135.キロヒ、土をこねる
「お手合わせ、お願いできませんか?」
ユミのこの言葉を聞くのは、今日二回目。しかし、それが向いている相手が違う。
「わ、私ですか?」
まさかのキロヒ、である。
「はい」
「ザブンの時みたいに、クルリが土の盾を立ててそれを壊す、とかでしょうか?」
キロヒは引け腰になりながら、一番安全な提案をしてみる。
「……では、あっさり壊せたら、直接の手合わせを願えますか?」
「お、お断りしてもよいでしょうか?」
キロヒは、手加減が分からない。戦闘に関しては、ようやくよちよち歩きができるようになったばかりだ。他の精霊と直接戦闘をして、お互いに取り返しのつかない事故が起きたらどうするのか。
明らかにかなわないほどの強い相手か、まったく手加減の必要のない魔物であれば、状況によっては考えるかもしれない。しかしこの場合はそうではない。そして、キロヒにとっては益もない。
ユミが表情を曇らせて、キロヒを見る。どうにか説得しようと考えているのだろうか。
「私より、シテカに言えば受けてくれると思いますよ。同じ上級ですし」
いまはいないが、昼前には帰って来ると言った。それからでもいいではないか、と。
するとユミの表情が、ますます曇る。今にも雨が降り出しそうなくらいに。
「……シテカ相手だと…………ので、よくないです」
ぼそぼそと呟くように口にされる言葉を、波の音が削り取る。
"負けたら腹が立ってムキになるからダメなんですって"
それを美しく復唱する謎精霊。確実にユミ本人にも聞こえているはずだ。これもユミ煽りの一環なのか。どうにも謎精霊は、彼に対して当たりが厳しい。
そして男同士の力関係も難しい。ユミにとってシテカは、おそらく一番身近な好敵手のような存在なのだろう。
「キロヒ、土の盾を見せてもらってもよくて?」
ユミとキロヒが二人で難しい顔をしたまま押し黙っている空気を、イミルルセが柔らかく壊す。昨夜、寝袋の中でうとうとしながらこれまでの出来事の話はしていたが、実際に見せたことはない。気になっていたのだろう。
「分かりました……クルリ」
「ぴゅうるりっ」
お安い御用と言わんばかりに、クルリがすっかり慣れた様子で土の壁を立てた。
それに近づいてきたイミルルセが、手のひらで盾を触って「結構固いんですのね」と感心した声でキロヒを見る。
「速さと固さを両立させるにはこのくらい、ということになりました。キムニル先輩とエムーチェ先輩のおかげです」
「ということは、時間をかければもっと固くすることができるということですの?」
「もう少しは固くできます」
キロヒはクルリに固さを重視で作ってもらった。
「すごいとよー」
それに食いついたのは、まさかのサーポクだった。一体何をそんなに気に入ったのか分からずにいると、サーポクがザブンに何かを作らせ始める。
「うまくできんとよ」
ざらざらと積み上げようとした砂が崩れて、ただの砂山になる。それを見てサーポクが、絶望的な顔になる。
「どうやって作ると?」
そしてキロヒに救いを求める。ザブンも土の要素を持っていた。
「何を作ろうとしたんですか?」
「椅子とよ」
まさかの家具だった。無級精霊の上に座ろうと考えているのか。何という精霊の無駄遣い、と思いかけて、キロヒはまたしても自分が常識にとらわれていたことに気づく。そもそも精霊具も、中身は無級精霊だ。そう考えると無級精霊で家具を作ってもいいではないか。
「ちょっと試してみますね。クルリ……こういう形で作りたいんだけど。固めで」
キロヒは砂の上に学園で使っている椅子の形を描いて、クルリに伝える。
「ぴゅうい……」
初めてのことに、可愛らしい秋の落ち葉の精霊は、しばらく砂に両手を向けて見下ろしたままだった。そうしているとだんだん砂の上に固い土が現れ、その塊がだんだん大きくなっていく。そして形を変えていく。
「ぴゅう」
形を作り終えると、クルリは頑張った、といわんばかりに両手を空に持ち上げてキロヒを見る。
椅子の四つの足は太く、少し不格好だが安定感はありそうだ。座面は予想より大きい。背もたれは一枚板のように隙間はない。初めてにしてはよく出来たと、キロヒは思った。
後は座れるか、だ。
「座ってみますね……」
ちょっと座面が高いので、キロヒは手をかけ身体を持ち上げるようにしてそっと腰掛けてみた。長時間もつかは分からないが、少なくとも十二歳の女子の重さには耐えられるようだ。
「クルリ、上手にできてる。ありがとう」
「ぴゅうるるいっ」
クルリも褒められて嬉しそうにクルリの膝に飛び乗ってくる。
「すごいですわ」
それを見ていたイミルルセがしばらく考え込んだ後に、ヌクミと何かを語り合っている。見ていると、イミルルセの手の上に、まるで模型のように精巧な土の椅子が出来上がった。
ヌクミは都市型で植物型。窓辺の植木鉢や花壇の花、という印象の精霊だろうか。土の要素はそう多くはなくともあるはずだ。
詳しく説明していないというのに、彼女は砂ではない土の無級精霊を集めた。
「キロヒもルルもすごかとよ! どうしたとよ?」
サーポクが、二人の大きさと趣きの違う椅子を見比べて、両足をじたばたと動かした。自分も早くやってみたいに違いない。
キロヒはサーポクに、学園の周囲にある土を思い出させ、それがこの砂の下にあることを説明し始めた。
すっかり戦う相手を失ったユミは、少し離れたところで砂の上にいろいろな影絵を作る練習をしている。
その影がだんだんと短くなっていき、朝とは呼べない時間になっていった。




