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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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129/142

129.ニヂロ、再会する

「ねーちゃん!?」

「げっ」

 一つ下の弟との再会は突然だった。

 雪山へは明日の早朝から動こうと思っていたニヂロは、突然手に入った金銭を手に町へと繰り出していた。

 連絡板を四対、売った対価である。学生である彼女は、直接販売したわけではない。協会が大人の知恵を絞った見事な迂回路を使っただけ。協会とはいえ、さすがは北方の連中が多い地域だ。話が早い。

 世の中、こういう風にできているのだ。子供の頃からあらゆる不公平を、いやというほど見て来たニヂロが手に入れた真理のひとつが、馬鹿は損をする、というものである。

 神殿での勉強に何の意味があるのかと、最初の頃はニヂロも思っていた。しかし文字と計算を覚えると、まるで世界が違って見えた。

 悪党が、はっきりと目に見えるようになったのだ。

 村に行商にきている商人は、人によって売値を変えていた。正確に言えば、合計金額やお釣りの計算で買い手を騙していたのである。

 しかも、最初は少しだけ多く取って様子を見るのだ。そこで相手が「間違えている」と言えば「すまんね」と殊勝に謝っているフリをして差額を返し、その相手には次からは正しい値付けを行う。

 計算が苦手な馬鹿は、どんどん持っている金を商人に吸い上げられる。それに気づいてさえいない。そしてそういう奴は、決まって貧乏なままだ。

 ニヂロのロクデナシの両親など、その極みだった。

 怠け者で、神殿で真面目に学ばなかったせいで学もない。学がないから先のことも考えないで、食わせられもしないのに七人も子供を作った。三人は病気か事故で死んだ。

 残った四人の子どもたちは毎日飢えていて、やせた畑でひたすらに仕事をさせられた。神殿での勉強などいらないと言われた。

 それに反旗を翻したのが、ニヂロである。

 最初はただの反抗心だった。親の言うことを聞くことが正しいというのなら、どうして自分はこんなに飢えているのか。どうして親は周囲の人間に嫌われているのか。どうして嫌っている人たちの方が、まともな生活をしているのか。

 だから仕事を放り出して神殿に行った。

 誰よりも汚い服のニヂロが神殿に入ってきた時、他の子どもらは顔を顰めた。けれど、神官だけはニヂロに席を勧め、彼女に精霊のことと読み書き計算の大事さを教えた。

 その日、家に帰ったニヂロは父親に殴り飛ばされた。言うことを聞かなかったからだ。

 次の神殿での勉強の日、やはりニヂロは仕事を放り出した。また殴られた。

 次の神殿の日は、納屋に閉じ込められた。ニヂロは、やっぱり親は馬鹿だと思った。これで彼女は神殿には行けないが、働かせることもできない。何も生み出さない無の時間を与えられただけだ。

 ニヂロは習った文字や数字を、地面に書いて復習に時間を使った。

「これで分かったか」と馬鹿な父親が言って納屋から出したが、次の神殿の日はやはりニヂロは仕事を放りだした。また殴られた。

「ねーちゃん、殴られるんだからやめなよ」

 すぐ下の弟に対し、頬を腫らしたままニヂロはこう答えた。

「あいつらの言うことを聞いて、金持ちになれると思うか? アタシは思わない」

「……」

 弟は黙った。

 ニヂロは殴られたり閉じ込められたりしながら、勉強を続けた。そしてツララに出会い、友人になった。親兄弟に精霊を見せず、ニヂロは神官から聞いた精霊士を目指し始めた。

 少し前に、両親が話していたのを聞いたからだ。

「ニヂロは何の役にも立たねぇ。言うこともきかねぇ。しかもあんなガリブスじゃもらい手もねぇだろ。はした金にしかならんだろうが、売っちまうか」

 学があるだけではダメだ。ニヂロが決意した瞬間だった。

 ニヂロは金の卵を産む鳥にならなければならない。そうすれば将来自分たちに金を運んでくると、あの馬鹿たちを騙してここから飛び立てると。

 ニヂロが必死に伸ばした手で、掴もうとしたのが精霊士養成学園に行くための推薦だった。それを手にするためなら、ニヂロは努力を厭わなかった。

 そして、村長の娘に刺された。勝ったと思った瞬間だった。

 ニヂロは馬鹿な親の元を飛び立った。精霊士になったとしても、絶対に仕送りなどする気はなかった。帰るつもりもなかった。弟妹のすがる目も振り切った。


「ねーちゃん!?」

「げっ」

 そしてこんなところで、ニヂロはすぐ下の弟と再会した。

「何でこんなところにいるんだ?」

「こっちで働いてる」

 (よわい)十一。まだまだ貧弱な身体の弟だが、あの村にいた頃よりは服装はまともだった。

 聞けば、ニヂロが刺され一時的にあぶく銭が両親に入った。そしてニヂロが学園の権利を手に入れ、金の卵となったことにより、馬鹿な両親はそれを成功体験として受け入れてしまったのである。

 弟妹にとっては、ニヂロという成功例を知ることが出来た。弟妹は考えた。神殿で勉強すれば、自分もここから逃げられるのではないか、と。

 だから弟妹は、神殿に通いたいを告げた。時は彼らに味方した。ニヂロの成功体験に気を良くした親が、それを許したのである。

 弟妹はがむしゃらに学びを貪った。特にすぐ下の弟は、兄弟の中で学び始めるのが遅いことになる。死ぬ気で学んだという。そして去年、農産品を仕入れに来た中堅の商人に自分を売り込んで、あの村を飛び立ったのだ。

 他の弟妹については知らないという。逃げたければ、自力で何とか逃げるしかない。ニヂロもそうだったし、この弟もそうだ。

「ねーちゃんは、何でこんなところにいるんだ?」

 実家に近いという意味では、確かにこんなところだろう。弟は絶対に姉が帰ってこないと信じていたに違いない。

「精霊の訓練だ。寒いところでないと、訓練にならねぇんだよ」

「ふうん。お金は稼げてるの?」

「学生だぞ、稼げるワケないだろ」

 さっき手に入れた金のことを言うほど、ニヂロは馬鹿ではない。

「じゃあ、いまはオレの勝ちだね」

 ズボンのポケットから小さな革袋を取り出して、チャラリと軽い音を立てる。彼女の弟は馬鹿だった。

「バカ、出すな。しまっとけ」

「ねーちゃんに、串焼きの一本くらいは奢れるぜ」

「いるかよ、メシくらい協会で出るわ」

「……感謝してんだ、オレ。ねーちゃんが殴られても殴られても神殿で勉強してくれなかったら、精霊士の学校に行かなかったら、オレは死ぬまで馬鹿のまま、親父たちにコキつかわれてた」

「お前のためじゃねぇよ」

「うん、知ってる。ねーちゃんは自分だけ助かろうとしてた。でも、ねーちゃんが勝ったから、あの馬鹿野郎たちが騙された。だから、オレもオレだけが助かろうと思った。商人のおっちゃんにもらったシタク金をくれてやったら、またあいつら騙されやがった。弟や妹が馬鹿じゃないなら、自分で逃げ切るさ。ねーちゃんやオレを見てるんだから」

 二年やそこら会わなかったくらいで、弟はたくましくなっていた。もう殴られるからやめろという、弱虫はそこにはいない。

 結局ニヂロは、弟に奢らせなかった。


「うまいこと金持ちになれよ」

「ねーちゃんもな」

 姉と弟の別れの言葉はそれだけだった。

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