嗤う鬼
「珍しい。お相手をなさるなんて」
側近の男は遠さがっていく真実の背中を見つめながらそう声を出す。
「ま、あの女子は見知らぬ相手でもないし、ここまで怒鳴り込んでくるくらいの気概もある。可愛いではないか」
鬼嗣はそう答えるが、優しさなどではなく煽って遊んだだけなのだろうと男は解釈する。
人の悪い笑みがそれを証明している。
浮世離れした性善説を説きそれを本気で信じている神は、人間という生物の複雑な精神を理解していない。
だからこそ救済に加え、更生という余計な使命と与えられている天部らが苦労は絶えないのだろう。
下手に更生の道を与えて天国へ向かわせる努力をするよりも、愚かな魂をさっさとと下獄させ、天部が担当する魂の数を減らす方が効率的で良いのでは? といつも鬼嗣は思っている。その方が救うべく魂を救いやすい環境になる。
更生と救済の同時進行なんて無茶をするから、完のようにここでの環境での救済が難しい魂が出てくる。
中途半端な形で移天を促すのも、手が足りてないから。
魂を天に丸投げするのは、天の方で浄化を代行させたいため。
薄い患いならば天国の門を潜ることで浄化はできる。しかしその門をくぐれず戻ってくるということは、患いが淡いレベルではないのだろう。
完は元来、純粋で善良で真面目な人間だから普通に生きて死んでいたのならまっすぐ昇天もできただろう。
それが幼い時から醜く爛れた大人たちに傷つけられ、強い絶望の感情を帯びながら死んだことで、魂は鬼嗣がワクワクするほど面白い輝きを帯びてこの地にやってきた。
この度の移天認定は、真実の真摯な上告を受けての特別処置の結果だったのだろう。
しかし彼方で完レベルの患いをもつ魂を浄化するとなると、それは漂白剤で衣類の汚れを無理矢理おとすように、強制的に魂の悲しみや怒りといった感情を削げ落とすものとなる。
そうなると、なんとも言えない哀と濃く深い憤りを秘めたあの独自の美しさを持つ魂の輝きが台無しになる。それは勿体無い。
もう少しあの魂を愛でていたいのと、本当の意味で神が言うところの浄化がこの地でなされたとしたら、あの輝きがどう変化するのかもこの目で見てみたいから。
真実という天部にもこれからも頑張ってもらい、完の魂により面白い色を与えるように磨いてもらう。
そのために態と煽り焚き付けた。
彼女の愛は完の魂に歓びと戸惑いと苛立ちを程よく加えてくれるから。
「鬼嗣様、儀式の準備は整っております」
部下が入り口まで呼びにきた。
久しぶりに下獄の判決を受けた魂がコチラに送られてきている。
鬼嗣はニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。手を振るとそこには赤黒く輝く日本刀が現れる。
「さて仕事をするか。
腕がなるのう。
今回の魂はどんな色をしているのか、そしてどんな良い声で啼くのかな?」
二人の部下を従え鬼嗣はゆっくりとした足取りで本堂に向かう道を進んでいった。
あとがきという名前の、この物語世界の解説が次にあります。
ご興味のある方はどうぞ。