何か見てはならないものを見た気がした
人がホームから飛び込もうが、熱中症で多くの人が倒れようが、世界は続いていく。
高校の友達や中学校の友達の間で、真田が電車事故で入院したという噂がたち、そこから飛び込みをしたのも彼なのではという流れで広がっていでている。
真田は意識不明なまま。お見舞いも全て断られている。
一応友達の俺だけど、興味本位で見舞いに来たとくるヤツもいるみたいで、見舞いは全面的に禁止にされてしまった。
「なんか納得いかない」
俺は夏期講習の帰り九泉駅のホームで柵を見つめながらそう呟いてしまう。
あんな事があったというのにホームの様子は変わらない。
ホームには人が多く、事故前と同じような混雑と賑わいを見せている。
重力を持ったような暑さに、肌から絶え間なくダラダラ流れる汗がウザくてタオルで拭く。ハンカチなんかじゃ足りない汗をかくので、最近はタオルを持ち歩いている。
「何が?」
隣でペットボトルでお茶を飲んでいた鬼嗣が俺の方を見てから、その視線を線路側に向けて顔をしかめる。
俺も鬼嗣の視線に釣られてホームドアの方を見てアレ? と思う。
「…………真田の事。
アイツが、柵を乗り越えてというところからおかしくない?」
俺はホームドアの方を見たまま答える。
慎重で真面目で無茶など絶対しない性格の真田が、ホームドアを乗り越えてなんて事をする事から違和感がある。
俺が自殺を考えたとしても、わざわざそんな行動をするのだろうか?
衝動的にフラリと死にたくなったとしても、それなりに頑丈でまあまあ高さのあるホームドアがあると思い留まりそうだ。
そもそも乗り越えるという発想も湧かないと思う。その段階で我にかえる。
アクション映画のようにスマートに乗り越えることは難しいだろうし、乗り越えようとした段階で結構目立つからその前に止められそうだ。
以前ホームドアにもたれていただけで注意された人もいた。
更に言うと真田は小柄で身長が百六十ちょっとしかないし、運動神経はハッキリ言ってしまうと悪い。
そんな彼が誰にも止められずすんなりと柵を越えられるとはとても思わない。
でも……だったら?
俺はホームドアの向こうにある線路をジッと見つめる。
ザワザワとした声が俺にまとわりついてくるようで気持ち悪い。
《ヨ……ゥ……コ……ソ……ァ……ナ……タ……ヲ……》
ザワザワとした周囲の音に交わらないのに不明瞭な声が俺の耳に囁くように響く。
唐突に鬼嗣が俺の手を握ってくる。
「ん? 鬼嗣? それに何か言った?」
俺の手をひいて強引に一車両離れたホームドアの前へと引きずられる。
「こっちから乗るぞ!」
階段から近い場所にある、俺たちがさっきまでいた場所を見つめながら鬼嗣は真剣な表情。
鬼嗣がらしくなく鋭い口調でそんな事言ってきた。
「わかった。
……もしかして、何か見えた?」
鬼嗣は寺の子の為か少し霊感がある。
幼稚園の時それで皆に気持ち悪がられたこともあり、 俺以外の人間に見たものをいう事はしないが、俺には見えない何かが見えている。
「完! 絶対だぞ! この駅で四番乗り場、あそこだけは使うな。
見るな。誘われるな」
鬼嗣の口調が怒りを帯びているかのように強めで、俺の手を握る手が強く痛い。
男同士で手を繋いでいるのは人から見たらオカシイと思うが、俺は鬼嗣の手を強く握り返した。彼が感じている何だかの怒りをおさめてあげたくて。
俺より背が高く体格がよい、その大きな手とその温もりは、俺には心地くも感じた。
「約束する。あそこは使わない。そして、見ない。大丈夫」
俺は鬼嗣にそういう言葉を返す。鬼嗣は薄い茶色の目を細め笑ってくれた。
「それで良い! 本当にお前は素直で愛い奴だ」
こういうゴッコ遊びが出てきたなら、鬼嗣も大丈夫だろう。
鬼嗣にも何か見えたと言うことは、この駅にはやはり何かあるのだろう。
だんだんネットでのオカルト的なオカシナ噂話もチラホラ聞こえてくる。
あの駅は、十日に一回というペースで人身事故が起こってきているから、そういう風に話されるのも仕方がないかもしれない。
しかも飛び込みが起きているのは四番ホームが多いようだ。
ニュースでは乗り越えて飛び込んだとある。
だが真田の時にしても、その以前におきた飛び込みの時にしても、ホームドアを乗り越えた瞬間を見たという目撃証言がまったく出てこない。
逆に一つだけホームドアが開いていたという証言もチラホラ見掛ける。
以前あの駅のあった辺りに、鬼を殺して埋めたという伝説があるとかまで言う人が出てくる始末。
プライバシーの問題なのか、学校は[命を大切に][君は一人じゃない]といった言葉を繰り返すだけで、詳しいことは何も公表しない。マスコミはもう九泉駅での飛び込みなんて興味はなく、猫カフェが出来たとか、芸能人が結婚したとか、別の能天気な新しいニュースを量産していくだけ。
ネットではもう少し詳しい話が漏れているのではと思ったが、憶測や想像だけの言葉ばかりで本当のことは何も分からず。
俺にできることは何もなかった。やったことと言えば鬼嗣との約束を守って、どのホームの四番乗り場も見ないようにして九泉駅を利用するという生活を続けることだけ。