60、聖なる百合と、必死な王様
「どうした、リューイリーゼ?」
リューイリーゼには、どうにも気に掛かる事があった。
言うべきかどうかを少しだけ迷い、結局は「発言しても宜しいでしょうか」と了解を取る。
「陛下は、聖国の【セイントリリー】についてご存知でいらっしゃいますよね?」
「ん? ああ、あの聖女の象徴とかいう花だろう」
聖国では白い百合の花は聖なる百合と呼ばれる程までに特別視されており、聖女を象徴する花として扱われていた。
「ええ。王付き侍女として失礼があってはいけないと思って、聖国に関する本を読んだのですが、そのほぼ全てにセイントリリーに対しての記述がありました」
「……まあ、聖国の本だしな」
聖国の書物には必ずしも登場すると言っても過言ではなく、和解をしたり、友情を確かめたり、親睦を深めるようなシーンで必ず周囲に咲き乱れ、その花を互いに贈り合う。
どうやら『友情を聖女へと誓う』という意味があるらしい。
それに因んで友好を示す為に、聖国をもてなす際には白い百合の花を使うというのがお決まりとなっている。
それがどうかしたか、と首を傾げるラームニードに、リューイリーゼは難しい顔をした。
「流星祭担当文官のキドマ卿に適切な本を教えて貰えるまで、聖国の神話や寓話のような本にも目を通していたのですが、そのどれもに共通点がありまして」
「共通点?」
「……異性に対してセイントリリーを贈った後は、その二人は必ず結婚をしているのです」
ラームニードの眉間に、まるで渓谷のような皺が刻まれた。
その言葉に、ナイラが「ああ!」と驚いたような声を上げる。
「確かに、聖国の御伽話にそういう話がありますね!」
「ナイラも知っているの?」
「昔祖父母に貰った絵本がそういう内容でした。王子様がお姫様に白い百合の花を渡して、結婚を申し込むんです」
ははあ、と宰相が感心したような声を出した。
「寓話までは把握していませんでしたが──成程。同性に対して贈るのと、異性に対して贈るのでは、意味合いが異なる可能性がある、と」
リューイリーゼは頷き、事態を悟ったラームニードの顔が引き攣る。
つまり、同性に対してならば『親愛』だが、異性に対してならば『求婚』という意味になってしまうという可能性がある、という事だ。
「式典後のパーティー会場や、聖国の方々が使う客間に白い百合の花を飾ると聞いています。聖女様がそれを見た際に……その、誤解をなさる可能性があるかもしれないと思いまして」
「なっ」
あまりの事に絶句するラームニードに、リューイリーゼは「ですが……」と僅かに眉を下げて続けた。
「その……陛下が聖女様との婚姻を望まれるのでしたら、差し出口でしょうが」
「そんな不意打ちで婚約成立を図るような迷惑女、誰が望むか!!」
パァン、と久々に服がハジけ飛んだ。
アリーテがすぐさま服を差し出し、キリクがそれを着せ掛ける。その作業は流れるようにスムーズだ。
「絶対に結婚なんてしないからな!? 変えろ、直ぐにでも変えろ、絶対に変えろ……!」
「……は、はい。そのように伝えます」
ラームニードは必死だ。
その余りの剣幕にリューイリーゼは気圧されながらも、即座に断言された事に少しホッとしてしまう。
「ただ出迎えたつもりで求婚と認識されるなど、あってたまるか!」
押しかけ女房というか、最早当たり屋だ。
冗談ではないと拳で執務机を叩くラームニードに、宰相は苦笑を浮かべる。
「……もしかしたら、それを狙って、って可能性も無きにしもあらずですね」
「もしそうだとしたら姑息が過ぎないか、聖女!!」
どこが聖なる女で清らかなる乙女だ!
まるで魔獣のような形相で、ラームニードが憤る。
「──すみません、少し宜しいでしょうか」
そんな中、アリーテが手を挙げた。
「何だ」と促したラームニードは、もうぐったりとしている。
「事態がどう転ぶにしろ、打てる手は打っておくのに越した事はないと思いまして」
「……言ってみろ」
アリーテはにっこりと微笑み、その紫の瞳がリューイリーゼに向けられる。
何だか、とんでもない事に巻き込まれる予感がした。