13・キロヒ、白い箱を知る
「今日、ボクが来たのはね……」
混乱の屋根裏部屋が落ち着くまで、結構時間がかかった。
イシグルはザブンを観察しているし、イミルルセは状況をニヂロに説明し始めたため、残ったキロヒがサーポクとザブンを宥めなければならなかった。とりあえず、サーポクを落ち着かせるために、背負い紐をほどいて前に抱えさせてやると、丸テーブルの上に乗せようとするので、慌てて図書室から借りた本を片付けなければならなかった。
ザブンが首を伸ばすと、おさまりよくそこにサーポクが抱き着く。昔からそうしていたことが、明白なくらい息がぴったりだ。しかしザブンの片目は、間違いなくイシグルを見ていた。暗雲が消えるまで、シュルルはイシグルの元へと帰らなかった。
そしてようやく、イシグルの本題が始まる。シュルルは姿を消したので、キロヒの視界は穏やかになった。
屋根裏部屋の四人を席に座らせ、イミルルセとニヂロの間に立ったイシグルは、今日の来訪の本題に入った。
「入園直後の、君たちの精霊の情報を記録しにきたんだよ。勿論、先生の指示でね」
「精霊の、情報というのは何ですの?」
「精霊の得意分野を量るんだよ」
言いながら、イシグルが両の掌を合わせるようにして上を向けると、そこに突然真っ白な何かが現れた。
「な、何だ、そりゃ。どこから出てきたんだ!?」
真っ先に食いついたのは、ニヂロだ。イシグルは手ぶらでやってきた。肩幅より少し狭いくらいの白い立方体の箱。材質は分からない。よく磨かれた綺麗な石のようにも見える。
「どこって、指輪……あ、一年はまだか」
サーポク以外の三人は、その発言により学校で貸与された自分の指輪を見た。キロヒは使い方は一通り見たが、物をしまうような項目はなかった。
「おい、その使い方……」
「あー、ダメダメ。君たちはまだ使えない。いい? 使えないんだよ。授業で『精霊の息吹』が出てくるまで待って」
目を爛爛と輝かせているニジロが、身を乗り出して自身の指輪を見せつけながら新情報をむしり取ろうとしたが、イシグルに笑顔でかわされる。しかし、ただ「使えない」で終わらず、鍵となる情報はくれた。ニヂロは不満を露わにしたまま、しかし身体を背もたれまで戻した。
「というわけで、ちょっとテーブルを空けてほしいんだけど……」
丸テーブルには、デンとザブンが鎮座していた。これでは何も置くことができない。
「サーポク、ザブンを背中に置いてもらっていいかしら?」
「分かったとよー……」
まだ先ほどまでの余波があるようで、しょんぼり気味に島の少女は提案を受け入れた。一度立たせ、イミルルセとキロヒの補助で背もたれとの間にザブンを挟んで座らせる。
そうして、ようやく何もなくなったテーブルに、白い箱が置かれる。
自分から見えない面がどうなっているのか気になって、左右の面を見るが何も変わらない。キロヒから見えない面はイミルルセが見てくれて情報交換したが、すべての面がただ真っ白だと分かった。
「この上に、君たちの精霊を一人ずつ乗せてくれるかな?」
「のろまブス、お前からやれ」
最初から考えていたかのように、かぶせ気味にニヂロが指示してくる。どういう代物なのか様子を見たいのだろうが、命令口調にキロヒは戸惑った。従いたくない気持ちがある時は、まさにニヂロが言うような「のろま」な反応になることが多い。
「まあまあ、最初はボクのシュルルでどうなるか見せてあげるよ」
両腕を広げて、イシグルが水色の蛇──ではなく、それに似た精霊の姿を現す。するりとイシグルの希望通りに、白い立方体の上に乗る。とぐろを巻いて。そういうところまで、アレに似ていなくてもいいのに、とキロヒは心の中で小さく泣いた。
「ほら、見てごらん」
箱は全体的に桃色に染まっていく。そして周辺の面の景色が変わる。ちょうどキロヒに向いている面では小雨が降っている。サーポク側では森のような地面と草木。ニヂロ側は風で揺れる草原が広がっていた。
「こちら側は穏やかな青空ですわね」
「こ、こちらは小雨が降っています」
向かい合う二人で、座ったまま情報をやりとりする。ニヂロは立ち上がって、テーブルの周りを一周回って自分の目で確認して席に戻った。
「まず全体の色。これは、精霊が得意な温度を現しているんだよ。シュルルは桃色。やや暖かい、と思ってもらっていい。赤が強いと暑く、青が強いと寒くなる」
それから、と説明が続く。
「四面に表示される景色は、得意な場所や気候を現しているよ。シュルルは草原や森が得意で、強すぎない風や雨、そして空も得意、ということだね」
空が得意というのは、あの羽で飛ぶということだろうかとキロヒは予想した。それだけは、アレとかなり違うところで素晴らしいと、彼女はシュルルの白い羽を褒めた。
「というわけで……」
手を伸ばしたイシグルは、箱からシュルルを自分へと戻した。その姿は、途中から溶けるように消えていく。箱は白に戻って、景色も消えた。
「キロヒから行こうか。あ、これは別にニヂロの命令に従ってるわけじゃないからね。最後をサーポクにしたいだけ。それに……こういうのは、最初の方が気楽だよ?」
「……クルリ」
促されて、今度ばかりはすぐにキロヒは反応した。襟の中からクルリを引き出した。変にぐずって、特級精霊の後に量る羽目になりたくなかったからだ。
「ぴゅるー?」
「ちょっとここの上に乗ってほしいの」
人形のようなその姿をそっと白い箱の上に置く。どきどきしながら見守ると、箱が水色に染まっていく。やや寒い、ということか。
キロヒの面は、光の差し込む林の光景だった。クルリと出会った時を思い出す光景に、胸がきゅっとなる。
自分の友人である精霊のことなので、キロヒは立ち上がって一周回って全面をその目で見てきた。
サーポク側は、街の景色。立ち並ぶ建物と石畳の路地。
イミルルセ側は、一本の木から、はらはらと枯葉が風に流されながら落ちていた。
ニヂロ側は、空というには低すぎる空中から地面、そしてその側を流れる小川、という景色だった。
「温度はやや低い、と。それから……へぇ、街の景色があるのはいいね。精霊は街には少ないから……街を自分の領域にしているのは、キロヒとクルリの強みになるよ」
イシグルにそう褒められても、彼女はピンとこない。
「ほら、街は精霊が少ないだろ? そんな街で精霊に仕事をしてもらうことがある場合、精霊の負担がとても少ないんだ。むしろ、生き生きしてるかもしれない」
「植物と風と土の要素が強いね。少し高い位置でも活躍できそう。水は、小川はあるけどシュルルの雨のように全面を濡らしているわけじゃないから、部分的な要素みたいだ。あと、どの景色も……人の手が入った気配を感じるね。精霊にしては珍しく、大自然の中が苦手かもしれない。頭においておいて」
「はい、ありがとうございます」
占い師が結果を読み解くように、イシグルは箱の景色を無理なく読み解いていく。こういう授業もどこかであるのだろう。
確認を取って、キロヒは箱の上からクルリを抱え上げ、再び襟の中に入らせた。
再び真っ白に戻った箱に、「アタシの番だな」と、ニヂロが髪の間から、ツララを引っ張り出す。
箱の用途は、ここまでで十分理解できたようだ。ニヂロは、順番に不満を見せることなく、むしろ積極的に小さな狼に似た精霊を、その白い箱に乗せた。
「キャウ」
次の瞬間、白い箱は真っ青に染ま──いや、青を通り越して黒に近くなった。見ているだけで寒さを覚えるような、硬質な暗い暗い青。
そしてキロヒに向いている面は、その暗い青を塗りつぶすかのように真っ白な雪が激しく叩きつけてくる景色だった。




