芸術のためなら悪魔にもなれる少女の末路
小雨が降る中、路地裏の灯りが微かに光る中、少女は地面に何かを描いていた。古びた街の雰囲気が漂う中、少女の心は何かを求めているようだった。
傷だらけの手の先には小さな小石があり、地面を削る音が路地裏から鳴り響く。その音はまるで何かがすすり泣く声のようにも聞こえ、ボロボロの服の少女を体現した音だった。
「またそこで絵を描いているのかい。ここは子供の遊び場所じゃないよ!」
エプロンを着た女性が箒で少女を叩いた。少女は立ち上がり少し頭を下げて立ち去った。少女の描いた絵は小雨と箒によってかき消され、薄く残った削れた跡だけが残った。
「腹の足しにもならない絵を描いて、あの子は何がしたいんだろうね」
エプロンを着た女性はため息を吐くと、家の中に入った。
少女は何かから逃げていくように走っていた。エプロンを着た女性では無く、もっと恐ろしい何かから逃げているようだった。
それに追いつかれれば、少女は二度と絵が描けなくなると思っていたのだろう。握っていた小石を大事に持って走っていると、目の前に三人の少年が現れた。
「何か持ってるぜ?」
「奪っちまおうぜ」
そう話し合う少年たち。少女は瞬時に何をされるか悟った。そして反対方向に逃げようとすると、いつの間にか少年に囲まれていた。
「逃げるなって。その持ってる物を渡せよ」
少女は首を横に振ったが、少年は無理やり小石を取ろうと腕を握った。何度も叩かれ、最後には倒されて手足を抑え込まれ、小石を奪われた。
「なんだよ。小さい石じゃねえか。こんなのいらねえ」
少年は小石を遠くに投げた。少女は重くのしかかられたまま小石が遠くに飛ばされる光景を眺めるしかなかった。
「かえ……して」
のしかかられた状態で声を出したが、その声は弱弱しいものだった。しかし少年たちには聞こえたようだった。少年たちはその声に笑い、そしてさらに強く少女を抑え込んだ。
「何か言ったぞ」
「おもしれー。お、そろそろ泣くかもな」
次の瞬間、人の腕から鳴ってはならない音が響いた。まるで木材を折った音で、その音は少し離れた大人にも聞こえるほどの大きさだった。
「おまえ……ちょっとやりすぎだって」
「いや、まさか折れるって思わなくて」
少女はあまりの痛みに声が出なかった。息を吸うことすらできなかった。次第に意識は遠くなり、その場で倒れこんだ。
少女はただ、絵を描きたかっただけだった。
☆
少女が目覚めると、腕には包帯が巻かれてあり、布団が体を包んでいた。久しぶりの天井に少女は何があったのか理解できなかった。
「目覚めたら天井という状況はあらゆる物事を説明する際にとても便利なものです。気を失っていたという状況を一発で説明ができますからね」
少女の声が真横から聞こえた。首だけ動かすと、そこには水色の短髪で赤い目をした少女が椅子に座っていた。
肌は白く、健康的とは真逆の雰囲気を醸し出している少女は、カップを持って近づいてきた。
「起き上がれますね。暖かいスープでも飲んでください」
少女は言われるがままに起き上がり、そしてスープを受け取ろうと腕を上げた。しかし挙げた腕には包帯が巻かれてあり、スープを受け取ることができないと思った。
「人は二本腕があります。そちらで掴めば良いでしょう」
少女はもう一つの腕を挙げてスープを受け取り、そして飲んだ。暖かいスープが喉を通り、体全体を暖かくしていく感じが心地よい。そしてスープから漂う香りが鼻から通り抜けていった。
「貴女をいじめていた少年たちは全員兵士に捕まりました。たまにワタチの家にいたずらしてきたので、やっとかと思っています」
「いし!」
少女は少年と言う単語を聞いて、すぐに握っていた石を思い出した。
「石? なんのことですか?」
「絵、石、無いと、描けない」
水色髪の少女は少し考えた後、人差し指を少しだけ噛み、一滴の血を地面に垂らした。その行動に怪我をした少女は驚きつつも、血の動きに興味を持った。
血はやがて紫色の光を出した。花をすり潰しても出てこないような色に、さらに興味が沸き、痛みを忘れ光りに近づいた。
『ギャギャ!』
「きゃあ!」
突然紫色の光から巨大な目玉が飛び出てきた。水色髪の少女の顔一つくらいある大きな目玉には翼が生えていた。
「この子の探している石を見つけてきてください。代償は先ほどの血で十分でしょう?」
『タリナイ』
「なら帰りますか?」
『……ワカッタ』
元気の声を出し、そのまま地面に再度潜った。穴を掘ったわけでもなく、そこには元通りの木の床が残っていて、垂らした血は綺麗に消えていた。
「先ほどの悪魔を見ても薄い反応ですね。今のを見て恐怖を感じてもらった方がこちらとしては都合が良いのですけどね」
「つごうがいい?」
「誰にも言わないってことです。貴女がこうして普通に会話をしていると、誰にでも言いそうな気がします」
「いわない。いう人、いない」
「そうですか。それは都合が良いです」
そして数分が経過すると目玉の悪魔が再度戻ってきた。頭には少女が持っていた小石を乗せていた。
「いし!」
「本当にただの石ですね。これで何を……」
水色髪の少女は考えている間に怪我をした少女は目玉の悪魔にお礼を言っていた。
「ありがと、めだまさん」
『オマエノカ』
「うん。お礼したい」
『ダイショウ、ソウカ、ナニヲクレル?』
そのやり取りに水色髪の少女は考えることをやめて、すぐに忠告した。
「それ以上は話さないでください。何を要求されても黙ってください。さもないと!」
だが、水色髪の少女の声は届かなかった。すでに怪我をした少女は目玉の悪魔に全てを話していた。
ー絵が描ければなんでも良い。これからの私の時間を全てアナタに捧げても構わないー
次の瞬間、目玉の悪魔は怪我をした少女に飛びついた。そして怪我をした少女は驚き声を出したが、痛みは無かった。やがて腕の痛みも消え、かすんで見えていた目も良くなった。
「何、これ」
少女は立った。いつもは空腹も混ざってすんなり立つことすらできなかった今までと違い、数年振りにすんなり立つことができた。
包帯を巻いていた腕は綺麗に治っていた。欠けていた爪も綺麗になっていて、傷だらけだった肌も綺麗になっていた。
何もかもが綺麗になっていた。
「悪魔と同化ですか。さすがにワタチの研究範囲外です。そこの鏡を見てください」
「鏡?」
少女は鏡を見ると、そこには赤い目をした桃色の少女が立っていた。服は見覚えのあるものだが、それ以外は全く知らない人だ。
「え、これがアタチ? え、あた、アタチ、アタチ……え?」
少女は自分自身を指す言葉を使おうとしても、何故か体が勝手に別の言葉を言ってしまう。まるで横道に逸れた感じだった。
「悪魔というのは変な生き物です。自分を自分だと理解するのを自分が勝手に拒否しているそうで、一人称が不安定になります」
「そう、なんだ。でも、この体なら、たくさん絵が描ける」
「でしょうね。今の貴女は悪魔によって欲望が前面に出ている状態。初動だけはワタチでも押さえつけることができません。はてさて、どうしたものか」
水色髪の少女がため息を吐きながら窓を開けた。
「人の血で夕陽を描きたいのでしたら、良い材料なら貴女も知っているでしょう。ですが、ワタチはそこだけ目を瞑ります。それ以降はワタチのところで働いてください。さすがに貴女を野放しにしたら、人口が減ってしまいます」
「夕陽……赤色……」
ぼそっと桃色髪の少女はつぶやいた。
そして桃色髪の少女は窓から飛び出した。
☆
魔術に頼らない国家と呼ばれた国。その中央の広場は城下町の人が待ち合わせ場所として使われている。
中央には大きな噴水。そして巨大な夕陽が描かれた石板が置かれていた。赤い染料が使われた夕陽の石板は年々色が変わりつつも、その色は一部の芸術家からは高評価を得ている。
大荷物を持った桃色髪の少女が石板の前に立ち、しばらく眺めていると、近くを散歩していた老婆が話しかけてきた。
「旅の者かい?」
「ああ、百二十年以来にここへ来たよ」
「面白い冗談を言うお嬢さんだ」
老婆から見て少女はまだ十代に見えたのだろう。しかし桃色髪の少女は見た目に反して年齢はすでに百を超えていた。
「この石板は百年以上前に描かれたとされているものだ。かつてここに来た者が高原から見た夕陽に感動して描いたと言われているよ」
「そうなんだ。その話は何か書物に残っているのかい?」
「いんや、口々に伝えられたモノさ。本当かどうかは作者だけが知る。それもまた良いものだろう」
「そうだな。もしかしたらこの赤色は花では無く動物から取った……なんてものだったら取り壊されているかい?」
「そうだね。愛された石板が、不気味な物だったら、何も信じられなくなるね」
そう言い残し老婆は去った。
桃色髪の少女は再度石板を眺めた。かつてこれを描いた時の記憶はうっすらと覚えていた。ただ欲望のままに描いた際に、一瞬だけ響いた声が頭を過った。しかしすでにその声の主は生きていない。
「いや、この絵はアタチの最初の一歩であり、彼らが生きた証拠だ。とても良いことでは無いか。生きた者が歴史に名を遺すなんて偉業は一握り。名こそ残らないにせよ、こうして一国の城下町のモニュメントになれたのなら、彼らは無意味な人生では無かったということさ。感謝してほしいな」
了
お久しぶりですー
ということで久しぶりに短編を書きましたー
物語全体としてはハッピーエンドとは言い難いものですが、少なくとも少女はハッピーだったかなーって感じの『すっごいモヤモヤする終わり方の物語』が書きたくなったので、書きましたー!
普段はもっとわちゃわちゃしてる物語を書いているのですが、たまには良いですよね?
ではまた次の物語か、活動報告などで会いましょー