おかしな家族とおかしな状況
依子さんの運転する車で俺は真実さんと共に九泉駅に向かっている。
顕慈の家族とは連絡が取れない状況もあり、警察から「一緒にいてあげてほしい」と電話で頼まれたのだ。
向かう車の中で、その中で俺は鬼嗣にも連絡を入れた。
依子さんも真実さんも俺の様子を気にしているのが分かる。
父親は色々面倒くさいからだろう。来なかった。
過去に妻を追い詰め自殺させた男としては、そういう現場には行き辛いと言うのもあったのだろう。
それにしても自殺の現場に、このメンバーで行くというのも変な状況である。
俺の今の家族は、妻と死別した父親が、連れ子のいる依子さんと再婚した。
世間にはそういう体で見せている。
実の話は、長年愛人だった依子さんが正妻の死後にスライドして本妻に収まっただけのこと。
真実さんは父親と依子さんの子供で、この家族の中では血のつながりでいると一番遠い俺の方が異物。
つまり、母の自殺の原因はこの二人。
自分と結婚していながら、他所で子供も作りその相手の女性との関係を続ける夫。
プライドの高い母親にとって耐え難いことだったろう。
それで喧嘩が絶えず、父親は嫉妬に狂う母親が面倒くさくて、余計に愛人である依子さんのところに逃げた。
絵に描いたような泥沼な不倫劇。
母がキレて父親と依子さんに、慰謝料を請求手続きを進めていたところの飛び降り自殺。
だからこそ当時は殺人ではないのかとか噂もされて大騒ぎになった。
俺を母親の方の親戚に渡せないのも、ここで俺を手放したら父が家族を蔑ろにして不倫に走っていたと思われたくないから。
家族も愛していたというポーズだからだと思う。体面は気にする人だから。
母親側の親戚も母を殺した男の血を引く俺を、引き取りたがらなかった事もある。
父親は人を愛するというより、愛されることを求めていた。それも、甘えられるのではなく、甘やかされるという形での愛。そんな父親と、同じく甘やかされたい母親が上手くいくはずもなかった。
一方、依子さんは一途に愛する人を想い、無心に尽くす人だった。
もし彼女が計算高く父に近づいていたのなら、俺も彼女に憎しみを抱き、それをぶつけていたかもしれない。
しかし、彼女はあまりにも無邪気で、盲目的な善良さを持っていた。
依子さんは、俺の母親の死に対して強い罪悪感を抱き、俺に対してもその気持ちで接している。そんな相手を責めることができるのか?
精神的に不安定だった母に、俺が余計な行動をとった結果、悲劇を招いた過去があるだけに、俺にはそんなことはできない。
今も運転しながらも車内の温度は大丈夫か? 何か音楽でもかけようかと気にかけてくる依子さん。
腿に真実さんの労わるように置かれた手。そこに逆に居心地の悪さを感じる。
「依子さん泉平坂駅の近くのコンビニ寄ってくれませんか? 友人の鬼嗣も一緒に来てくれるみたいなので」
コンビニで鬼嗣と合流して九泉駅に向かう。
駅の周りには母の時以上の緊急自動車が並び騒然としている。少し離れたところにある駐車場に車を駐め四人で指示のあった駅ビルの関係者入り口から中に入る。
顕慈は九泉駅舎の横にあるビルの会議室のようなところで保護されていた。
パイプ椅子に座り頭を抱えるように蹲っていた顕慈は、俺を見て走り抱きついきて俺は押し倒される。
そのまま俺に縋りつき子供のように叫びながら顕慈は声を出して泣き始める。その対応で俺はそこにいた警察官の人との挨拶もできない。
顕慈の家族とはまだ連絡がつけられてないらしい。
「顕慈君はお父さんは自衛官なので留守がちだと聞いています。両親は離婚しているので現在は父親と二人暮らしです」
鬼嗣は、まともな会話ができない顕慈の代わりに対応をしている。その姿は堂々としており、警察の人たちから現在の状況について詳細を聞き出している。
四番乗り場のホームドアの所で憂児は顕慈の前で飛び込みをしたらしい。
とはいえ顕慈は、電車とホームドアのおかげで最悪な光景までは見ていないという事だが、だからと言ってショックが少ないということはないだろう。
自殺の理由について聞かれたら、鬼嗣も俺もなんと答えるべきか分からない。
「正直言って、信じられないという感じです。
最近やりがいも感じ、楽しそうに過ごしている印象しかないので」
俺はそう答えるしかない。俺たちが来たことで少しずつ冷静さを取り戻してきた顕慈の言葉から出たのは、なんとも謎の多い状況だった。
憂児はその日も元気で楽しそうだったと言う。そして駅前のマックで二人で撮影の打ち合わせをして駅に向かった。その時も今度の動画がどれくらいの人が見てくれるかと楽しく二人で話していたらしい。
駅を憂児が撮影していたら、憂児は『あれ?』と言う感じの言葉を言ったらしい。
聞くと憂児は首を傾げた『なんでドア開いてるの?』
顕慈は言われて視線の先のホームドアを見てみたが、ホームドアは閉まったまま。
「何言ってんだ?」
聞いてみたが返事はなく憂児はカメラを持ったまままっすぐホームドアを見つめたまま歩き出したようだ。
その行動を不思議に思いつつ見ていたら、いつの間にかホームドアの向こうに憂児が立っていた。乗り越えたとか言う感覚は全くないと主張する。
「ホームのカメラの映像でホームドアは閉まっていたとは確認されている」
警察の言葉に顕慈は顔をあげる。
「その時、撮影していたからカメラがあります! それ見てくれたら言っている事が正しいと判断できると思います」
顕慈がそう訴えるが警察とその場に同席していた鉄道会社の人は困った顔を返しただけだった。
「なら、憂児が乗り越えたという映像もあったんですか?
憂児は右足が悪くよじ登るのも大変だと思うのですが」
俺も気になったので聞いてみる。
そう憂児は過去に交通事故に遭い、右足をいつも少し引きずっている。だからこそゲーム内で自由に動けるのが嬉しくていつも無駄に走り回ることをするのだ。
俺の質問には警察官は何も答えてくれなかった。
鬼嗣が大きくため息をつく。その音に警察官や駅員が気にかけるような視線を向けた。その視線を受けて鬼嗣はニコリと笑う。
「ドアの問題については、事故が発生した以上、ここでの議論は無益でしょう。俺たちが求めているのは、適切な解決策を講じていただくこと。それだけです」
その言葉で、部屋中にピリリとした緊張感が張り詰めた。高校生に過ぎない鬼嗣が、少し偉そうにも聞こえる発言をしたことで、警察官たちを怒らせてしまったのだろうか? それ以降、事故の話は部屋で一切されなくなってしまった。