4、第一回全裸対策会議その2–そんな罰ゲームみたいな
「そして、呪いについてですが……魔法師団長」
「はい」
騎士団長の促しに、魔法師団長が眼鏡を押し上げて口を開く。
「我々魔法師団の見解では、国王陛下にかけられた呪いの発動条件は『他者への悪意』かと思われます」
これまで服がハジけ飛んだ状況と、魔女が残した言葉の意味、そしてラームニードに残された魔法痕から推測するに、呪いは彼が他者へ敵意や害意を見せた時に発動する。
つまりは、罵倒や暴言だ。
まだ確認は出来ていないが、恐らく暴力もこれに含まれるだろう、と魔法師団長は続けた。
「一度目は、下着以外の全ての服がハジけ飛びます。言わば、警告のようなものでしょうか。その状態で二度目が発動すると……まあ、その……全て無くなる形になると言いますか」
いわゆる、すっぽんぽんである。
「そんな罰ゲームみたいな魔法あります???」
「現実を直視したまえ。実際問題、全裸を晒されているお方がいるのだ」
「下着で一呼吸置いてくれるなんて、ちょっと優しいな」
「優しいか? 一見ただの冗談のようだが、冷静に考えるとえげつないぞ」
「本当に何を考えているんだ、魔女」
詳細を聞いた大臣たちは、呪いをかけた魔女の人間性(魔女性?)を疑った。
魔女は人知の及ばない存在だとされているが、それにしても色々と酷い。
「魔法師団長、その呪いは解けるのですか?」
「……ハッキリと申しますと、難しいかと。そもそも、魔女が使う呪い──魔法と我々が使う魔法では、仕組みがまるで異なっているのです」
今現在王国内の魔法師が使う魔法は、【はじまりの魔女】ピーリカがかつて人間に齎したものであり、彼女が人間でも扱えるように簡略化したものだ。
魔女が使うものと比べるとその威力はどうしても劣るし、物体に魔法回路を組み込んで特殊な効果を付加させる魔道具作りの方が人の手で御し易い為、そちらの方ばかりが発展していってしまった。
王国に魔法師団があるとはいっても、実態は魔道具の研究を行う研究所のようなものである。魔女の呪いを破れというのは、あまりにも荷が重い。
「魔女の魔法は、その構造が一見単純であるかのように見えて、酷く複雑です。例えば【守護の結界】の効果を思い出していただけると、もっと理解がしやすいかと」
──あなたの国の前途に幸運を。そして、あなたの子らが末永く幸せでありますように。
初代フェルニス王と関係があったとされる魔女ピーリカは、そう言って王国全土に魔法をかけた。それが、『守護の結界』である。
しかし、守護の結界は単純に全ての厄災や外敵を防いでくれる訳ではない。
例えば、災害ならば人死にや生活に大きな支障が出るようなものは防いでくれるが、大雨や台風などの軽微なものであれば、普通に起こる。
また、過去の歴史の上で他国から攻め入られた事は幾度もあるが、攻め入ってきた相手国内で謀反が起こって戦争どころじゃなくなったり、行軍中に将校らにありとあらゆる不幸が起こって再起不能になり軍が瓦解したり、香草と毒草の見分けが付かないまま食べてしまい軍が半壊したり、とにかく王国側には被害が最小限で、かつ都合が良い状態で決着を迎えている。
つまり、『国を守る』という魔法でありながら、ただ国を守ってくれるだけではないのだ。
そして、その効果にはそれぞればらつきがある。
それは、魔法師らにとっては、理解の範疇を超える事だという。
「我々人間が使う魔法は、標的と効果を明確に設定する必要があります。例えば、今回の呪いならば『国王陛下が他者に悪意を抱いた時に、二段階に服がハジけ飛ぶ』」
恐らく、その場にいた全員はこう思った。
明確に言葉にすると、なんか嫌だなぁ、と。
「守護の結界ならば『フェルニス王国が末永く幸せに存続出来るよう、何が起きても大きな問題へは発展せず、良い感じに収まるような幸運を齎す』と。……ここまで明確に設定しなければなりません」
そして更にこうも思った。
守護の結界の方は明確じゃなくないか? 良い感じって何だよ、と。
しかし、微妙な顔をしながらも特に突っ込みを入れずに、全員黙って話を聞いていた。
皆良い大人だし、いちいち突っ込みを入れていたら話が進まない。
「しかし、この二例から推測するに、魔女の魔法はそうではない。例えあやふやな部分があったとしても発動は可能なのです。解呪をするのなら、魔法痕から解析するのが一般的ではありますが、そのあやふやさが大きな障害となるでしょう」
何せ、魔法式の所々が省略されているのだ。解読するのは、困難であろう。
「その全容を把握するだけでも恐らく十年以上、解呪するのであれば、それと同じくらいは必要だと考えていただきたいと思います。一番手っ取り早いのは、魔女を探し出す事でしょうが……」
「……難しい、か」
言葉を濁した魔法師団長に、全員が低く唸った。
魔女という存在は勝手気ままで、滅多に人前に姿を現すことはないと言われている。
王国の三百年近くの歴史上でも、魔女が現れたのは今回を含め二度しかない。探そうと思って探し出せるとは、到底思えなかった。
にっちもさっちも行かない。
宰相は深いため息をついた。
「……とりあえず、魔法師団は解呪の方法を探しなさい」
「はっ、全力を尽くします」
「騎士団は魔女の捜索を。魔女は魔法を使って移動している可能性もあるでしょう。また、呪いをかけた魔女とは違う魔女がいる可能性もあります。ゼナ村周辺だけに留まらず、広く情報を集めるのです」
「心得た」
魔法師団長と騎士団長に指示を出した宰相は、その場の全員をぐるりと見渡した。
いつも飄々とした笑みを浮かべている宰相には珍しい神妙な顔つきに、その場の全員の表情が引き締まる。
「皆も心しておいてください。いつ何時目の前に裸身が現れても、動揺を表に出してはいけません。平常心です。それが無理と思うならば、即刻王宮を去りなさい。血縁の者にも配下の者にも、それを懇々と言い聞かせるのです。……意味は分かりますね?」
ただでさえ、呪いのせいで王の機嫌はこの上なく悪いのだ。
狼狽えて無能と断じられるくらいで済めばいいが、例えばもし万が一にでも噴き出しでもしたら、どうなる事か。
想像をしてみたらしい参加者達の顔が、真っ青を通り越して白くなっていく。
「絶対に、こんな戯けた呪いで死人を出す訳にはいかないのです」
決意を表明する宰相に、彼らは深く頷いて同意を示す。
言葉に出さずとも、その場にいた全員の心は一致していた。
──死因が全裸にだけはなりたくない、絶対に。