普段かけてこないヤツからきた電話は碌なものはない
俺がもどかしい想いを抱え凹んでいようと日常生活も普通に進んでいく。
顕慈と憂児のYouTubeチャンネルは登録者数も500人が見えてきたとかで、二人ははしゃいでいるようだ。
何やら500人から憧れの収入が入るようになるとかで……。
夏で殺人的な暑さで外に出るのもはばかられる季節。
そこでオカルトネタのチャンネルはそれなりに需要もあったのだろう。
そして二人の俺達への態度から見えてくるのは、彼らのややこしいコンプレックス。
彼らは確かに俺や鬼嗣よりも成績が悪く、遊んでいても二人は子供っぽい言動が多く俺たちが咎めることも多い。
それが彼らには何か思う所があったようだ。
YouTube始めた事で、彼らに変な自信を付けさせた。
「観てくれた? 今回の動画結構よく出来てたとおもわね?」
無邪気に感想を求める憂児は、やたら俺達の評価を求めてくる。
「お前らは反対していたけど。俺らは世間が認め必要とされてんの!」
「所詮、高校という小さな世界で生きているお前らにはわかんねえかもしれないけど、俺たちは世界を見て生きている」
顕慈は上目線な言動が増えている。
チャンネルの内容はどうかと思うが、週二本の動画を企画し撮影し上げていることは凄いとは思う。
別にあれから俺達はもう彼らの行動に対してもう何も言ってないというのに……。
とは言え、沿線でどのくらいの人が飛び込みしたのか? その人たちの状況は? というのを殊更執拗に告げていく内容は見ていて気持ちの良いものでも無い。意外な事に死者は居らず皆現在入院中なようだ。
「次は最も飛び込みの多い九泉駅を、取材したいと思います」
そう言って六回目の動画は終わっていた。
食卓を囲みながら夫婦プラス娘の間で絵に描いたような一家団欒が繰り広げられている。
主に会話しているのは父。
依子さんは夫に相槌を打ちながら言葉を返すのみ。
時々話を振られるのは真実さん。
これが、我が家の日常。
父親は基本他人に興味無い、自分が好きなタイプ。
自分を肯定し愛し尽くす依子さんは父親にとって最高な伴侶だろう。
真実さんは父親に寄り添うことも煽てることもしない。
ただ無視はしないだけ。俺に対してとは違って冷淡な態度をとっている。
世間で言うところの臭いサムいギャグを言うとかいうタイプではなく、むしろ世間的にはシュッとしているし、カッコいいと言われる父親。
だが娘から見て色々思うところがあるのだろう。
でも父親なりには娘は可愛がっているようには見える。
俺はというと、父親とここ数年ほとんど会話らしいものをしていない。高校に入る時に書類の記載をお願いした時以来まともに会話というものをしてない気がする。
厭われている訳でないとは思う。
俺は彼にとって都合の悪い存在だから、あまり関わりたくないだけ。
だったら一緒に食事なんかしなくても良いのにと思うけど、排除する訳でもなく一緒に平和に暮らしている。
俺に悪意や害意がある訳でもなく、単に面白おかしく生きたいから。その中で俺はちょっと邪魔な存在。
不都合なことはスルーしているだけ。そういう子供みたいなヤツ。
あえて俺と向き合いぶつかり合う度胸もない。
祖父の会社にコネ入社しそれによってそれなりの地位についているという苦労知らずの所謂ボンボンだから。
小学校、中学、高校と私立の学校に行かせてもらっているし、衣食住に困ったこともない。というかむしろ恵まれた生活はさせてもらっている。
尊敬はとてもじゃないが出来ないが、生活をまともにさせてもらっていることについてだけは感謝している。むしろ変に父親面して絡んでこない方が助かる。
俺にとっては楽しくもなんともない食事を終えて部屋に戻ろうとしたら真実さんが声をかけてくる。
「ヒロシくん、何かあった」
「いや、何も」
二階に登る俺を真実さんが追いかけてくる。
「最近元気ないよね? 」
階段を一緒に登りながらはなしかけてくる。
「この殺人的な暑さの中。元気なヤツの方が少なくないですか?」
真実さんは何か言いたげな表情をするが彼女も笑みを作る。
それで会話を終わらせたつもりだが、真実さんはニカーという、擬音が付きそうな明るい笑顔を浮かべ口を開く。
「だったらさ、明日台湾フェス行かない? 美味しいモノおごるからさ!
パァーっとハジケて遊ぼ!」
この流れの『だったらさ』の意味が分からないし、なんで暑さにバテていると言った弟をそんなアッチッチな所に誘うのか……。
「え~暑いからいいよ。
それに明日は友達と約束があるから」
「わ~残念!友達に可愛い弟見せびらかそうと思ったのに!」
こわっ! ウッカリ行くと言ってたら女子大生に囲まれてオモチャにされていたのか。
「どこがカワイイ……生意気の間違えではないですが?」
真実さんは首を傾ける。
「え? カワイイじゃん! 顔も性格も! しかも、私と違って頭良いし」
俺は進学校に通っているが、特別頭が良い訳では無い。特進クラスではないし、学年で上の下位の頭。
真実さんが俺の頭を撫でてくる。
「私の自慢の愛しい弟なの! アンタは!」
真実さんは本当に日本人なのか?と言うくらい、人に[好きだ!][愛してる]と言った言葉を使ってくる。
俺はそんな言葉に、なんとも擽ったいような居心地悪いような、ヒリヒリとザラついたような気持ちになりモヤモヤする。
優しい笑顔の真実さんの表情を見ながら、俺はかつて見た泣きじゃくる真実さんの姿を思い出していた。
初めて真実さんと会った時の事。
喪に服してくれているのか、黒い服を着て俺のところにきて、深々と頭を下げてきた。
「謝っても許される事だなんて思わない。
でも私達の所為でこんな事になってゴメンなさい」
真実さんは、俺に謝ってきた。
「貴方は一番関係ないよね? 謝られても困る」
悲痛な顔で俺に謝る真実さんにあの時どう返せば良かったのだろう? もっと彼女が気にしなくて良い言い方もあったのにとは思う。
母親を亡くし混乱していた感情でそう返すのが精一杯だった。
家族として過ごすようになり、真実さんは必死に俺の良き姉を演じている。
放っておいてくれた方が良いのに……真実さんは父親と依子さんには冷淡で、俺に寄り添おうとする。
そうする事が彼女の使命と言わんばかりに。
そんな時に、俺のポケットのスマホが震える。
電話が来たみたいだ。画面を見ると顕慈から。
最近LINEでしかやり取りしていなかっただけに珍しい。
真実さんに背を向けて電話をとる。
『完、どうしよう! どうしよう! 俺……俺っ どうしたらいい?』
興奮したような顕慈の叫び声が響き、俺は思わずスマホを耳から離す。
「おちつけ! 顕慈どうしたんだ?」
顕慈の声が大きすぎて、真実さんにも聞こえたのだろう。真美さんは部屋に入らずにこちらを気にしている。
『憂児が! 憂児がぁぁぁあ!』
「憂児? 憂児がどうしたんだ?」
俺が聞くが、顕慈は黙り込む。
「顕慈? 憂児がどうしたんだ?」
再度質問を繰り返す。
『……………………………………………………………………………………………………………死んだ』
「……………………………え?」
こういう時、まともな言葉って返せない。
身体の力が抜けるのを感じる。倒れそうになるのを壁に手をつき耐えた。胸が痛い。
『なんでだよ! 訳わかんないよ!どうすれば良い? ねぇ、教えてよ! 俺どうしたらいい? ねぇっ、ねぇえ!』
コチラの反応など気にする余裕もなく叫び続ける顕慈の声が響き続けるスマホを手に、俺は痛む胸をおさえ身体を震わせているしかなかった。何か暖かいものが俺を包む。
真実さんは震えるしかない俺を優しく抱きしめてくれた。