とある忠臣の回想録3『弟君の遺言。──そして』
ですが、ただ黙っていた私ではありませんよ。
それまでにも、密かに王国内でラームニード様の味方を増やす為に、密かに動いていたのです。
ラームニード様が虐げられる現状をおかしいと思わないのか。
幾ら母親である王妃陛下とはいえ、流石に度が過ぎている。
ピーリカの祝福を継ぐかもしれない王子を無碍にするという事を、本当に理解しているのか。
そんな事を、信頼出来る人間に細々と訴えたのです。
王国内をへレーニャ様と宰相一派が牛耳っている以上、いつ謀反を疑われてもおかしくない状況でした。
なので、本当に少しずつ、ゆっくりと確実に、です。
ラームニード様を庇って閑職に追いやられた者や、元よりへレーニャ様達のラームニード様への扱いに疑問を抱いていた者も勿論居ましたから。
彼らを味方に付けるのは、そう難しい事ではありませんでした。
レジス・ロンドルフと話をしたのも、その頃でしたねぇ。
その頃のロンドルフ家は大きく二分化されていました。ラオニスを心酔しその意に従う者と、そうでなく純粋に公爵家を想う人々でした。
レジスは、そのそうではない人々の筆頭です。……まあ、彼らはそれと同時に公爵家にしか興味が無いので、ラームニード様の現状にもあまり興味は抱いてなかったんですけどね。
このままでは、もしラームニード様が王となられた時にロンドルフ公爵家が王を害した逆賊として扱われ、廃領されてもおかしくないと言ったら、漸くラオニスの危うさを理解したようでした。
……ご存知の通り、あの人達はほんっとうに自領の発展にしか興味無いんですよ。仕事は出来る筈なのに、どこか抜けているんです。本当に困ったものです。
レジスもラオニスの動きを不審には思っていたようです。
ラオニスの身辺を改めて探ってもらう事にしました。
多分ラオニスに何もなく、廃領になる心配が無いと判断されていたら、そのままラームニード様の事は捨て置かれていたでしょうね。……だから、本当に公爵領にしか興味がないんですよ、あの人は。
また、ラームニード様の御身を任せたアーカルドとは、時折手紙のやり取りをしていました。
……ラームニード様は素直に手紙を出せるような方ではないですからね。
アーカルドも中々頑張っていたようですよ。
ラームニード様を敵の害意から護りつつ、護衛だというのに身の周りのお世話もしつつ、へレーニャ様に疑問を抱いている人間を見極めていたのですから。
……騎士団に関係する味方──後に騎士団長となるグレイオスやノイスを味方に付けたのは彼の働きですよ。
密かに彼らを味方に引き込んだ事で、王子付きとまでは扱えなくとも、ラームニード様の身に危険が迫る事を少し減らす事が出来ました。
少し、だったのは仕方ありません。それよりも敵の数が遥かに多かったのですから。
まあ、そんなこんなで私は聖国で外交官としての仕事をこなしながら、王国側の動向を探っておりました。
そんな折に、レジスから一つの情報が齎されました。
──トロンジット様はニルレド様の御子ではない。ラオニス・ロンドルフとの間に生まれた不義の子であるという情報を得たと。
まさか、と思いました。
ですが、思い当たる事もあったのです。
ラオニスはニルレド様の従兄弟に当たる人物でした。
ニルレド様と同じ赤い瞳を持っています。──思い返してみると……トロンジット様とよく似た目をしていたのです。
へレーニャ様の離宮は確かにご実家である侯爵領に建てられていました。あのへレーニャ様が「この景色が好きだから、ここでなければいけない」と我が儘を言ったのです。
けれど、それは──王都からロンドルフ公爵領へと向かうならば、必ず通らねばならない場所でもありました。
自身のお付きと離宮の者さえ口を噤んでしまえば、ラオニスはただ自領である公爵領に帰っただけです。
……その通り道で、誰と何をしているかだなんて、知る由もなかったのです。
それと同時に、ラームニード様を暗殺しようとする動きが見られている事も知りました。継承の儀が……次代の王が定まる、ほんの直前です。
私は急いで聖国を後にし、王国へと戻りました。
───その直後です。トロンジット様がラームニード様に毒を盛ったのは。
それから、あれよあれよという内に、へレーニャ様……いいえ、もう敬称を付ける必要はありませんね。
へレーニャとラオニスの罪が明らかにされ、処刑が決まりました。彼らの協力者も同然です。
……ここからです。ここからの事をあなたにだけは知っていて欲しいのです。
私は牢に入れられたトロンジット様を訪ねました。どうしても、聞かねばならない事があったのです。
レジス・ロンドルフにトロンジット様が不義の子である事とラームニード様の暗殺計画を教えたのはあなたですね、と。
私にはどうしてもあのトロンジット様がラームニード様を殺そうと考えたとは思えませんでした。
何よりも兄君を想っていた方です。その彼が、たかが玉座の為に兄君を害するなど、あり得ないと思いました。
そして、察したのです。
トロンジット様もニルレド王の子では無かったとしても、王族の血が混じった方です。
──彼の王家の習性が誰に対して向けられていたのか。
あのお方は仰いました。「自分が許せない」と。
昔から、母の兄への態度に疑問を持っていた。母の父と兄への憎悪は尋常ではない。
そして、少し前に母とラオニスがやり取りした手紙を見つけて、漸く理解した。……自分が決して生まれてはいけなかった子だという事も理解出来た。
だから、思った。
兄の敵を排除しなくては。母を、実父を、そして──自分自身を。
誰よりもラームニード様が王になる事を望んでいた。それを支えるのが夢だった。
けれど、誰よりもその邪魔をしていたのが自分だった。王になる資格さえない自分だった。それが何よりも悔しく、憎くて仕方がないのだと。
トロンジット様がたとえ王族と呼べる立場でなくなったとしても、ラームニード様を支えていてくれたのなら、どれだけ彼の方を助けられた事だろう。
そう思った事はこれまで幾度もあります。
けれど、あの方は、トロンジット様はその未来を否定した。決して認めなかったのです。
言ったでしょう? 怒らせたら、ラームニード様よりも頑固で面倒な方だったのですよ。……悲しくなる程に。
トロンジット様は、最期にこう言い残しました。
「この事は絶対にラームニード様に伝えてくれるな」と。
この事を伝えれば、きっとラームニードは気に病んでしまう。
自分は憎まれたままで良い。ただの逆賊のまま死にたいのだと。
……あの方は、ご自身がラームニード様にとってのかけがえの無い家族であった自覚が無かったのですよ。
どう足掻いても、ラームニード様の心の傷となって残る事は明白だったというのに。
ですが、私も王家の習性を知る者です。彼の決意を曲げる事は出来ないと理解していました。
……もし知らせていたら、どんな方法を使ってでもその場で自害していたでしょう。
死にゆく者の願いです。
何より、主君の大切な弟君であり……私のもう一人の生徒の最期の願いです。
私は了承し、口を噤み──今この時を迎えています。
最期にあなたに……リューイリーゼ様にだけは聞いて欲しいと思ったのは何故でしょうねぇ。
あなたがあの方に愛を齎して下さったからかもしれません。何よりも大切なご家族を与えて下さったからかもしれません。
かつて弟君を喪った事は、あの方の心に大きな傷を作りました。
あなたはそうして出来た隙間を見事に埋めて下さった。……きっと、あなたに話すのなら、トロンジット様も許して下さいます。
駄目だったら、あの世でちゃんと謝りますよ。もうすぐ会えます。もう、分かっていますよ。
ああ、最期に伝える事が出来て、スッキリしました。
───もう思い残す事はありません。ゆっくりと眠りに付く事が出来ます。
「──レアン」
はいはい、まだちゃんと聞いておりますよ。どなたですか?
「──レアン、……シルレアン」
……ああ、ラームニード様。
いついらっしゃったのですか? 今日は「ジジイ」とは呼ばないのですね。……冗談です。
私は、とても満足しているのですよ。
あなたと出会えて良かった。あなたの臣下となれて、良かったです。
残念ながら、私は終ぞ子宝には恵まれる事はありませんでした。
ですが、あなたがいらっしゃる。私の元で学び、何よりも愛した子供であるあなたが。
あなたも私の事をまるで本当の父のように慕って下さった。
本当のお父君であるニルレド様には申し訳ないと思っていますがね。……それでも嬉しかったのです。
私が後進に宰相の座を譲り渡し、こうして妻と隠居した後も、あなたは私を訪ねて下さりましたね。
……「視察のついでだ」なんておっしゃってましたがね。あれ、絶対に嘘でしょう。
国王が毎年必ず直接視察に訪れなければならないなんて、どれだけ問題がある領地なんですか、ここは。自然しかないですよ、この辺りなんて。
御子が大きくなられる姿も、私にちゃんと見せて下さいました。
ガドアルト様ももう直ぐご結婚なされますね。月日が経つのは早いものです。出来る事ならば、この目で見届けたかった。
……ご家族で裸族になる事だけは、絶対に止めて下さいね。絶対ですよ。
でないと爺も化けて出ます。ゆっくりと眠れそうにありません。
そう脅してでも、絶対に阻止して下さい。……最期のお願いですよ。頼みます。
リムレッタ様は、小さい頃は爺や爺やと私の後を付いて回っておられましたね。可愛らしいお姿でした。
……ですが、あの方は未だに全裸になる機会を狙っておりますからね。
あの方はご家族の中で一番周到で、頑固です。油断せずに、警戒を怠らぬように。
……何で最期まで全裸の心配をしなければならないんでしょうね。因果な呪いですよ、全く。
え……あなたについて?
はは、私はあなたに関しては心配はしておりません。
あなたの隣にはリューイリーゼ様がいらっしゃる。
その周りには二人の御子が。そして、多くの臣下達が。
もう、あなたが一人寂しく泣く事は無いでしょう。
あなたには皆が付いている。沢山の『愛』がある。
私の役目はもう終わったのですよ。
───私がお仕え出来るのは、ここまでのようです。
……泣かないで、くださいよ。
泣いてない? ……はは、泣いてる、じゃないですか、絶対に。
リューイリーゼ様、どうか、この不器用な方を、よろしくお願いします。
……本当に、本当に、有難う、ございました。……あの時、見つけたのが、あなたで、本当に……良かった。
……それでは、お先に、失礼致し、ます。
あちらに、いらっしゃるのは、ずっと……ずーっと先にして下さい。直ぐにいらっしゃったら、怒り、ますからね。
どうか、いつまでも、お健や、かに。
お幸せで、あります、よ……に……。