多分、ぜんぶ気のせいなんだろう
風呂を出て用意された部屋に行くと顕慈は疲れていたのか寝ていた。
仕方がないのでスマホを使おうとしたら電池切れしていた。カバンを見てみたけど携帯充電池は入ってない。今部屋で充電中だったことを思い出す。
充電ケーブルを借りようと鬼嗣の部屋目指して庭をショートカットして歩いていたら、話し声が聞こえた。鬼嗣の声だ。
池の横で鬼嗣が誰かと話している。
「越権行為? どこがだ? ちゃんと我に与えられた采配の中で動いているであろう?」
「そちらの件について言っているのではありません……私が言っているのは……門を閉ざ……」
覗くと誰かが鬼嗣の前に跪いている。
鬼嗣のお父さんだ。
なんで鬼嗣のお父さんが息子に対してそんな姿勢で話しているのか?
鬼嗣のお父さんが顔を上げ俺の方を真っ直ぐ見据えてくる。その瞳は不思議な色をもち光っているように見えた。
その視線に合わせて鬼嗣も振り返り俺を方を見る。
気のせいだろうか? 鬼嗣の目も赤く光っているように感じる。光の関係?
「完、どうかしたのか?」
俺の戸惑いをまったく気にしてないように、鬼嗣はいつもの笑顔を向けてくる。目は赤いままだけど。
オジサンはゆっくりと立ち上がり鬼嗣に一礼して、俺に何も言わずに去っていく。
これはどういう状況なのだろうか? 赤く光る目に魅入られたように目が離せない。
「スマホの電池か切れてしまったんだ。だから充電ケーブルを借りたくて」
ニコニコと笑いながら近づいてくる鬼嗣の雰囲気はあまりにもいつも通り。そして俺も普通に言葉を返している。
「いいよ。なら部屋に行くか。
ついでに二人でナインポートやろう!」
「いいね! 顕慈も起こして、いつものように三人でやる?」
俺はなんか自分の言葉に違和感を覚える。鬼嗣と顕慈と俺。あれ?誰かもう一人いなかっただろうか? 一緒に遊んでいたヤツ……。
「あいつを起こして遊んだとしても寝落ちされそうだ」
鬼嗣が俺の肩に手を回して笑いかけてくる。
「確かに。オンラインで集うか!」
鬼嗣が俺の頭を撫でる。違和感は薄れてきて楽しさの方が強まっていく。
俺は久しぶりの鬼嗣の家でのお泊まり、二人で一緒に真夜中まで遊べることにワクワクしてきた。
そして二人でナインポートを一戦してその後、ベッドで一緒に寝転びながら色々話を楽しんで夜を過ごした。
夜更かししても、お寺の朝は早い。
人の動く気配で六時には目が覚めてしまう。
お堂から響く読経らしき声を聞きながら、俺は鬼嗣に渡された箒で庭の掃除を手伝う
お寺のしきたりというのはよく分からないけど、朝食ってこんなふうに大人数で食べるものなのだろうか?
広い部屋で、何やら立派な掛け軸と刀剣を飾っている床間を背に、鬼嗣とお父さんとお母さんと俺が並んで座る。
その前に修行僧? と思われる人が左右それぞれ十人くらい並び向き合って座っている。
「ここに集いし我らの使命は、ただ一つ。人々にあるべく道へと導くことにある。
この使命は、天より与えられた重責であり、決して逃れることのできない宿命である。
我らは、修行を重ね、己を鍛え、清める。
その理由は明白だ。我らが立ち上がり、迷いし者たちを見守るためである。
世が乱れ、心が闇に沈む時、我らがその光となりそして戒めとなる。
我らこそが、混沌に光をもたらす者であるからだ。そして裁きを与える者。
ここに宣言する。この使命を果たすことを誓う。己の修行を怠らず、日々精進し、真理を示す。
我と共に、この聖なる務めを果たすべく、進み続けるのだ。
今日もまた、全力を尽くし、この場に集う者すべてが、使命を果たすために心を一つにせよ」
ここで朝食を頂くときになっていつもあれ? と思ってしまうことがある。何故かその瞬間になってからそのことを思いだす。
朝食の挨拶ってお寺ではこういう感じな物なのだろうか?
なぜその挨拶を、住職である鬼嗣のお父さんではなく、鬼嗣がしているのだろうか?
そしてもしかしてこの寺って実は古刹か何かで凄い場所なのだろうか? 少し街から離れた山の上にあるし。
鬼嗣に聞いたことあるが『歴史はあるかもしれないが、たいした場所でもない』とだけ答えられた。
何とも緊張する朝食を終えて、どういう立場なのか分からないお寺の人の運転する車で駅まで送ってもらい国分駅まで行った。
いつもの待ち合わせ場所地下街の巨大目玉の所で顕慈と真田が待っている。真田が俺を見て笑顔で手を振っている姿をみると朝まで感じていたモヤモヤも吹き飛んでいく。なんだいつもの通りな状況だ。
今は高二の夏休み。俺は今日という日を思う存分楽しむことにした。