63、皇国からの忠告
そんなこんなで月日は経過し、他国からの使節団が到着する日がやって来た。
勿論、リューイリーゼは事前の計画通りにキリクの変装術で変装済みだ。
髪色を色粉で通常時よりも濃い茶髪へと変え、眼鏡と化粧でいつもとは違った印象へと変貌している。
鏡を見たリューイリーゼは、余りの自分の代わりように驚いた。
リューイリーゼの事をよく知らない人間ならば、きっと騙されてくれる事だろう。
パートナーを務めなくてはいけないのは、本当に気が重いけれど。
「久しいな、ラームニード王よ!」
まずやって来たのは、リヴィエ皇国のアペジオ皇弟一行である。
アペジオは見上げる程の長身と逞しい肉体を兼ね備えた、野生味溢れた魅力を持った好漢だった。
その人好きのする笑みは、まるで眩しい太陽を思わせる。
「アペジオよ、またお前が来たのか。そろそろ若い者に譲れと周囲からは言われているだろうに」
「ははは、確かに皇帝陛下からは皇子のいずれかに役目を渡せとは言われているがな。私は、フェルニスの流星を見ながら呑む星見酒を毎年楽しみにしているのだ。幾ら可愛い甥っ子とはいえ、それだけは譲る事が出来ん」
「大人気がない」
「大人気がなくて結構だ。若い者にはこれから幾らでも機会がある。いつも世話になっている叔父に少しぐらい優しくしてくれても罰は当たらんと思うがな」
親交が深いという情報通り、アペジオはラームニードに親しげだ。
ラームニードも呆れたような顔を見せてはいるが、いつもよりも何処か砕けたような物言いで接しているように見える。
「どうだ、今年こそは流星を見ながら一緒に呑まんか? 星見酒は乙なものだぞ」
『今年こそは』という言葉から察するに、アペジオは毎年ラームニードを誘ってはいるものの良い返事を貰えてはいないのだろう。
その誘いに、ラームニードは眉間に皺を寄せた。
「……たまには一緒に呑むのも、やぶさかではない」
「お……おお! 珍しい事もあるものだな!?」
最初から返事に期待していなかったのであろうアペジオは、目を剥く勢いで驚いた。
ラームニードはそんなアペジオに気不味げに視線を逸らせて、首を横に振る。
「だが、駄目だ。──今年だけは、絶対に駄目なのだ」
「……ほう?」
ラームニードの真剣な眼差しに、アペジオは首を傾げた。
彼の言葉の意味を探すように周囲に視線を巡らせて、ラームニードの側に控えるリューイリーゼに目を留めた。
じーっと見つめられてキョトンと目を瞬いたリューイリーゼを見て、アペジオは面白そうにニヤニヤと笑う。
「ほうほうほう……成程成程……」
「……アペジオ」
「いやあ、何、其方がそこまで近くに女人を置くのは珍しいと思ってな」
「アペジオ」
「野暮な事を言った、すまなかったなぁ」
「アペジオ!!」
余計な事を言うな、とラームニードが鋭く睨みを利かせても、アペジオは至極愉快そうに揶揄うのを止めない。
そんな二人に挟まれて、リューイリーゼはどんな顔をすれば良いのか分からなかった。
アペジオは一通り揶揄い終えて、「そういえば」と思い出したように言う。
「────其方、何やらおかしな事に巻き込まれているようではないか」
突如声を顰めたアペジオに、王国側の面々に僅かに緊張が走った。
ラームニードの声も、自然と小さくなる。
「……何故知っている?」
間違いなく、呪いの事を言っているのだろう。
呪いの件は、国外には漏れないように箝口令が敷かれている筈だった。
一気に表情を険しくしたラームニードに、アペジオの表情も引き締まる。
「私の諜報は優秀でな。それが具体的に『何か』までは特定出来なかったし、服がハジけ飛ぶなどと意味が分からぬおかしな噂も出回っていたが、とりあえず其方の周りで何かが起こっているという事だけは分かった」
その『意味が分からないおかしな事』が、実際に起こってます。
口にこそしなかったが、王国の面々の心は一つだった。
「ただ、その情報を得た場所が問題でな」
「何処だ?」
「──アルタレス聖国だ」
聖国はラームニードの呪いについて情報を集めていた。
確定されてしまった事実に、ラームニードの表情が至極嫌そうに顰められる。
「あの国が何を考えているのか分からんが……碌なものではあるまいよ。足元を掬われんように、気を付けろよ」
その視線は、まるでごく普通の友人を案じるかのようだ。
それを受けたラームニードは、僅かに視線を泳がせる。
リューイリーゼには、それが彼が照れた時の仕草だと分かった。
「……とっておきの酒がある。流星はまだだが……この時期は星が綺麗だから、眺めながら呑むのも良いだろう」
「おお! ならば、是非ともリヴィエから持参したものを開けようではないか。白ワインを蒸留して熟成させたものでな。深い味わいが癖になるぞ」
ラームニードの素直でない誘いを受けたアペジオは、先程までの真面目さは何処へやら、機嫌が良さそうに大きく笑った。
そして、リューイリーゼの方へと再び視線を向ける。
「どうだ、お嬢さん。其方も一緒に如何かな」
「呑ませんぞ、誰が許すか!」
「ははは、冗談だ!」
即座に切って捨てたラームニードにも、アペジオは愉快そうだ。
(……陛下のお友達って、ここまで大らかじゃないと務まらないのかしら)
それでも何だか楽しげな様子の二人を見て、何だか心が温まるような気持ちがした。
(──それはそれとして、どういう顔をしたら良いのかが分からなくなるから、私を巻き込まないで欲しい)
最近こういう状況に陥る確率が高いような気がするのは、恐らく気のせいではない。
そして恐らく逃げる事も出来ないのだと、リューイリーゼは悟った顔で思った。