設になっている。

 これは初日に、イシグルが施設案内で回って、ひととおり使い方などを教えてくれた。

 その時、

「この建物、どう考えても外見から見た容積と一致してませんわね。それに、イシグル先輩の寮の部屋は、どちらですの?」

 と、イミルルセが誰もが当然考える疑問を口にした。

「ボクも、ここに住んでいるよ。一年生から五年生までみんな一緒さ」

「でも部屋の数が合いませんわ。一年の女子だけで約百人と伺っておりました。部屋の数は二階が十二、三階が十二、屋根裏部屋が一。合計二十五。全て四人部屋で、ちょうど百ですわ」

「まあ授業で習うからそのうち分かるだろうけど、同じ場所でも霊層(れいそう)が違うんだよ。ボクも屋根裏部屋に住んでるけど、君たちと同じ場所でありながら違う場所になる。はは、面白いよね。広さは霊密(れいみつ)の違いだよ。詳細は授業で習って」

 専門用語を使った難しい説明だが、精霊の秩序の上に成り立っていることは、キロヒにもうっすら分かった。

 初日に、キツネ色の髪をした狩人のような少年と建物の内部でかち合わなかったのは、イシグルが言うところの霊層の違い、というものだったのだろう。


 そんな精霊の恩恵で出来ている建物の中を、ニヂロを除いた屋根裏部屋の三人とイシグルが歩いていく。

 右の扉の階段を下りてすぐの部屋が、寮母でもあるラエギーの部屋だ。

「ラエギー先生、四年のイシグルです。霊量器の返却と、少しご相談があり一年生を連れてきました」

 四回扉をノックし、イシグルが訪問を告げる。

 そのまま少し待つと、扉が開いた──勝手に。少なくとも、キロヒにはそう感じた。何故なら、扉を開けた人は誰もいなかったからだ。

 キロヒは初めて来たので驚いたが、イシグルとイミルルセは気にすることなく、中へと歩みを進める。勿論、サーポクも別の意味で気にすることはないようで、意気揚々と足を踏み出している。

 霊量器を、簡単に手に入れられると思っているのだろうか。思っているのだろう。


 寮母室の最初の部屋は、応接室だった。テーブルと皮張りの長ソファが設置されている。奥に二つほど扉があり、そちらが私室なのだろうと想像できた。

「二人、代表で掛けるといい」

 ラエギーは、既に長ソファの真ん中に腰掛けていた。そしてその長細い指で向かいの席を指す。服装はいつもの黒のハイネックワンピースだ。

「じゃあ、ボクとサーポクだね」

 イシグルの判断は明確だ。担当指導の立場の自身と、ラエギーと交渉したいと考えている島の少女。キロヒにも否やはない。イミルルセと二人、彼らのソファの後方に立つことにした。

 十四歳と十歳がソファに座ると、座面の左右に少し余裕がある。座る時はザブンを背負わせることが多いが、今回はひじ掛けとにサーポクの間に立てることにした。ひじ掛けが高くなくても、ザブンが倒れることはない。白い箱の上に乗せた時と同じで、そこにそうあれ、とサーポクが願えばそうなる。

「まずは、霊量器をお返しします。確認お願いします」

 テーブルの上で差し出される白い箱。それをサーポクが「あああー」、と目と手で追いかけようとした。ラエギーはそんな彼女を気にすることなく受け取り、流れるように消した。おそらくイシグルがしたように指輪にしまったのだろう。

「ああ、確かに受け取った。相談の前に、計量結果の報告を」

「はい、四ページです」

 他の三人を空気にしたまま、指輪から白い雲を出すラエギー。同じく白い雲を出すイシグル。即座に大きさを整え、イシグルは文字の書かれた白雲を片手で持つと、少し身を乗り出して教師の白雲に文字の面を押し付けた。

 白雲のページを変え、それを四回繰り返す。それで終わりとばかりに、二人はすぐに雲を丸めて片付けた。

「ご苦労。イシグルは相談に直接関係がないのなら、帰ってもいいが?」

「いえ、せっかくなので結論まで付き合います」

 改めてソファ座り直し、イシグルが涼しい顔でそう言った。何が「せっかく」なのかは、キロヒには分からなかったが。

 そして全員の視線がサーポクに向く。彼女は消えた白い箱を見失って、伸ばした手を所在なげに揺らし続けていた。

「さ、さっきの白か箱が欲しかとよー。ビニニ、五まで出すとよ」

 その両手が、四角い箱を現すように大雑把にその形を描く。

「……キロヒ、説明しろ」

「ふぁいっ!?」

 キロヒは、心の底から他人事のつもりでここにいた。勿論、サーポクがラエギーの怒りを買うのではないか、という心配はしていた。しかし白い箱については、あくまでもサーポクの希望であり、自分は無関係だと思っていたのだ。

 なのに、ここにきて突然サーポクの日常担当の仕事回がって来た。いや、これは言葉に関することだから、担当はイミルルセではないのだろうか。図書室の許可まで取っているのだから。

 しかし、そんなことはラエギーは百も承知だろう。承知の上で、キロヒを指名した。逃れることは出来ない。たとえ、教師が特級の圧を使っていなかったとしても。

「えっと……サーポクがその白い箱に、ザブンを乗せた時……海が、そう、海や砂浜の景色が浮かんで、それが故郷に似ているので、いつでも見られるように……その箱が欲しいと、多分、そういうことだと思います」

「島そのまんまとよ。欲しかとよー」

 つっかえつっかえしゃべり、語尾もだんだん頼りなくなっていくキロヒの言葉の最後には、大きく身を乗り出してサーポクが自身の欲望を補強する。

 ラエギーはキロヒとイミルルセを見て、それからサーポクを見て──イシグルを見た。この教師もまた、イシグルがこの件を後押ししていることに気づいているはずだ。普通に考えたら、学校の備品を個人のものにしようなんて話を、教師の元まで持ってくる必要はないのだから。

 ラエギーは、視線をもう一度サーポクへと戻した。

「……分かった」

 その答えは、キロヒに自分の耳を疑わせた。

「私が同じものを持っているから、それでよければ在学の間、貸してやろう……」

 続けられた内容は、もう疑う余地もない肯定だった。

「嬉しかとよー」

 サーポクは何ひとつ疑うことなく、大喜びで両手を上に上げて喜んだ。

 そんな都合がいいはずがないと、キロヒは目の前で揺れる褐色の手の向こうにいる、ラエギーの真意を推しはかろうとした。

 商人の娘としての感覚が、この取引はあまりにもおかしいと悲鳴をあげているのだ。

 だから──


「ただし……条件がある」


 沈黙の後にラエギーがそう言った時、キロヒは自分でも驚くほどほっとしたのだった。



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