134.キロヒ、精霊同士の勝負を見る
「お手合わせ、お願いできませんか?」
「おてあわせとよ?」
ユミは、シテカに言われた精霊との対話より、特級精霊ザブンに対戦を挑む方を選んだ。
特級精霊と中級精霊。二階級差は、普通の精霊にとって抗うことの許されない距離だ。ザブンのひと睨みで、アワレは動けなくなるはず。
けれど、そうとも言えない理由がある。謎精霊だ。
謎精霊とクルリがつながり足を生やされたように、アワレもまたあの存在に何かをもらった可能性がある。
幻級精霊でさえ、クルリを協力させるのに抵抗があると言ったことを考えると、アワレがザブンと戦うのは面白い試みではないかとキロヒは思った。ただしあくまでも、ザブンの手加減が前提だ。
「サーポク、ザブンは身を守る時どうしていますの?」
イミルルセもそれを心配しているようで、防戦方法の確認をしている。
「甲羅の中に全部引っ込めるとよ。水の渦巻きの中に入るとよ。風と砂の渦巻きでもよかとよ」
さすが幅広い能力を持つザブンである。ラエギーとの戦いで学んだ部分もあるが、多彩な要素の防御方法が出てくる。個別の戦闘訓練のおかげで、その辺の上級でもサーポクとザブンには敵わないだろう。
「では直接戦うのでではなく、甲羅に引っ込んだザブンを動かせるかどうか、という方法はいかがでしょう?」
イミルルセの平和的な勝負方法に、キロヒは大きく頷いて同意した。ザブンが防御一徹であれば、うっかりアワレを傷つけることもない。安全そうだという判断だ。
「ザブンは甲羅に引っ込めておけばよかと?」
「そうですわ」
「ザブン、引っ込むとよ」
砂地に置いたザブンにサーポクの声が飛ぶと、頭もヒレも消えた。普通に考えると海亀は甲羅に引っ込むことはできない。けれどザブンは海亀に似ているだけの精霊だ。
外側に見えているのは、あの美しい海中の景色のような甲羅だけ。頭や手足のあったところにも、海中の景色が詰まっていた。
「ありがたく存じます」
ここまでのユミの武器である、ツムギの蜘蛛の網と木の枝を用意する。
砂地にしっかりと置かれていて、影を確実にかぶせるために網は直接甲羅にかけられた。それをまずは引く動きをした。影のアワレの力で動かそうとしているようだ。びくともしない。
次に木の枝の影をザブンに刺す。一瞬、甲羅を傷つけようとしたのかと思ってキロヒはびくっと震えた。しかし、ユミはそんな乱暴者ではなかった。
彼が刺したのはザブンと砂の間。下からザブンを裏返そうとしているようだが、やはり力が違いすぎて揺らぎもしない。
ユミは、網も木の枝も砂浜に置いた。これまでずっと彼の武器であったそれでは、無理だと判断したのだろう。
何をするのかと思いきや、彼は立ち位置を調整して朝日を背に受けた自身の長い影を、ザブンに重ねる。
「わ……」
キロヒは思わず声が出た。
ユミが自分の両手の影をうまくザブンに合わせて、まるで甲羅を両側から持ち上げるような形にしたからである。その発想は、まったくなかった。あまりの面白い発想に、キロヒは身を乗り出した。精霊とつながっている人間自身の影で、どれほどの結果が出るのかが気になってしょうがなかった。
ザブンが──微かに揺れた。
それだけだった。ユミの悔し気な表情が、自身の影の中に浮かぶ。もう少し何とかできるのではと思っていたのだろう。
その時。
"ふふ……私の三番目の友達を名乗るなら、もう少し頑張ってほしいものだわ"
キロヒとユミを反応させる声が聞こえる。ここまでだんまりを決め込んでいた謎精霊の笑う声。
次の瞬間。
ユミの影が大きく形を変える。それは人の形を失い、もっと長く大きく広がった。
それは──大樹の影。
アワレがもらったのは、謎精霊自身の影だったのだ。
その影の中に完全に包まれたザブンは、サーポクの言いつけを破っていた。頭もヒレを全て出し、自身の下から水を溢れさせたかと思うと、引き潮のように水に乗って影から抜け出たのである。
ザブンは、動いた。
勝負という観点からいけば、ユミの勝ちになるのだろうが、正確には謎精霊の勝ちだ。
特級の中でも強いと言われている謎精霊の影に、さすがのザブンも身の危険を感じたに違いない。サーポクの頼みを自身の意思で破るのだから、それはもう防衛本能と言っていいだろう。
"自称三番目の友達さん……うまく使えるといいわね"
謎精霊は、ユミを煽った。ユミが厳しい眼差しでキロヒを睨む。
もはや謎精霊の声はキロヒ抜きでも聞こえるようになっているはずなので、キロヒに険しい視線を向けるのはお門違いだ。しかし、これまでの癖がまだ抜けないのだろう。いい迷惑である。
キロヒは、そおっとイミルルセの後ろに逃げた。
「影を見る限り、かの精霊の干渉があったようですわね……ザブンがあんな動きをするとは思いませんでしたわ」
イミルルセはキロヒの奇妙な動きよりも、いま起きたことの方に集中していた。あのザブンが、という気持ちを、きっと彼女も抱いたことだろう。
謎精霊の影を、ザブンは恐れた。
その事実をそのまま横に動かして、キロヒはクルリにあてはめて考えてみた。
ということはクルリのあの木の足もまた、攻撃に使うとザブンが恐れるということだろうか、と。
このままでは、クルリがスカートを翻して戦う格闘精霊になってしまう。もっと別の華麗な戦い方も見つけなければ──キロヒは切実にそう考えた。




