6、嫌がらせのような再会
六話目にして、ようやくヒロインが名前ありで登場。
明日から一日一回更新になります。
「という訳で、今日から彼女が新しく陛下のお側に仕えます」
宰相に紹介された侍女を見て、ラームニードはあからさまに顔を顰めた。
呪いの発覚から一夜が明け、王宮内──特に国王周辺の人事が大きく変化した。
相対する度にどうにか媚びを売ろうとしてきた者が一掃されたのは良いものの、やはり人手不足になったのか、宰相は宣言通りに新しい侍女を補填したようだった。
しかし、ラームニードにとっては、その人物こそが問題だった。
明るい茶色の髪に、エメラルドを思わせるような緑色の瞳。
王を目の前にしているのに、年若い侍女に多い緊張や浮つきなどを一切感じさせない冷静な表情が印象に残る娘だった。
顔付きだけを見れば、まるでベテランの上級侍女のようだ。
そんな彼女に、見覚えがある。
ハッキリと言ってしまうならば、初めて呪いが発動した現場に居合わせた侍女だ。
昨日の屈辱を思い出したラームニードは、気色ばんで宰相を睨んだ。
「……何のつもりだ?」
執務机に持っていた書類を置き、座ったまま宰相を仰ぎ見る。その顔は、まるで牙を見せて威嚇をする獅子のようだ。
何かの嫌がらせか、と王にはあるまじき獰猛な表情で睨むラームニードとは反対に、宰相は実ににこやかな笑顔を浮かべている。
ラームニードはいつもこの男のこういう所が気に食わなかった。怯むどころか、まるで聞かん坊の子供をあやすかのような扱いをしてくる。
「何のつもりだなんて、人聞きが悪い事をおっしゃる。単純に、有能な人材を確保しただけではありませんか」
「有能な人材だと? この娘がか?」
ラームニードは鼻で笑い、侍女の方へと視線を向けた。
度胸はあるようだが、一見してそこらに居る普通の娘にしか見えない。
「不測の事態が起こった時の冷静さと対応力、そして何より呪いに負けない度胸。今一番欲しい人材ではありませんか」
「人の呪いを人事採用の試験のように扱うのをやめろ」
「人手不足の直接的な原因となっているのが呪いなのですから、それに耐え得る人材を集める事は当然でしょう。むしろ必須条件です。ただでさえ……ええ、ただでさえ人がいないのですから」
「ぐぬう……」
疲れたような宰相の言葉に、ラームニードは唸った。
人材不足は切実な問題だ。
それはラームニードにだって、分かっている。
分かってはいるけれど、何も狼狽えに狼狽えまくってしまった今にも忘れたい出来事を連想させる人間でなくとも良いではないか。
「その点、彼女は大丈夫ですよ」
「何を根拠に」
自信満々に胸を張る宰相は、侍女に視線を向けた。
「君、王付き侍女となるに当たっての条件は何だったかな?」
そう問われて、今まで黙って会話を見守っていた侍女がパチリと目を瞬いた。そして、言っていいものか迷ったように視線を泳がす。
今まで勤めて冷静な表情を装っていた彼女が初めて見せた様子に、かえって興味を惹かれた。
「早く言え」
そう促せば、彼女はようやく口を開く。
「……特別手当です」
「は?」
「特別手当と、上級侍女になるために必要な教育です。どちらも、私にとっては何より魅力的な報酬でございます」
婚活目当てではなく、報酬目当て。
そうはっきり言い切った侍女に、ラームニードは一瞬驚いて、眉間の皺を深める。
赤い目を僅かに細め、彼女の緑の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
キョトンと目を丸くした侍女からは、嘘をついている様子などは微塵も感じられない。それどころか、報酬への期待に目をキラキラと輝かせている状態だ。
ラームニードにそのような視線を見せる侍女は珍しい。どうにも新鮮で、思わずまじまじと見つめてしまった。
「名は」
ラームニードが問えば、侍女は恭しく頭を下げた。
「リューイリーゼ・カルムと申します」
「カルム子爵の娘か」
カルム子爵家といえば、有名な田舎の変わり者一家だ。
権力に執着しないあの家ならば、娘に王に見染められてこいと唆かす事は恐らくないだろう。
それに何より、彼女から向けられる視線が決して不快ではなかった。
「……まあ、いいか」
駄目であれば、斬り捨てるだけの事だ。
とても物騒な納得をして、先程まで読んでいた書類に再び視線を落とす。
急に興味を無くしたかのような態度のラームニードを見て、宰相がリューイリーゼにクスリと笑い掛けた。
「良かったですね、お気に召されたようですよ」
「妄想も大概にしろ、クソジジイ!!」
室内に破裂音が鳴り響く。
こうしてリューイリーゼの初仕事は、執務室の中から国王の身を覆い隠す事が出来る布を探す事となった。