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とある忠臣の回想録2『拾い犬と暫しの別れ』



 とある日、ラームニード様がこんな事を言い出したのを覚えています。




「ジジイ、犬が欲しい」




 ……一応弁護をさせて頂きますと、あの頃ラームニード様は既にご自身が国王となられる事を諦めておりました。

 皆に慕われている弟君の方が王に相応しい、だから自分は王にはならぬ。そんな器ではないと態度で示していたのです。

 ジジイ呼ばわりもその一環です。ええ、一環でしたとも。


 当時トロンジット様の宮では犬が飼われていました。

 トロンジット様が誕生日にどうしてもと願って、賜ったのです。


 どうやら、ラームニード様はそれを羨ましく思っていたようで。

 何度かトロンジット様が連れて来たのを触らせてもらった際は、目を輝かせておりましたから。

 それからというもの、ラームニード様にとっては犬は特別な生き物なのです。



 ……初めて会った際に『立場も弁えぬ子犬』と言われた?


 ははあ、漸く気付かれましたか。

 そうですよ、初めて会った時から、彼の方はあなたの事を『何だ、ちょっと可愛いな』と思っていたのですよ。

 ふふふ、素直じゃないでしょう? 是非とも、今度揶揄っておやりなさい。きっと真っ赤になりますから。




「例えば、拾って来たら飼っても良いか?」

「まあ、病気があったらちょっと困りますけど」

「じゃあ、魔法師にちゃんと見せて、病気が無いか診てもらう」

「……ちゃんと世話出来ますか? カロイエやアーカルドに任せきりは駄目ですよ」

「出来る」



 

 それなら良いかぁ、なんて、あまり深くは考えてなかったんですよ……その時は。




「拾ってきた。俺の犬だ」




 そう言って連れて来られたものを目の前にして、流石に私は開いた口が塞がりませんでしたよ。

 カロイエも、絶句といった様子でした。

 丁度その時遊びに来ていたトロンジット様が、叫びました。




「兄上!! それ、人間!!!!」




 ……そうです。

 その時拾われて来たのが、黒い毛と青い目の小さなワンちゃん──つまり、キリクです。 

 ラームニード様はお忍びで王都を探索し、その帰りに見つけて拾って来てしまったのです。 


 勿論、護衛を務めていたアーカルドはしこたま叱られ、騎士団で散々扱かれました。

 王子殿下の我儘だったとはいえ、無断で王宮を出て、あまつさえ貧民街の近くを通った上、人間の子供を連れて帰るだなんて。

 拙いですよね、そりゃあ。よくクビにならなかったものです。



「俺の犬だ」


「俺が拾って来たんだから、俺のものだ」


「ちゃんと世話をするから」



 元居た場所に帰していらっしゃい。

 そう説得する私達に、いつもは何だかんだ文句は言ったとしても最後は言う通りにするラームニード様に珍しく、強情なご様子でした。

 

 まあ、珍しい我儘につい絆されてしまいました。私も甘いですよね。


 キリクは身寄りが無いようでしたし、念の為諜報部に身元の調査をして貰い、キリクは何とかラームニード様のお付きとして育てられる事となりました。

 

 ……まあ、スリや窃盗はしていたようですが、ラームニード様から頂いた給金で迷惑を掛けた商店にこれまでのあれこれに対する謝罪と迷惑料を渡し、貧民街の孤児院に寄付する事で禊を済ませました。


 というか彼、孤児院の方は今でも律儀に続けていると思いますよ。

 たまの休みに孤児院に行って、子供達にこれまで学んだ勉強や礼儀作法を教えているようですしね。優秀な子は王宮の下働きや諜報部にスカウトされる事もあるんですよ。



 ……話が逸れましたね。続きです。




「お前には汚い野良犬がお似合いよ」




 キリクを初めて目にしたへレーニャ様はそう嘲笑っていましたが……それからキリクは頑張ったと思いますよ。



「殿下はおれ……ぼ、僕を救ってくれ、ました。……だから、僕の所為で、殿下に恥ずか……恥を、かかせる訳には、いかない」



 礼儀も何も知らない全くのゼロの状態から、王族に仕えるに相応しいと認められるレベルまで精進したのですから。

  

 ある日、突然キリクの姿が見えなくなりました。

 私達で必死の捜索をしたところ、ラームニード様の宮の裏手でボロボロになって動かなくなっている所を発見されたのです。

 

 犯人は、王妃陛下の息が掛かったラームニード様の護衛騎士となっていた男と側付き達です。

 

 犯行の動機は、単純にキリクが気に食わなかったから。

 貧民街出身の小汚い平民の子供が、一段も二段も飛び越えて、いきなり自分と同じ王の側近という立場になる事を許されてしまったのですから。

 

 キリクが彼らに暴行を受けたと知った、あの時のラームニード様の怒りは筆舌に尽くし難いものでした。

 また、彼の方の王家の習性である執着が『己の大切にしている者』に対してだと分かった瞬間でもありました。 

 



「大切な者を傷付ける者は、自分の側近にはいらない」




 そう言って、キリクを傷付けた者達を即座に解雇し、実家に送り返したのです。


 勿論、不当だと文句を言ってきた者もいました。

 へレーニャ様に紹介をされたという事を盾にしようとした者もおりましたね。

 



「王妃の紹介であればこそ、守るべき節度と礼儀というものがあるだろう。王子であるこの俺を軽んじている事を知らないとでも思ったか? お前達は本来護るべき王位継承権を持つ王子を害し、王族の持ち物に傷を付けた。……不敬罪や国家反逆罪に問われてもおかしくない事をしたという自覚はないのか?」



 

 彼らはへレーニャ様の命令で、密かにラームニード様に些細な嫌がらせを繰り返していた者達でした。

 そして、彼の方が王位継承権を持つ王子を害する命令を下したと自ら認める訳がありません。所轄、トカゲの尻尾切りという奴です。


 ラームニード様にそこまで脅かされ、へレーニャ様からは梯子を外され、漸く自分達の現状を理解したのでしょう。

 これ以上無い程までに青褪め、黙ってすごすごと引き下がりました。



 それからは、ラームニード様はお母上への遠慮を止めました。いつかは認めてくれるのではないかという無駄な期待も捨て去りました。

 

 ()()は自分の大切なものを傷付ける。だから、強くならねばならない。

 そう決心されたのです。



 再度ラームニード様に守られる事となってしまったキリクが決心したのも、同じ頃です。

 このままでは、殿下のお荷物となってしまう。侮られては駄目だ。殿下をお助け出来るくらいにならなければ。彼はそう言っていました。


 ……騎士団に暫く通っていたのは知っていましたが、まさか、諜報部にまで乗り込むとは思っていませんでしたよ。


 貧民街ではスリが行われるのがしょっ中の事だし、盗んだパンを手に逃げる素早さもあります。影に潜んで息を殺し、危険から身を守る隠密力も持っていました。

 つまりは、諜報部はキリクの天職だった訳ですよ。


 ラームニード様の元を数年離れ、キリクは諜報部で修行をしたと聞いています。


 ……それから何年も経った後でも、諜報部の主任に言われ続けていたんですよ。「キリクを諜報部にくれ」と。

 ラームニード様は勿論「俺の犬だから駄目だ」と断っていましたし、キリクも「陛下のお世話があるから駄目です」って断り続けてましたっけねぇ。

 

 ……というか、未だにキリクは「陛下の犬」という認識のままなんですよね。

 もう偉い立場になってるのに、良いんでしょうかねぇ。……本人達がそれで良かったらそれで良いんでしょうね、きっと。



 ──また、話が逸れましたね。



 ……ああ、気付いていましたか。

 そうです。そのあたりから、私は彼らの事を伝聞でしか知りません。


 丁度その頃、ニルレド様が病に伏せられ、寝込む事が増えていました。

 それと同時に、邪魔者が寝込んでいる隙にと、へレーニャ様がこれまで以上に好き勝手に振る舞うようになりました。



 恐らく、ラームニード様の側に侍る私達が邪魔になったのでしょう。

 

 まず、乳母はもう必要ないから、とカロイエが任を解かれました。

 そして、私も……聖国との調整役にどうしても必要だという名目で、聖国へ外交官として赴く事となりました。



 一応、抵抗はしてみたんです。

 ですが、その頃の宰相はあのラオニス・ロンドルフ。

 逃げ道を丁寧に塞がれ、行かざるを得ない状況に置かれてしまいました。


 ……あまりにも悔しかったので、最近になっても夢に見る事があるんです。

 ちょっと格好悪いので、ラームニード様には絶対に内緒にして下さいね。約束ですよ。



 別れ際のラームニード様は、今にも泣きたい気持ちを抑えているご様子でした。

 あなたもよくご存知な通り、意外な程寂しがり屋で、甘えたがりなお方です。それでも、王族としての矜持はしっかりとお持ちのお方です。

 ……必死に隠してはいましたが、私にはちゃんと分かっていました。




「持てる全ての知識を教えたつもりです。私がお側に居なくとも、あなた様は必ずや困難に立ち向かっていけるでしょう」




 そんな事は良い。行くな。置いて行くな。

 そんな心の叫びが、聞こえるかのようでした。


 ……私だって行きたくありませんでしたよ、本当に。

 こんな何処に敵が潜んでいるか分からない敵地の真っ只中に、私の可愛い生徒を──主君を置いて行きたくはありませんでした。



 私だって、これでも王家の血が入っている人間です。

 王家の習性とは不思議なもので、本当にふと理解するんですよ。



 ──ああ、これが私の『護るべきもの』なんだって。


 

 だから、こう約束しました。




「いつか、必ず。──あなた様の元に戻ってみせましょう。あなた様の窮地には必ずや馳せ参じてみせます。……だからどうか、泣かないで下さい。殿下」




 泣いてないわ、クソジジイ、と怒られましたけどね。

 あれはどう見ても泣いてましたよ、絶対に。……この事を教えたのを知られたら、また怒られるでしょうねぇ。

ラームニードの裏設定。犬が好き。

本編でのラームニードの犬関係の発言録。


『立場も弁えぬ子犬』

『首輪を付けようと思うんだが』

『……犬、のような? ペット愛か?』


いずれもリューイリーゼに向けた言葉だったりする。

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