とある忠臣の回想録1『忠臣と王となる子供の邂逅』
書いてみたら、とても長くなってしまったので三話に分けます。
今日中に三話全てを上げるつもりです。
このお話だけ、書き方がちょっと変わっています。
宰相が誰かに語りかけているような形式です。
2023/08/24 加筆致しました。
──ああ、お久し振りでございますね。
このような見苦しい姿で申し訳ありません。
事前にお伝えした通り、少しばかり私めの昔語りにお付き合い願えますかな?
あなたも聞いた事がある話があるかもしれませんが。
──恐らくは、最期の機会です。私も順を追って思い返したいのです。
***
「私が王子殿下の教育係に、ですか?」
私がラームニード様と関わりを持ったのは、あのお方の教育係として任じられた事がきっかけでした。
まあ、これでも遠いとはいえ王家の血が流れるロージリエ公爵家の人間であり、自分で言うのもなんですが、そこそこ評判の良い文官でした。
王族の教育を任されても、おかしくはありません。
ですが、私は念の為に当時の国王陛下──ニルレド様に問いました。
「私は構いませんが……王妃陛下はこの事をご存知でいらっしゃいますか?」
当時、既に国王夫妻の不仲は王宮内では周知の事実となっておりました。
何故なら、王妃陛下──へレーニャ様は初夜の褥を共にした後に号泣し、やがて孕んだ際にも大暴れ。
嬉し泣きであれば良かったのかもしれませんが……「嫌よ、嫌よこんなの!」と完全拒絶の構えです。
そこまでされてもニルレド様はへレーニャ様を愛しておられたのですから、恋情とは難儀なものです。
そして、ご自身のご実家近くに建てられた離宮で御子を出産した後は産後の肥立ちが悪く、その後も体調が回復しないとして未だ王宮には戻られていません。
時たま王宮に帰られても、直ぐに離宮へと戻られて行く。その繰り返しです。
ニルレド様は足繁く離宮に通ってはいたそうですけれど……まあ、夫婦になった後も悲しい片思いが続いていたという訳です。
ニルレド様はこう仰いました。
「へレーニャは知らぬ。だが……恐らくはどうでも良い。好きにせよと言うだろう」
やはり、ニルレド様の独断だったのです。
へレーニャ様は生まれた御子の事は顔も見たくないご様子だったとか。
この子だけ居れば満足だろうと、一人の乳母に任せて馬車で王宮に送り付けて来る程です。生まれた我が子に興味すら抱いていらっしゃらなかったのです。
乳母……ええ、勿論、後に女官長になるあのカロイエですよ。カロイエも困り顔でした。
少し迷って、私は教育係になる事を了承しました。
流石の国王陛下も罪悪感を抱いていらっしゃったのでしょう。
元々そこまで身体が強くないお方でしたし、「どうか、ラームニードを頼む」と何度も念を押されました。
───その時は、まさかここまで長く深い付き合いになろうとは思いもしていなかったのですがねぇ。
「よろしくおねがい、します」
「王子殿下、私はシルレアンと申します」
「しうれあん……?」
「シルレアンです」
「しうれあん!」
そして出会った王子殿下──ラームニード様はとても素直で可愛らしい御子でした。
……ええ、素直で可愛らしかったのですよ。今では少し信じられないでしょうが。
正直な事を言えば、今でも私にとっては素直で可愛らしい方ですがね。
ラームニード様は、とても利発な方でした。
打てば響くと言えば良いのでしょうか。教える側にとっては、とても良い生徒でした。
それと同時に、時たま不思議な事を仰るお方でもありました。
「あのひと、わらっているのにおこってる。こわい」
どうやら、他者の感情をとても敏感に感じ取っているご様子でした。
一度、聞いてみた事があるのです。何故、そう思うのかと。
「ようせいさんが、おしえてくれるんだ」
まあ、その事は成長する内に自然と言わなくなりました。
子供時代の特有の『何か』が見えていたのでしょうか。
他者の感情に敏感なのは大人になってからも変わらなかった……というよりも更に詳細に感じ取れるようになられたような気がするので、何かが本当にあるのかもしれません。
月日が経つに従い、呼び名が『しうれあん』から『シルレアン』に変わり、背丈もどんどん大きくなっていかれました。
「いつか、母上に褒めてもらうんだ」
あの頃のラームニード様は、いつもそう言って勉学に励まれていらっしゃいました。
私も……乳母だったカロイエも、いつも心を痛めておりました。
恐らく、その健気な想いをお母上が受け取る事はあるまい。そう、察していたからです。
そんな折、とうとう離宮からヘレーニャ様が王宮に帰還するという知らせを受けました。
──離宮に滞在していた数年の内に産んだ弟君を連れて。
「母上、久方振りに存じます。ご無事に戻られたようで何よりです」
数年振りの親子の再会の筈でした。
それにも関わらず、へレーニャ様は見事に挨拶をこなしたラームニード様に一瞥しただけでその場を後にしたのです。
「トロンジット、こちらにいらっしゃい。あなたは王宮に来るのは初めてですからね。色々見せたいものがあるの」
幼い弟君──トロンジット様には蕩けるほどの笑みを見せていたのにも関わらず!!
目の前が真っ赤に染まったような気持ちでした。噛み締めた唇に、いつしか血の味が滲んでいた程です。
ラームニード様の苦難は、ここから始まりました。
へレーニャ様はこの国で国王陛下の次に権力を握っているお方です。
王妃である事は勿論の事、ご実家である侯爵家も支持基盤の筆頭であるロンドルフ公爵家も飛ぶ鳥を落とす勢いがあったのです。
そして、惚れた弱みとでも言うのでしょうか。ニルレド様は実質へレーニャ様の意に背く事が出来ません。
そのへレーニャ様が、ラームニード様を疎んでいる。
そうなると、どうなるでしょう。
勿論、追従してくる輩が現れる訳ですよ。
唯一救いだったのは……弟君──トロンジット様がラームニード様を慕って下さった事でしょうか。
「あにうえ……とおよびしてもいいですか。いっしょにあそびましょう!」
愛くるしいお顔と幼い見た目に似合わず、護衛を撒いてラームニード様の宮に突撃して来るような行動的なお方でした。
その時は、何故か突然の弟の訪問に困惑していたラームニード様の方が叱られてしまったので、それからは護衛を撒かず、堂々と我が儘を言ってラームニード様の宮を訪ねていらっしゃったようです。
何とも図太……いえ、大胆なお方でした。
ラームニード様に無礼な態度を取った護衛を叱り付け、お母上がラームニード様を軽んじたと知れば飛んで行って真っ向から抗議する。
見た目はまるで清廉な聖人のようなのに、中身は一番槍を狙う猛将のような苛烈さを持った御仁でした。
当時から、怒らせたらラームニード様よりも頑固で面倒な方だと思っていましたよ、私は。
え? ラームニード様はそこまでの事は言ってなかった?
……兄君の前では、少し猫を被っておられたんですよ。実の所。
まあ、始まりは少しアレでしたが、それでもご兄弟の交流はとても和やかなものだったように思います。
互いに読んだ本を薦めてみたり、勉強してみたり、庭園で遊んだり、盤上遊戯を楽しんでみたり。
そうそう、丁度その辺りですね。
まだ新米騎士だったアーカルドが、ラームニード様の護衛騎士を務めるようになったのは。
二人の元気な王子殿下に振り回され、いつも途方に暮れたような顔をしておりました。
……途方に暮れたような顔は、ここ数年でも割としていますね。父親になったのだから、もう少ししっかりとして欲しいものです。