40、ミッションインポッシブル その1
出しなに、ラームニードがこんな事を言った。
「もし、相手が結婚詐欺師だったり、何股もかけているようなクズ野郎だったり、暴力を振るうような最低男だったら、リューイリーゼにはバレないように狙撃してくるように」
「そんな『ちょっとおつかい行って来て』的なノリで暗殺任務を頼まれる日が来ようとは、思いもしませんでした」
ナチュラルに何て物騒な事を頼んでいるんだ、この人は。
思わず眉間に皺を寄せたノイスを気にもせず、また服がハジけて半裸になろうとも、ラームニードは真剣だった。
流石に同僚の色恋沙汰からの殺人事件は修羅場でしかないので「暗殺業務は請け負っておりません」と丁重に断ったものの、どういう男かを見極めるようにという事は口が酸っぱくなる程に念を押されている。
***
(……悪い奴には思えないんだけどなぁ)
遠くの方に見えるリューイリーゼと、その隣で彼女をエスコートする黒髪の男の背中を眺めながら、何ともなしにそう思った。
仕立てが良い外出着を身に纏った彼は、若干気弱そうではあるが、人の良さそうな好青年だ。遠目にも二人は親しげで、時折楽しげに笑い合っている。
まだハッキリとは言えないが、ラームニードが危惧しているような『悪人』には見えなかった。
「……それよりも、なーんか顔に見覚えがあるような気がするんだよなぁ……」
「少なくとも、王宮では見た事がないと思う」
どことない既視感に首を傾げるノイスに、キリクがそう囁く。
いつもラームニードの側に控え、彼に害のある人物か目を光らせているキリクがそう言うのであれば、少なくとも王宮に登城しているような人物ではないのだろう。
ノイスも記憶を辿ってみるが、生家である侯爵家関係でも騎士団関係でも見た顔でもないように思えた。
「騎士団で警戒されているような詐欺グループのメンバーでもなさそうだしな……。そもそも、彼、若そうじゃない? まだ学院に通っているような歳なのかも」
「成程、あり得ますね」
よく考えてみれば、リューイリーゼだって学院に通っていてもおかしくない年齢である。
そう考えると、一番あり得そうなのは同郷の知り合いという線だろうか。……友人なのか、恋人なのかは分からないけれど。
そんな事を考えているうちに、リューイリーゼ達は目的地に着いたようだ。
「……マダム・サリサの店か……」
マダム・サリサの店は、最近話題の洋服店だ。
女性用のドレスを主に扱っていて、伝統を大切にしつつ斬新さも光るデザインは、若い女性を中心に注目されているという。
確かにあの店に入るつもりだったのなら、リューイリーゼ達がああいう服装を選んだ理由も納得出来た。
それよりも、
「まさか、こんなに早くこのカップル設定を活用する時が来るなんて……」
「この格好して来て良かったでしょう?」
「本当に良かった……」
ノイスは虚な目で、しみじみと頷いた。
マダム・サリサの店は、男性用の小物類も取り扱ってはいるが、メインの客層は女性客である。男二人で店内に入れば、それはもう目立った事だろう。
リューイリーゼ達が入ってから、少し間を置いて店内に入ると、笑顔の店員が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
「少し小物を見せて頂ける? 帽子と……そうね、スカーフやショールも良いわね」
出迎えてくれた店員にそう返すキリクに合わせて、適当に頷いたり返事を返しながら、ノイスは何気なく店内を見回した。
リューイリーゼ達は店内の奥の方で、店長であるマダム・サリサらしき人物と服を見ながら何かを話しているようだ。
彼女達が見ているのは、展示されている……。
「う……ウエディングドレス……!!」
ノイスは思わず呻いた。
これは、まずいのではないか。
恋人どころか、人妻まで一直線だ。
ウエディングドレスの方へ目線が釘付けになってしまったノイスの足を、キリクのヒールに強かに踏み付けられる。
「いっ……!! いやぁ! あんな素敵なドレス、君になら絶対に似合うだろうなぁと思ってさぁ! なぁ、ハニー!!」
「やだ、ダーリンたら、気が早いんだからぁ!」
「ははは、ごめんよ、ハニー! あまりに君が美しいから!!」
痛みで涙目になりながらも、勤めて明るい笑い声を上げてみせた。
照れているように演技をしながらも、キリクの目は「何目立ってんだよ、演技に集中しろや」と雄弁に語っている。
ノイスは、演技ついでに素直に謝った。本当にごめん。
「式の際は是非当店でドレスを」とにこやかに営業をかける店員に適当にいなしている内に、リューイリーゼと青年はマダム・サリサと共に奥の小部屋へと入っていく。
「ほら、ダーリン。こっちの色の方が似合うー」
「ハニーこそ、こっちの帽子も……」
ラームニードにどう説明しようと内心頭を抱えながら、バカップル演技を続けていると、リューイリーゼ達が漸く部屋から出てくる。
三人は笑顔で、和やかな雰囲気で話している様子だ。
店員と何事かを話しているキリクは放って、ノイスは商品を眺めながら何気なく会話が聞こえる所まで近付いていく。
「……では、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
そうやって握手を交わし、マダム・サリサが悪戯げな笑みを浮かべる。
「ふふ、折角出来た縁だもの。もしウエディングドレスを作る予定があるのなら、是非私に作らせて下さいね」
思わず、一瞬呼吸が止まる。
しかし、それを聞いたリューイリーゼはおかしげに笑って、隣に立つ青年を見上げた。
「だって。良かったわね、マダム・サリサにお願い出来るんだもの。きっとお嫁さんも喜ぶわ」
「何で僕の方に振る訳? 順番で言ったら、僕より先の人がいる筈なんですけど」
「私は暫くする気は無いもの」
「あー、またそういう事言う……」
「あなたはいないの? 学院の同級生とか!」
揶揄うようなリューイリーゼと、それに対し嫌そうな顔を見せる青年。
それも、照れて嫌がっているというよりは、本気で面倒臭がっているような表情だった。
そういう機会が来たら是非お願いします、と店を出て行くリューイリーゼ達に、ノイスはホッと息を吐く。
何だか分からないが、どうやら二人は恋人同士ではないらしい。
互いの相手が別の人物である事を疑っていなかったようだったし、少なくともリューイリーゼは暫く結婚する気はないようだ。
(とりあえず、一番心配していた事態にはならないっぽい!!!)
ノイスは心の底から安堵した。