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精霊士養成学園の四義姉妹  作者: 霧島まるは


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128/142

128.ニヂロ、北方に着く

「チッ……」

 亜霊域器から出たニヂロは、その温度変化を敏感に察知した。

 生ぬるい学園生活。生ぬるい移動用亜霊域器。しかしそこから出た途端、「そんな薄着で大丈夫か?」とあざ笑う、低い気温が服の隙間から襲い掛かってくる。

 亜霊域器で移動できる最北の協会が、ここだった。学園から距離にして五日。この終点まで来る生徒はそう多くはない。その中でも手まで灰色の生徒は、ニヂロくらいだ。彼女以外は、冬に手袋をはめられる生活をしていた、ということでもある。

 ニヂロの実家までは、ここから更に二日は見なければならない。

 だが、彼女は実家にまで帰ることはやめた。その必要はないと思っている。彼女にとって必要なのは、ツララのための環境だけだ。ろくでなしの親はその中には含まれない。

 ニヂロは協会で到着と滞在の手続きをする。この仕組みは、彼女にとって本当に助けになるものだ。協会の亜霊域器の中の宿舎を、休暇中に利用できる。食事もついてくる。清潔室もある。自由になる金がないこと以外は、至れり尽くせりである。

「雪の積もった一番近い山はどこだ?」

「積雪の高さまで登る、ということ?」

「そうだ」

 学園に通う小娘と、協会の受付の中年の女性。どちらも肌は灰色。

 学園に通っているニヂロの目からすれば、協会で働いている人間は負け犬だ。卒業の上級になれなかった無能か、大した実力もなく前線で戦うことから逃げようとして、引き留められなかった臆病者の無能、と理解しているからである。

 一年で上級になり、この休暇中にでも特級になろうと目指しているニヂロの前では、ゴミの中のゴミ。敬意を払う必要など微塵も感じない。

「学園の外套があるだろうけど、その程度じゃ危険よ?」

「いいから教えろ」

 ニヂロはイライラした。ゴミに心配される筋合いはない、と思っていた。

「……精霊は上級なの?」

「そうだ。だから何だ?」

 短気が爆発しそうである。入園前なら、確実に爆発していただろう。丸くなりたくなかったのに、勝手に角が落とされてしまった事実に、更にイライラする。

「山に登るなら、日帰りでは無理だわ。指輪に携帯寝具は入る?」

 しかし受け付けは、険しい表情のニヂロに気おされることはない。北方の女だ。乱暴な言葉には毎日当たり前に接しているせいか慣れ切った顔をしている。そして小箱をひとつ持ってくると、カウンターを回って表に出てきた。

 小箱には「携帯寝具」という紙が貼られており、女はそこからニヂロの身長の半分ほどの箱をひとつ取り出した。

 ニヂロの知らない精霊具だ。その名前の通りなら、中で寝られる亜霊域器なのだろう。

 人間が入れる亜霊域器は、大型になる。それをどこかの精霊士が、ここまで小型化したということか。ニヂロは指輪の手を近づけて、それに触れた。入った。

「指輪をちゃんと育てていたわね。それなら貸与できるわ。中は寝具とトイレと清潔室よ。あとはスコップなんかの北部での必需品が入っている。携帯食料と飲料水は別に日数を申請してから受付で受け取るのよ」

「へぇ……」

「北方の精霊士が一人で雪山に向かう時は、上霊を渇望する訓練以外にないの。あなたはまだ精霊士ではないけれど、特級を目指すのなら協会は喜んで手を貸すわ」

 ニヂロは少し機嫌がよくなった。北部の精霊士たちが、訓練や魔物と戦いに出る時に貸与される必需品に違いない。イライラを爆発させなくて得をした。

「それでももしものことがあるから、できたら連絡板を持たせたいけど……精霊士用にも全然入ってこなくてね。幻級キーが少し融通してくれた分を、あなたに回すことはできないわ」

 この女性は、ニヂロへの心配を隠すことをしない。赤の他人の小娘に対して、ご苦労なことである。

 しかし彼女の話の内容は、ニヂロの優越感を刺激した。

「あるぜ? 連絡板」

 指輪から颯爽とそれを取り出す。

「え? どうして?」

 女性は驚いて、ニヂロと連絡板を見比べる。

「そりゃあ、作ったのがアタシだからね」

 正確にはニヂロとキロヒだが、いちいちもう一人の名前を出す必要はない。ニヂロが作ったというのは、嘘ではないのだから。

「そう、あなたが開発者なのね……じゃあ、もう少し予備を持っていたりする?」

 受付の女性の目が、キランと光る。

「あー、どうかなああー。ほら、分かるだろ? 学生は精霊具を開発してもさー、売れないんだ。持ってても、どうしようもないんだよなー」

 ニヂロの目がギラギラと光る。金の匂いを察知したからだ。学生の販売を禁止しているのは、誰あろう協会である。その協会が欲しがるというのなら、協会が禁止を何とかすればいいのだ。

「ちなみに……いくつ出せるの?」

「……四対だな」

 一対はキロヒと分け合っている。キーに五対もらったが、もしもの時のために自分用の一対は残しておきたい。計算の結果、四対となる。

「……支払いは卒業後でもいい? 契約書は書くわ」

「卒業後は基礎具の支払いで金は手に入る。欲しいのは、今だ」

「そう……少し待って。上と相談してくる」

 携帯寝具の小箱をカウンターの中にしまい、女性は奥の部屋へと消えていった。ニヂロは皮算用にニヤニヤしながら彼女の帰りを待つのだった。



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