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42、王付きを辞めるつもりはないの?

リューイリーゼ視点。

 


 リューイリーゼは、ずっと考え続けていた。


 これまで、カルム子爵領の収入源は領地で採れる農作物に依存している。

 守護の結界のおかげで民に影響が出るような災害には悩まされる事がないフェルニス王国では、多少の不作の程度はあれど、他に見るべきものがない領地でも、それなりに安定した収入を得る事が出来ていた。


 しかし、四年前の水害が起こり、守護の結界が『絶対』ではない事を知った。


 今までのように、農業だけに依存していてはダメなのではないだろうか。

 もし少しでも他に産業があったのならば、あれ程領全体が頭を抱えるような事態にはならなかったのではないか。

 リューイリーゼだって、学院へ行く夢を諦めずに済んだのではないだろうか。


 何か売り出せるものはないかと考えて、とある物が思い浮かんだ。



 カルム子爵領では結婚式で使う花嫁のヴェールを手作りするという風習がある。

 透けるほどに薄い布地に、妖精花と呼ばれる花を使った特殊な染料で染めた糸で細かくレース刺繍を施していく。領内では『カルム・レース』と呼ばれている手法だ。

 そうする事によって、刺繍部分がまるで発光しているかのような美しく幻想的な仕上がりとなるのだ。

 

 リューイリーゼは王宮に勤める為に王都に来てから、様々な物に施された刺繍を目にした。

 そこで思ったのだ。




 ──あれ? もしかして、カルム子爵領のヴェールって特産品にしても良い程の出来なのでは、と。




 カルム子爵領では花嫁のヴェールの為に、幼い頃から男女問わず刺繍を習う。

 花嫁自身は勿論の事、花嫁の家族や親戚、友人など、より多くの人に刺してもらう事が出来れば、幸せな花嫁になれるとされているからだ。


 刺繍が上手い人は『家族に幸せを齎す事が出来る人』だとしてモテるし、ヴェールの刺繍の出来を見て「えっ、あの人滅茶苦茶刺繍上手いじゃん。紹介して」と交際のきっかけになる事だってある。

 だからこそ、皆必死になって練習するので、カルム子爵領では刺繍が出来ない人の方が少ないし、一人一人の技量が高い。


 前述した通りにカルム領の主な産業は農業だ。

 病気や怪我で体力面で問題がある者、または足腰が弱った老人など、農作業に従事するのが難しい人々の活躍の場にもなるかもしれない。


 そう提案すれば、水害の件にて同じような不安を抱えていたらしい家族は同意してくれた。

 カルム子爵領の新たな事業の始まりだった。




「いやあ、でも良かったね。まさか本当にあそこまで絶賛してくれるだなんて」



 用事も全て終わり、立ち寄ったカフェで紅茶のカップに口を付けたジュリオンは満足げにそう笑った。



「それにしても、よくマダム・サリサなんて有名人と知り合いだったね」

「アリーテ……友達が紹介してくれたのよ」



 今回、マダム・サリサの店を訪れたのは、彼女にヴェールを見てもらう為だった。

 レースを売り出す為には、その魅力を十二分に引き出すようなデザイナーの力が必要だと考えたからである。


 彼女はヴェールを一眼見ただけで「創作意欲が増す。絶対に売れる」と興奮気味に食い付いてきた。

 可能であるならば、直ぐにでも取引をしたい、とまで言う程だ。




「とにかく、これから考えなきゃいけない事は沢山あるわ」

「そうだね、ここに来る途中でも話したけれど、どういう方面に事業を広げていくか……」



 暫くはマダム・サリサの店専売にして高位貴族を中心に広める。そうしてブランド価値を高めた後が問題だ。


 ヴェールの他、揃いの刺繍のドレスやグローブなど婚礼衣装を中心に事業を進めていくのか、それとも、もう少し安価で気軽に手を出しやすい小物や雑貨の方面へ広げていくのか。

 

 その舵取りをするのは、カルム領の次代を担うジュリオンの役目だ。



 

「私も出来る限りの手助けはするわ。だから頑張ってね、次期カルム子爵様」




 そうにっこりと微笑んで、初めて弟の表情に気付いた。



「……どうしたの? そんな顔をして」

「こんな風に領地の為の事を考えられる姉さんは、凄いと思って。……僕じゃきっと思い付かなかった」

「ジュリオン」

「……ねえ、聞いても良いかな」



 自嘲したように笑うジュリオンは、意を決したように口を開いた。




「王付きを辞めるつもりはないの、姉さん」




 リューイリーゼは、思わず目を瞬く。


 じっと見つめる瞳から逃れるように、ジュリオンはついと視線を逸らした。

 その表情は、罪悪感に満ちている。



「……ずっと、申し訳なく思ってた。せめて僕があと一年か二年生まれるのが遅ければ、姉さんにこんな苦労をさせずに学院にも通わせてあげられたのに、って。……ていうかね!」



 ジュリオンは鼻息荒く、身を乗り出してくる。



「姉さんが突然『王宮侍女試験に申し込んだから、ちょっと王都に行ってきます』って言い出した時の、僕や父さん達の気持ち分かる!?」

「いや、だって……」



 そこを言われると、流石にバツが悪い。



「お給金が良かったし……昔から『行儀見習い』っていうくらいだから、色々と学べると思ったし……」



 当時政変直後で、王宮では沢山の侍女侍従の多くが解雇された時期だ。

 その為、王国中の貴族家に『王宮侍女侍従の募集』がかけられていたのだ。

 

 少しでも人が集まるようにと、少し高めに設定された給金と一年以上勤め上げた者に対して特別賞与が与えられると聞き、リューイリーゼは迷わず飛び付いた。

 事後報告になってしまったのは、本当に反省している。




「それに悪いんだけど、流石にお金目的の愛人契約とかだけは避けたかったというか……」



 

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