48、材料は揃っている筈なのに、噛み合わない
ラームニード視点。
『どうか、今一度ご自身の心の声に、耳を傾けて差し上げてくださいませ』
宰相にそう忠言されてから、ラームニードはリューイリーゼを観察するようになった。
リューイリーゼへと向ける感情の正体は未だ判明していない。その理解の為には、当の本人である彼女が必要不可欠だと思ったからだ。
「それにしたって、リューイリーゼ嬢を見過ぎです」
「必要だから、仕方があるまい」
「何で変な所で真面目なんですかねー……」
苦言を呈したノイスは、呆れたように頬を掻いた。
宰相と王付きの面々は、今回の事に関しては不干渉を貫くつもりらしい。
リューイリーゼを見つめるラームニードを困ったような、または何か生暖かいものを見るような目をしながらも、その『答え』を直接明かす事はない。遠回しに助言のようなものをするくらいだ。
そして、ラームニードの方も、彼らから無理に聞き出そうとは思わなかった。
どうやら、その『答え』というのは、自分以外の人間にはごく普通に気付ける事らしい。
それなのに、自分だけ他者からそれを教わるだなんて、プライドが許さなかった。
何が何でも自力で解明してやる。
最早、ラームニードは意地になっていた。
「……なんか俺、最近貧乏クジ引く事多くないですか? こういうのは、どっちかといえばアーカルドの役目だと思ってたのに……」
「なら、お前が講習を代われば良いだろう」
アーカルドは最近、リューイリーゼ同様アリーテとナイラに身を守る為の講習を行なっている。
リューイリーゼが「そういう機会があるとは思いたくはないけれど、何だかんだ役に立ったから、知識だけでもあった方が良い」と進言したからだ。
講習は、ラームニードが執務中で、それ程侍女の手を必要としない時間帯に行っている。
つまりは今だ。
そういう時は大抵リューイリーゼも流星祭関係で留守にしている事が多いので、『答え』関連の話題を話すのは、自然とその時間になってしまう。
「代わりたいのは山々なんですけどねー。……まあ、流石にオレも気を遣ってあげてるんですよ」
「気を遣う?」
「アーカルドは今、人生の大勝負の真っ最中なんです。──それよりも」
ノイスが話を戻した。
「どうです? リューイリーゼ嬢を観察してみて、収穫は?」
そう問われて、少し考えた。
「なんか、見ていると癒されるような気がする」
「ほう」
「あちこち駆け回ってる姿を見ていると飽きない」
「……はあ」
「あと、頭を撫で回したくなる」
「……リューイリーゼ嬢は犬じゃないですし、曲がりなりにもご令嬢なので、実際に撫で回すのはご遠慮下さいね。お願いですから」
「お前は俺を何だと思っているんだ」
頭が痛そうに眉間の皺を揉み解すノイスに、それくらい分かってるわ、と返す。
流石にそれは無いだろうと思って、ふと伸びそうになる手を必死に押さえつけているというのに。
不本意そうな顔をしたラームニードに、ノイスは「あと一歩だと思うんだけどなー」と困った顔で視線を彷徨わせる。
「陛下は色々と複雑に考えすぎだと思いますよ。もっと単純に考えてみましょう。答えに至る為の材料は既に揃っているんです。彼女に対して感じた事に、素直に名前を付けてみては?」
材料は既に揃っている……。それに名前を付ける……。
ラームニードは考えた。
今までに感じた気持ちを掬い上げて、精査して、組み立てて、そして出した答えは──。
「……犬、のような? ペット愛か?」
「すみませんオレが間違ってました。もっとちゃんとじっくり考えた方が良いと思います」
「やはり、違うか。だがそもそも、犬という単語を最初に使ったのはお前ではないか」
「オレは『犬と一緒にするな』と言ったのであって、それを肯定したつもりは更々無いんですけど!?」
心外だとばかりに目を釣り上げるノイスを横目に、違うのか、と部屋の中にいるキリクとナイラに視線を向ければ、
「ペットは駄目です、可哀想」
「か、飼うのは禁止です、ちゃんと森に返して来てあげて……」
キリクは冷静に首を横に振って、ナイラはオドオドといった様子でそれぞれ否定してくる。
ナイラこそ、リューイリーゼの事を鹿か何かだと思っているのだろうか。
そんな事を思いながら、考え込んだ。
そうは言っても、他にどう形容すれば良いのだろう。
自分のモノであると周囲に知らしめる為の証を付けたくなって。
見ていると心が和んだり癒されたり、ずっと見ていても飽きなくて。
笑った顔を見るとつい頭を撫でたり、抱き締めてしまいたいなと思うような気持ちは──。
『ありがとうございます。精一杯努めます』
そうはにかんだリューイリーゼの笑みが頭に浮かんで、ふと思い出した。
「……そういえば」
「……もー、今度は何ですかー」
「最近、あいつが何かに悩んでいるような気がする」
「は?」
元気が無い訳ではないし、流星祭に向けて色々と忙しなくしながらも、楽しそうにしている。
けれども、ふとした瞬間、何かを考え込むような顔をしているのを目にする事があった。
ノイスは初耳だと言わんばかりにキョトンと目を丸くし、キリク達の方を見遣った。
キリク達も首も傾げたり、知らないとばかりに首を横に振る。
「まー、陛下がそう言うんだったら、何かしらあるんでしょうけど……。流星祭もありますし、その関係では?」
「そうか。……そうだな」
気のせいじゃないかと肩を竦めるノイスに、適当な返事を返す。
きっと、それは違うと直感で分かった。
リューイリーゼが思い悩んでいるのは、多分流星祭に関しての事ではない。
他人の心の内に入るのが上手いノイスの事だ。
任せればリューイリーゼからそれとなく話を聞き出したり、相談に乗ってその憂いを晴らしてやる事も出来るかもしれない。
けれども、どうしてだろうか。
(……だが、それは駄目だ)
ノイスが──自分以外の誰かが『それ』にみだりに触れるのを、嫌だと思ってしまった。
その役目をノイスに渡すだなんて以ての外だと、そう感じてしまった。
(何故だ?)
リューイリーゼの憂いが晴れるのならば、それで良いではないか。
彼女には笑っていて欲しい。
──それなのに。
ただの侍女ではない。
愛玩する為のペットでもない。
『貴方は、彼女をどうしたいのですか?』
──この感情は、一体何なのだ?
その答えを、ただただ知りたかった。