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1・キロヒ、見知らぬ町に着く

毎朝7時の更新予定です

 十一月のちょうど真ん中。ロウヂャ山のふもと。

 今年のほとんどすべての大地の恵みが終わりを告げ、朱や橙の紅葉(こうよう)が最後の落葉の美しさを見せているここは、この時期に新しい住民を迎える珍しい町だった。

 ここ二日ほど、ひっきりなしに乗合馬車が停車し、中から十歳の子供たちが下りて来る。その小さな手には、旅行鞄や大きすぎるトランク、鞍袋。子供によっては使い古しの麻袋ひとつ。

 肌の色も髪の色も共通点はなく、旅の荷物を抱え、周囲を見回し、自分と同じような子供たちが、どこへ行こうとしているのか探り、度胸のある子が通りすがりの町民に道を訪ねているのに耳をそばだてている。


 キロヒ、という少女もそんな十歳の中の一人だった。祖母にもらった革のトランクがひとつ。下の姉からもらった山吹色のコートは鮮やかだが、そのやせっぽちの身体にはまだ大きすぎて着ぶくれて見える。

 鳶色の髪を二つの三つ編みにして垂らし、姉妹にはいつも眠そうに見えると言われる、同じ鳶色の半開きの目で、きょろきょろと自分の行先を見つけ出そうとしていた。彼女の中にあるのは、好奇心ではなく山盛りの不安。乗合馬車の中でも、他の子どもたちに囲まれてずっと小さく身を縮めていた。

 ようやく目的地の町に到着したというのに、十歳の少年少女たちは放置され、みな右往左往している。

「……には、どうやって行くんですか?」

 勇気を持った少年の問いかけに、町民は「自分で探すと見つかるらしいわよ?」と、困ったように笑っていた。まるで、いつものことと言わんばかりのあしらい方だ。

 その時「あっ」と、少年の一人が大声を上げた。空を見上げながら。全員はそれにつられて空を見る。

「あ」「あっ」「あーっ」

 複数の少年少女が、空を指さしてどこかへ走って行く。キロヒには、彼らに何が見えたのか分からない。そこには秋の高い空があるだけで、彼女には何も見えなかったのだから。

 訳も分からずについていく子たちもいるが、キロヒは動けなかった。空を見上げてぽかんとしていると、気づけば彼らはどこかの通りに消えてしまっていた。

「うおっ」「あーっ」「えええっ」と、次の子たちは地面を指さしていた。慌ててキロヒも地面を見る。彼女の目にも、うっすらと何かが見えた。しゅるりと動く地面と同じ色の長い身体。イタチのような生き物だ。それは空を見上げて追いかけて行った子たちとは、反対方向に走り出す。キロヒは一瞬迷ったが、自分にも見えたその生き物を追いかけて走り出すことにした。

 ただし、足は遅い。荷物も重い。荷物の軽い身軽な少年たちが先頭を走り、その後ろを少しずつ遅れて足の速い順に続く。キロヒは一番後ろ。とにかく、見失わないように必死に追いかけながら、通りの突き当りを左に曲がると、小さな広場についた。


 そにあったのは──円柱。


 大人の背丈と、腕周りくらいある太さのその丸い柱は、中に柔らかな金色の光が詰まっている。そしてその光の中で、何かが動いている。

 キロヒより先に到着した子たちが、そのあまりに主張の強いガラスの柱にみな足を止めて中を覗き込もうとしていた。

「ぎゅぴっ」

「きゃぼっ」

「ぱりゅー」

 そんな彼らの方から、奇妙で甲高い声があがる。明らかに人類が出せる声ではない。それに引きずられるように少年少女の小さな悲鳴があがり、彼らは全員姿を消した。

 一番遅れていたため、柱から離れていたキロヒを残して。

「え? え?」

 信じられない光景に、彼女は驚き立ちすくむ。

 この怪しすぎる光の円柱に吸い込まれた子たちが正解なのか、こうして残っている自分が正解なのか分からず、キロヒは距離を取ったまま時間をかけて柱をじっと観察する。

 光の柱の中に、小さな自然の風景が見えた。柱の上の方には山があり、そこから下に向かって森が広がり平野になり、ごつごつした岩石の原を下ると土になり、一番下には砂の原が広がっている。

 この柱の中に、大地の記憶を詰め込んだ──そんな光景。

 キロヒがこうしてじっと柱を見つめていても、何も起こらない。彼女がこの距離を変えない限り、柱は彼女に何もしない代わりに、何の変化も与えることはないのだ。

 ごくり。

 細い首を上下に小さく動かして、彼女は一歩踏み出そうとした。しかし、足は動かない。何かを変えることに勇気を要求されることを、キロヒは得意ではなかった。これまでの人生の安定した何かを捨ててまで、新しいことに挑戦したいなんて思ったこともない。

 けれど彼女はいまこの町に来てしまったし、ここから先に進むには、得体のしれない柱に近づかなければならないのだろう。

 カサリと、彼女のコートの襟の中で小さな音がする。

「ぴゅる?」

 その中から、人間が発することのできないような甲高い音がする。その音には不安と心配が詰まっている。それはキロヒにも分かった。

「ねえ、クルリ……」

 小さい声で呼びかけると、襟から暗いこげ茶の髪を持つ、小さな人形のような生き物が顔を出す。髪と言っても毛糸のような太さと質感。それがくるくると円を描くようにうねっていて、その両目の部分は小さなどんぐりで出来ている。

「クルリ……あれに入っても大丈夫?」

「ぴゅー……」

 自信のないキロヒの問いは、それ以上に自信のない返事により、何の進展も生まれなかった。クルリと呼ばれる小さな何かもまた、柱のことは分からないようだ。

 ただキロヒに分かっているのは、吸い込まれた子供たちも、彼女と同じようにクルリのような存在を連れていた、ということ。あの甲高い悲鳴は、クルリのお仲間だろう。

「うう……怖いよ、クルリ」

 こんなことなら、何も知らないままに吸い込まれればよかったと、ぎゅっとトランクの取っ手を握りしめる。

 ガンバレ私と、彼女が自分を奮い起こそうとした、その時。

 後方から、地面を蹴る音が聞こえた。誰かが走りながら角を曲がって近づいてくる音だ。

 思わず振り返ると、少年と少女があのイタチを追いかけていた。そのイタチが、すっと消える。この柱に連れてくる使命を終えたと言わんばかりに。

 キロヒがぼやぼやしている間に、後続の組が案内されてきたのだろう。

 女の子は印象的な灰色の肌。固い束のような肩くらいの黒髪を、ギラギラと銀色に反射させながら、吊り上げた同じ色の目と、闘争本能をむきだしの獣の表情で迫って来る。

 男の子は青銅色の肌にキツネ色の短い髪。黄玉の目は獲物を狙う狩人のようで、引き結ばれた口が意思の固さを感じさせる。

 獣の少女と狩人の少年。そんな強い圧の二人が迫ってくるのだ。キロヒは見事に硬直した。

「どけよ、ノロマブス!」

 黒髪の少女から、キロヒに向けて攻撃的な罵倒が吐き捨てられる。

 柱に到達するルートの真ん中を、キロヒがふさいでいるからだ。といってもやせっぽちの女の子一人。ちょっとよければ問題ないというのに、その少女はキロヒを追い払おうとした。

 罵倒の衝撃と二人の圧に耐え切れず、キロヒは動いていた──後方に。

 ふらふらと柱に向けて下がった彼女は。

「ぴゅりゅーっ」

 自分の襟の中のクルリの悲鳴と共に、柱に吸い込まれてしまった。



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