第5話 クレスト・パーティー(1)
クレスト・コーポレーションの広報部の一角に、クレスト・パーティー専用居室がある。
元々はパーティーの備品類の保管や探索関連書類作成、パーティーの打ち合わせ等を想定して与えられている部屋だった。
山田がいなくなって数日、その部屋は今、彼らの私物があちこちに転がる雑然とした部屋になっている。
「さーて、役立たずも追い出したし、そろそろ探索配信やるぞ!」
「いいね~いいね~。どこ行こうか~。」
「そりゃ上級ダンジョンだろ! ここんとこ新シリーズ装備の紹介とかで簡単な探索ばっかだったしな!」
「久しぶりの上級ダンジョン、たのしみ~。」
ソファーでだらける橋元健と峰岸麻衣が言い出す。
「配信告知って公式アカウントからしているんでしたっけ?」
「そうだよ~。」
「マイちゃんは公式アカウントで投稿できますか?」
「ぇ~。なんでマイが~。」
「うるせぇよ! マイはそういうの得意だろ!」
「もぉ~」
二人のやりとりを隣に聞いていた岩下彩音が面倒そうに言う。
「ダンジョン探索の申請はどうするんです?」
「申請か……おい、新人! 申請やっとけよ!」
「は、はいッス。」
「雑用係の仕事だからな!」
「じゃあ、松井さん、お願いしますね。」
部屋の隅にある事務机の椅子に所在なさげに座っていた真新しいスーツ姿の新人、松井祥子は急に振られた話に慌てて返事をする。
山田がいた時は非常に整理されていた事務机も、今は見る影もない。
「ぇーっと……ダンジョン探索の申請ってどうやるんでしょうか……?」
「あぁ!? 分かんねぇのかよ!!」
「はっ、はいッス。すいませんッス。」
「ギルドだよ、ギルド! あとは自分で調べてやれ! あの山田ですら出来んだから、簡単に出来んだろ!」
「は……はいッス……やってみます……ちなみに上級ダンジョンのどの階層までを何日ぐらいかけて探索する予定なんッスかね……?」
「あぁ!? そんなテキトーだよ! うまいこと書いとけ!」
「は……はいッス……」
困り顔のまま部屋を出ようとする新人に対し、横から岩田も声をかける。
「消耗品や備品の確認と準備も頼むぞ。」
「しょ、消耗品と備品ッスか……」
「あぁ。過去の探索報告に持ち込んだ消耗品とかの一覧があるはずだ。似たような目的地の報告を参考に準備してくれ。」
「は、はいッス。やってみます……」
過去の資料を調べに部屋を出る新人。
残るメンバーは雑談を続ける。
「リーダー、配信機材の操作は誰がするんです?」
「前衛はそんな余裕ねぇから、マイかアヤネだろ。」
「じゃぁ、マイやるやる~」
「そうですか。じゃあマイ、よろしくお願いしますね。」
「まかせて~。かわいいマイをいっぱい映す~」
「マイは配信機材の操作経験はあるのか?」
自信満々に胸を張るマイに少し心配そうな顔の岩田が確認する。
「ぇ~……固定カメラで配信したことはあるけど、ドローンの魔力操作はほとんどやったことない~。」
「大丈夫なのか?」
「まぁ平気じゃない~? Fランクの山田でも出来てたんでしょ?」
「まっ、今回は装備紹介じゃねぇからな。かっこいい俺様たちが写ればいいんだし、問題ねぇだろ!」
「そうか……」
「公式の探索配信のアナウンスしっちゃお~。明日でいいよね~?」
「おう! 善は急げってな!」
しばらくして新人が戻ってくる。
「ただいま戻りましたッス。リーダー、ちょっと確認よろしいッスか?」
「ぁん? なんだよ?」
「ぇーっと……消耗品類の数についてなんッスけど……」
「あぁ!? 消耗品がどうしたんだよ! はっきり言え!」
「はっ……はいッス……岩田さんに言われた通りに以前の探索報告書を調べましたッス。行先を上級ダンジョンの中ボス階層ぐらいと想定したッス。その場合、前回と量と同じぐらいの消耗品を持ち込もうとすると、私の”アイテムボックス”じゃ全然容量が足りないッス。」
新人の報告に残る4人が不思議そうな顔をする。
「はぁ? なんでだよ!? 山田はもっと深いところまで潜るときも一人で全部持ってただろうが!」
「わ……私は山田さんと面識がないので詳しくは分からないッスけど……」
「あぁ!?」
「ア……”アイテムボックス”は多少の個人差はあっても、せいぜい大きなバックパック1個ぐらいが普通ッス。それに収納した物の重さも使用者に常にかかるんで、質量的にもそんぐらいが限界ッス。」
「ぇ~。山田は~この部屋にいっぱいぐらいの消耗品とかをいつも持って行ってたよ~」
「そ、そんな……そんな容量がある”アイテムボックス”なんて、聞いたことないッスよ……」
「新人が知らないだけで何かやりようがあるのでは?」
どうせ自分には関係ないとばかりにあまり興味のなさそうなマイとアヤネ。
「そ……それは調べてみたら、なにかある可能性が無くはないッスけど……」
「あぁ!? じゃぁ調べて準備しろよ!」
「そ……そんなにすぐには調べられないッス!」
「ちっ……使えねぇな……じゃあ明日の探索は持てるだけでいい! 今日中に準備しておけよ!」
「は……はいッス」
イライラした様子のリーダーが部屋を出ていく。
マイとアヤネは二人でネイルをいじり始めている。
岩田は腕を組んで目を瞑っている。
過去の報告書で見た《《前回使った量》》の半分も消耗品を持てない不安に、新人は落ち着かない気持ちのまま準備を始めるのだった。