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開いているドアは見過ごしなさい  作者: 白い黒猫
魂のトランジット
10/12

怒りの天部

 真実(マミ)はハイヒールを踏み鳴らしながら山の上にあるお寺を目指し登る。

 山門まで到着し、奥を睨みつけた。


「この腹黒若造りの鬼畜野郎! 出てきなさい!」


 山門の前で仁王立ちになり真実は叫んだ!


「これは佐藤真実(マミ)殿、お久しぶりです。相変わらずお美しい」


 いつの間にか現れた鬼嗣(ケンジ)の側近を務める男がゆっくりと腰をおり頭を下げた。

 その慇懃な態度は馬鹿にされておるようにしか見えない。

 地位から言うとこの相手の方が遥かに上だから。


「何がお久しぶりよ! 

 ……一昨日もあいましたよね!

 仮にも貴方は、あの方の父親の役をされているのなら、なぜ諌め暴挙を止めなかったのですか?」

 男は苦笑し顔を横に振る。


「暴挙とは、随分な言葉を言ってくれるな」


 側近の男が、口を開こうとしたらそんな声が響く。


鬼嗣(タカシ)様……。こんな時に。

 貴方様が、態々お相手されなくても」


 赤い髪と瞳を持つ鬼嗣はゆっくり歩きながら真実に近づいてきた。

 いつもの高校生らしい格好ではなく今は皇位な僧侶が着るような法衣を着ている。

 黒い光沢とハリのある生地。細やかな赤い刺繍が施されいることで炎を纏っているようにも見える。


 その格好で今日はどういう日だったのか察し、真実は少し青褪める。

 しかしこうして顔を合わせてしまったからには、要件は告ず逃げるわけもいかない。


「なぜ、(ヒロシ)の天門を閉ざしたのですか!

 貴方が完を、気に入っておられるのは察しておりました。

 しかし私情を挟み、手元に置くためにこんな鬼畜な事までをされるなんて」


 鬼嗣は赤い目を細め、真実を見据える。


「鬼畜ね……鬼と言われるのは仕方がないとして、畜生まで付けられるのは心外だな」


 真実は鬼畜といった相手が、本当に()であることを思い出す。


「幼気な少年に非道な事しておいて?」


「非道ね……どちらかな?

 最近どの部署も仕事のやりようが緩いから、俺達が態々調整してやっただけだろ?」


 真実は鬼嗣を睨みつける。


「好き勝手やっておいて? 」


 鬼嗣は警察や鉄道職員に圧をかけ、今回のことを強引に解決させた。

 馬鹿にされたことで、敬う気持ちも吹っ飛ぶ。敬語なんて使ってられない。


「実際そうであろう?

 そもそも哀れなる魂の救済が、この地の役割であった筈。

 それなのに咎人に贖罪の機会を与えるのに、何故魂に傷を持つ哀れなる者を利用するのか?」


 真実は痛い所を突かれ黙り込む。

 そう完はあのクズ親の贖罪の機会を与える為に利用されている。

 完は自己中心的な両親の下、苦痛の中を生きていた。

 泥沼な不倫騒動の末、母親は凶行に走り夫と不倫相手を殺害。その際母親を止めようとして負った傷で完は()()()()()

 息子までも傷つけた事がショックで、母親が身投げするのを目の当たりにしながら、絶望の中で死んでいった魂。

 自己中心的で情状酌量の余地のない形で三人の人間を殺めた母親は問答無用で地獄へと送られたが、父親と浮気相手はこの場所で猶予を与えられた。己の恥ずべき行動を悔い改られるかどうか?


 その罪を形として示し彼らに見せ付けために真実は二人の娘としての役割をここで演じている。

 その試練に何故、完までが付き合わされないといけないのか?

 ここは本来、不条理な死を迎えた人が、魂の傷を癒し、あの世に晴れやかな気持ちで旅立てるようにするための救済の場所だというのに。

 同時に己の罪深い所と向き合い贖罪の場を与える場でもあるのも確か。

 しかしその為に最も救済せねばらない魂をここで再び苦しめてしまう状況は、如何なものかと真実も思う。


「まぁ、判官どもが定め、与えてきた職務を遂行するしかない。

 従うしかない苦しい立場はお互い様だ。

 だから責める気はない。

 しかもお主はそんな状況の中、あえて姉として、寄り添い慈しみ愛することであの子の魂を救おうとしている。

 さすが慈悲深い。天部となっただけある」


 褒められているようだが、嫌味を言われているようにしか聞こえず、真実は余計に苛立つ。


「あの子に少なからず気をかけている貴方が何故あんなことを?」


 鬼は人間とも天部達ともら異なる思考で動く。だから一見仲良く完と接する鬼嗣の意図が真実には分からない。

 鬼にも人間らしい感情があり、人間とも友情を育めるものなのかもしれないと思い始めていた所の今回の所業。


 鬼嗣は完に開かれた、天国への門を封じて見えないようにしてしまったのだ。

 完に用意された筈の清らかで美しい世界での穏やかな日々が与えられる道を。

 鬼嗣は冷淡な笑みを浮かべ、真実の愚かさを楽しむように見つめた。


「お前は、今の状態で(アレ)が彼方に行ったとしても、本当に完が幸せになれると思うのか?

 まだアレの中にまだ深く強く残っている悔悟の念や怒りといった(うれ)いは、天国において邪魔になる。

 あそこは清らかすぎる場所だからな。そういう負の感情は求められない」

 恵まれ幸せな人生と穏やかな死を迎えた真実には、気付けなかった現実をつきつけられ目を瞠る。


「伊藤憂児(ユウジ)の件も力技で移天させたみたいだな。

 真田という少年も、天部の暴走で、あのような事になった。

 違うのか?

 ただ放り込めば良い下獄と違って、移天は繊細な配慮が必要となる作業だと言うのに。

 最近、移天が尽く失敗しているから、無駄に自殺騒動を引き起こし世界をざわめかしている。

  それによってこの世界の魂に患いを与えているとは……嘆かわしい事態やのう」


 鬼嗣は目を細めて真実を見下ろす。

 本来、移天したらこの世界でのその人物の存在は自動的に消去され何事もなかったように世界は進む。

 しかし移天の際にアクシデントが起こり中途半端な形で世界に存在感を残す。それが自殺騒動となってしまっているのは事実。


 現世で大型災害が起こりこの地の人口が増加した事で、移天認定が下される基準が低くなった。

 それで門を通った魂が天国に入国する際に天国の基準には満たさないとエラーを起こし戻される。

 移天の手続きに根本的な問題が起きているのは否めない。

 真実は不甲斐なさからくる悔しさに拳を握る。


「俺の封術など、聖天により(まこと)に昇天の(しるし)を得た者には無意味だ。

 安易に開かれた門をくぐる事によって、不要に魂に傷がつくのは、お主も望んでいる事ではないだろう?

 お主が完のことを想うのなら、あの愚かなる者らの査定をさっさと済ませてコチラにあのゴミ魂を渡せ。

 そうしたら完も穏やかな生活ができ、真に天に旅立てる日も来るだろうに」


 猫化の動物が獲物をいたぶる前のよう()に鬼嗣は目を細めて嗤った。

 何も言い返せず真実は引き下がるしか無い。

 真実としても、完の心を乱す父親を引き離したいとは思っている。

 しかし明確な罪を犯した訳では無い人間の査定は難しい。

 単に愚かで嫌な人間というだけでは下獄の決定を下せない。

 贖罪により魂を浄化させる事がこの場所の最大の目的だから。前提がそもそも救済なのだ。

【どうしようもなく救いがない魂】と認められなければ下獄の決定がなされない。

 なまじ依子の方が後悔の念を抱き始め完へ贖罪の行動を始めようとしているのが不味かった。

 依子の影響で完の父親の心境に変化が出てくるの可能性があるとされ、経過観察すべきという指示がされてしまっている。

 しかし真実は思う。あの男は反省など一切する人間ではない。行動に悪気が全くなく、彼としては自然体に生きているだけだから。

 それに罪を気付かせろなんてどれ程無茶を要求しているの上は分かっていない。

 無意識で無邪気な悪を神らは理解出来ないから。

 鬼の方が人間の特異性を理解していると、鬼嗣との会話で感じたのはなんて皮肉な状況なのか。

 真実は苦笑する。


 真実は大きく深呼吸をして気持ちを入れ替える。

 幼気な完の為に、姉の立場で完を家から離し、依子を更生の道に促した後あの男を堕とす。そうするしかない。


 真実は気合を新たに街へと戻っていった。


次話で完結です。

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