とある息子の話『父と呪いと久々の全裸対策会議』
ラームニードとリューイリーゼの長男ガドアルトの話。
ガドアルトの父の服は、時たまハジけ飛ぶ。
いや、これは別に比喩表現とかそういう話ではない。
物理的に服がハジけ、裸を晒すのだ。
幼い頃からそうなのだから、それに疑問を持った事は無かったのだが、成長してから改めて思ってしまった。
──何でうちの父親だけ服がハジけるの? おかしくない?
ガドアルトは首を傾げざるを得なかった。
てっきり世の父親というものは皆服がハジけ飛ぶものとばかり思っていたのだけれど、よくよく考えてみたら、父の護衛騎士であるアーカルドは幼馴染の父親でもあるけれど、服がハジけた所を見た事が無い。
「どうして服がハジけないの?」
子供なりの純粋な疑問をぶつけてみると、アーカルドは途方に暮れたような顔をした。
側に居たキリクでさえも「殿下のお父上が特別なんですよ……」と少し困った顔をしている。
服がハジけるような『特別』はあまり嬉しくないな。
ガドアルトは幼心にそう思った。
「……ねえ、母上。母上は父上の呪いが解けて欲しいとは思わないのですか?」
とある日、ガドアルトは母にこんな質問をしてみた。
「何故?」
母はとても不思議そうな顔をしている。
……何故って、母上。あなたって人は。
「何故って、色々と大変でしょう?」
呪いも相まってか、父は女性からの評判が正直あまり宜しくない。
最近は頻度が減ったらしいが、特に父が入り浸り、裸の彼に遭遇する確率が高い王妃宮には、未婚の侍女やメイドが採用される事はほぼ無いという。
採用されても、かつての母のように図太く豪胆な者に限られている。
そもそも、うっかり裸になってしまうというのは不便極まりないではないか。例えば豪雪地帯かなんかでハジけてしまった時は、命にも関わる。とても難儀な呪いじゃないか。
そんな事を力説すれば、母は「ガーティも難しい事を考えるようになったのね」と楽しげに笑った。
「私は別に気にならないもの」
「本当に?」
「むしろ、とても面白いなと思っているけれど」
「母上、強い」
流石、あの父と結婚するだけの事はある。
懐が広すぎではあるまいか。
「私はね、むしろ魔女様に感謝しているわ。呪いがなければ、きっとあの人は傲慢で不器用なままで、誤解され続けていたもの。もしかしたら、謀反が起こったかもしれないし、私とも結婚はしなかったでしょう。……勿論、あなたも生まれなかったでしょうし」
父は、母に出会って変わったのだという。
あの自分と母と幼い妹には特に甘い義理のお祖父様──ロンドルフ公爵とも不仲だったというし。
……いや、今でも仲が良いとは言えないような気もするが、母が二人の仲を繋いでいるのは事実だろう。
それまでは『血染めの王』と揶揄されていたと知った時は、ガドアルトは本当に驚いたものだった。
だって、あの寂しがり屋で嫉妬深くて、すぐ拗ねるけど何よりも家族を大事にしている父が? 嘘でしょう?
「魔女様は、私とあなたのお父様にとっては恋の橋渡しをしてくれた大切な方よ。だから感謝しているの。呪いなんて、瑣末な事だわ」
そう笑った母は、身内贔屓だとしてもとても綺麗だと思った。
この人は、本当に心の底から父の事を愛しているのだろう。
彼女の話を聞き終えたガドアルトは思った。
自分も結婚するのなら、母上のような人が良い。
その為にすべき事は……。
「──きゃああああ! 王子殿下が全裸に!!!」
その日、王子宮で侍女が悲鳴を上げた。
ガドアルトが室内で全裸で過ごしている姿が発見されたのである。
「……何年振りですかね、全裸対策会議」
「懐かしいというか、二度と集まりたくなかったというか……」
ガドアルトが生まれてからはとんと開かれる事が無かった全裸対策会議だ。
久々に集まった参加者達の目は、総じて死んでいた。
親子二代に渡って、こんなしょーもない会議を開かさないで欲しい。
一同は揃って、まずガドアルトの言い分を聞く事にした。
ちなみに、服はちゃんと着せている。
ガドアルトは大きな騒ぎとなってしまった事にショボンと肩を落として、こう供述した。
「母上の話を聞いて、父上にとっての母上のような存在を見つけたいと思ったのです」
「……それがどうして全裸になる事に繋がるのですか?」
「それには、まず父上の気持ちを知る事から始めなければいけないかなと思って……。だったら、やっぱり脱いでみるしかないな、と」
『父といえば、全裸』という認識になっているらしい息子に、ラームニードは「最近は全裸にはなってないのに」と、とても微妙な顔をした。
とんだ酷い風評被害である。被害というよりは、自業自得であるような気もするが。
父の気持ちなど知る由もなく、ガドアルトの供述は続く。
「そして、理解出来ました。父上がたとえ裸になろうとも、平気な顔をしている理由が!」
「……ガドアルトよ。仮にも自分の父親を、まるで露出狂のように扱うのを止めないか」
父は流石に傷付いた。
思わず苦言を呈したラームニードを、ガドアルトは華麗に無視をして、こう言った。
「人は皆裸で生まれてくる。それならば、裸こそが人間にとっての正装なのではと!」
つまり言いたい事は、「裸族になってみたら思っていたより快適でハッピー!」だろうか。
そんなキラキラとした目で何を言ってるんだ、この王子は。
宰相も流石に笑えず頭を抱えたし、騎士団長はこれは駄目だと黙って首を振った。
その他の側近達も悪夢の再来に絶望するしかなかった。自発的な全裸である以上、ある意味父親よりもタチが悪い。
「父子ってこんなにも似るものなのですね。血って凄い」
「いや、この太々しさはどちらかといえばお前の血だろう」
そんな彼の製造元である国王夫妻はといえば、静かに互いに責任の押し付け合いをしていた。
ともあれ、人々の見解は一致した。
──これは確実に親が悪い。
王と王妃は吊し上げられ、懇々と説教を受ける事となった。
子供の教育に悪い。悪すぎる。
次期王となるかもしれない方に何て悪影響を残してくれているのか。
「まさかあの話でそんな思考になるとは思わなくて……」
「何故俺まで怒られなければならない。好きで全裸になっているとでも思っているのか」
リューイリーゼの方は流石に反省はしたようだったが、不満げな顔を隠さなかったラームニードに宰相は思わず突っ込んだ。
「陛下は最初こそ全裸を嫌がってましたけど、むしろ今はそうなっても致し方ないと思っていらっしゃるではないですか。むしろ趣味では?」
ラームニードの呪いは一種の刑罰としても用いられている。
やられたら地味に嫌な刑として有名だ。
そして、それを行なっている際のラームニードは、傍目から見ても水を得た魚のように生き生きとしている。
「まともな神経をしていて、この呪いと付き合っていけると思っているのか。公衆の面前で何度強制的に脱がされていると思ってるんだ。五十を超えた時点で、もう色々と諦めたわ。最早俺の裸にプライバシーなど存在しない。国立美術館に展示してある裸婦像と同じようなものだ」
「うっわ……この人自分を国宝級の代物と同列に並べたよ……」
自信満々に胸を張るラームニードに、ノイスがあからさまにドン引いた顔をしている。
いや、確かに三十を超えて尚美しいのは事実なのだけれど。
そんなこんなで、会議参加者達はガドアルトを必死に説得した。
その結果、自室に限り、パンツは着用する半裸までならば許すという事になった。
「流石は国王夫妻の御子です。言い出したら聞かない……」
長時間の説得に臨み、漸くの譲歩を引き出す事に成功した宰相は、心底疲れ果てた様子でため息を吐いた。
──彼らは知らない。
「おとうさまもおにいさまも、はだかんぼ。リムもやりたい!」
数年後、幼い姫殿下のそんな無邪気な一言が王宮中に波乱を巻き起こす事を。
「リム……リムレッタ、お父様は裸になるのは良くないと思うぞ」
「どうして? おとうさまもおにいさまもはだかんぼよ? どうしてリムだけだめなの?」
「ぐうう……!」
「あなた、だからリムレッタの前で呪いは控えるようにと言っていたのに……」
「け、結婚相手がいなくなるかもしれないじゃないか。リムレッタも幸せなお嫁さんになるんだろう?」
「リムが結婚だと!? 許さんぞ! 誰が嫁にやるか!!!」
「父上は黙ってて下さい! 今はそれどころじゃないでしょう!! ……ジュリオン叔父様達が作ったカルム・レースのドレスを着るんだろう? お兄様も楽しみにしてるのになー」
「おとうさまにはおかあさまがいるし、おにいさまにもおねえさまがいるよ?」
「うぐふっ……。は、反論が出来ない……!!!」
──歴史は繰り返す。
全裸対策会議もまた、繰り返されるのだ。
ガドアルト(通称ガーティ)
→とても真面目過ぎて斜め上を行く兄。茶髪と緑眼の全体的に母似。
唐突に全裸に目覚め、自室では裸族を貫いている。
後のお嫁さんとなる子は唯一「私も自室で裸族になってみましたが良いですね。快適です」と言ってくれた。
思わず惚れた。
リムレッタ(通称リム)
→どこかホワホワしている妹。金髪赤眼のラームニード似。
天然そうに見えるが、多分家族の中で一番強い。
とりあえずは母の説得で全裸に関して納得したように見えるが、実は諦めてない。虎視眈々と機会を狙っている。