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31、悲痛な慟哭(半裸)



「よく考えたら、扉を蹴り破る必要は無かったような気がするのですが。鍵、掛かっていませんでしたよね?」

「そうだ。お前が部屋に引き込まれさえしなければ、蹴破る必要は無かったんだ」

「理不尽な事を言われているような気もしますが、反論もし難い……!!」



 実際にその通りではあるものの、微妙に納得がいかない責任転嫁をされながら、すぐさま近くの服を常備してある部屋に入って、ラームニードに服を着せる。

 

 準備しておいて良かった、呪い対策用品。

 自分で自分を褒めてあげたい気分だ。そうしみじみと思う。



(……それにしても何だろう、この視線は)



 服を着せている最中、妙に感じる視線に戸惑いを隠せなかった。

 視線の主であるラームニードは、何か物言いたげにリューイリーゼを見ている。至近距離で見つめられ、顔に穴が開きそうだ。

 ふと視線を上げて目が合うと、ラームニードはバツが悪そうに視線を逸らす。



「あの、何かおっしゃりたい事でも?」

「いや……、その、いや……」

「言いたい事はハッキリと言え、と私におっしゃったのは陛下でしょう」

「……お前、言うようになったな」

「陛下のご指導ご鞭撻があればこそです」



 あまりにも煮え切らない態度に少々ムッとすれば、ラームニードはようやく観念したように話し始めた。


 メイドを使ったラームニードの襲撃未遂事件の事。

 そして、そこで捕まったメイドの証言から、それを企んだのがイシュレア・エルランダだったと判明したのだという。 


 その裏取りの調査をしていたのが、ラームニードの諜報役として働いていたキリクだったというのだから、驚きだった。



「……なるほど、『別に任された仕事がある』って、そういう事ですか」

「キリクはただの平民を側に置くだなんて、と言われる事も多かったですからね。『自分に付加価値を付ける』と一時期諜報部で修行していた事があるんですよ」

「それ以来、あいつは俺の忠実な目であり、耳だ。今回も、諜報と共にお前の護衛を兼ねていた」



 何でも、リューイリーゼが単独行動をする時は、キリクと騎士二人が交代で護衛についていたらしい。

 全然気付かなかったと驚くリューイリーゼに、アーカルドは「気付かれていたとしたら、流石にちょっと騎士としての自信を無くしますよ」と苦笑した。尤もである。


 犯人がイシュレアだという事が判明したものの、なかなか確実な物的証拠は得られなかった。

 メイドの目撃証言だけではしらを切られてしまえばそれで終わりだし、エルランダ家が催淫香を購入した記録はあったものの、一般的に広く流通しているものではあるのでそれだけでは弱い。


 そして、イシュレアが次に何か企むとしたら、まず王付きとなって間も無いリューイリーゼを味方として引き込む事を狙うと思われた。



「彼女の企みを予見してもなお泳がせていたのは、言い逃れが出来ない程の確実な証拠を得るため、ですか?」

「ああ。……だからあえてお前を囮にした」



 納得すると同時に、ようやくラームニードの視線の意味を理解した。

 

 ラームニードは、後悔しているのだ。

 確かに、リューイリーゼを囮として使うと決めたのは彼自身だ。しかし、決して刃物を向けられるような荒事に巻き込むつもりはなかったのだろう。

 だからこそ、今もなお痛ましい顔でリューイリーゼを見つめている。


 しかし、それが分かったからとはいって、リューイリーゼが言うべき事は決まっていた。



「ありがとうございました、助かりました」

「……お前、さっき俺が言った事の意味が本当に分かっているか?」



 素直に礼を言えば、ラームニードは渋い顔をした。

 


「俺は、お前を囮にしたんだぞ。危険に晒したんだ」

「分かっています。ですが、それも王の側近であれば当然の役目でしょう」

 


 ──王付きたる者、時に王の剣となり、時に王の盾となれ。

 

 それは、侍女長からの教えだ。

 直接的に何かをした訳ではないが、リューイリーゼがいたからこそ、ラームニードの頭を悩ませていた問題を排除する事が出来たのだ。

 

 危険に晒されたとはいっても、別に怪我をした訳ではない。

 この程度で王を助ける事が出来るのであれば、王付きとしての役目を十分に果たしたと言ってもいいだろう。


 そう告げると、ラームニードはまるで自分が刺されたかのような顔をした。

 別に責めた訳ではないのに、とリューイリーゼは苦笑する。




「陛下は私を信じて下さったのでしょう? それだけで十分です」



 

 ラームニードはリューイリーゼに対し、「気を付けろ」「危なくなったら逃げろ」と繰り返し警告を続けていた。身を守るための知識も教えてくれた。

 

 もし、リューイリーゼがイシュレアに懐柔される可能性があると想定していたならば──敵側に寝返る可能性がある者にそんな知識を与える必要がある筈はない。


 ラームニードは、リューイリーゼが自分を裏切らないと信じてくれたのだ。

 

 たとえ詳しい情報を教えなくとも、イシュレアの甘い誘惑を跳ね除けるだろうと。自ら危険な目に遭う選択をするであろうリューイリーゼを、出来うる限り守ろうと考えてくれた。

 その事実だけで、心がジワリと温められるような気持ちになる。


 

「まあ、せめて多少なりとも説明をしてくれたら良かったのに、と思わなくはないですが」

「……お前には腹芸をさせるのは避けた方が良いという結論に至った」

「え」

「多分お前は教えても教えなくとも、直球ど真ん中を突っ込んでいくだろう。それならば、下手な情報を与えて先入観を抱かせない方が良いのではないかという事になった」



 満場一致で決まった、とまで言われて、リューイリーゼは思わずラームニードの背後にいたアーカルドに視線を向ける。

 リューイリーゼの無言の圧に、アーカルドは気まずげにそっと視線を逸らした。



(失礼な! 私だって、弁えるべき場所は弁えられますよ!!)



 後でどういう事か、詳しい話を聞かせてもらわなければ。リューイリーゼはそう固く決心する。



 ───その時だった。




「──────ッ!?」




 突如顎をくいと掴まれ、リューイリーゼは息を呑む。

 

 気付けば、ラームニードの顔が間近に迫っていた。



(……か、顔が良い! 何これ、どういう状況!?)



 鼓動が早鐘を打つのを感じながら、努めて冷静な表情を保った状態のまま固まる。



「本当に怪我は無いんだな?」

「な……無いです……」

「ナイフを向けられていたようだが……」

「ご忠告通り、相手の足を踏んで逃げる事が出来たので」

「なら良し、よくやった」



 傷は無いと納得出来たのか、そろりとラームニードが離れていく。

 知らず呼吸を止めていたリューイリーゼは、ホッと胸を撫で下ろした。


 しかし、ここから反省タイムが始まるようだ。

 ラームニードの視線が鋭く細められ、リューイリーゼは思わず姿勢を正す。



「だが、人気の無い場所に連れ込まれる前に逃げろとも言っておいた筈だよな?」

「まさか、知らない人だけではなく、知っている人にも気を付けなければ駄目だとは思わなかったので……。そこは反省しています」



 一応警戒はしていたとはいえ、先輩の後に付いて行ってしまったのは、完全なるリューイリーゼの落ち度だ。そこは素直に反省しなければなるまい。

 


(何か企んでいる事に気付いていた筈なのに、何故適当に躱さなかったの。ああ、本当に私の馬鹿。……馬鹿?)



 そこで、はたと気付いた。



「……なあ、こいつの太々しさは囮に向いているといえば向いている方かもしれないが、決して任せてはいけないタイプのような気がするんだが、気のせいか?」

「気のせいではないと思います。例え腕の一本や二本失ったとしても、目的の為ならそれも良しと割り切ってしまうタイプです。何をしでかすか分からないので、今後は絶対に止めましょう」

「同感だ」

「ハジけてない!」

「え、あ、うわっ!?」



 何とも言えない顔で顔を見合わせるラームニード達の間に割り込む。



「ハジけていないのです、陛下!」

「ち、ちょっと待て、落ち着け。一体何があったというんだ」



 興奮混じりに詰め寄れば、ラームニードは何が何だか分かっておらず、顔をほのかに赤らめて困惑している。

 それでもこの気持ちを早く共有したい、と気を沈めるために一度深く息を吐いた。



「陛下は、エルランダ侯爵令嬢を『愚か』だと仰いました。『馬鹿』とも『戯け者』とも仰いました」



 アーカルドが驚いて目を見開いた。

 ラームニードは、言われて初めて気付いたとばかりに目を瞬いている。




「ですが、服がハジけ飛びませんでした。呪いが発動しなかったのです!」




 普段ならば、一回の失言ごとに服がハジけ飛ぶ。つまりは、とっくのとうに全裸状態になっている筈なのだ。

 けれども、ラームニードは下着姿の状態のままをキープしている。



 ──これはもしかすると、呪いが解けたのでは?



 リューイリーゼの顔は、喜びに満ち溢れていた。アーカルドなど、目尻に浮かんだ涙を指で拭っている。



「嘘だろ……」



 歓喜に震えたラームニードは、次の瞬間拳を天に突き上げてこう叫んだ。




「どうだ見たか、クソババア!! 呪いに打ち勝ってやったぞ!!」



 

 次の瞬間、部屋の中に破裂音が鳴り、リューイリーゼとアーカルドは思わず両手で顔を覆う。

 希望が見えたと思った矢先に落とされた絶望は、あまりにも酷だった。

 



「何でだよ!」




 ラームニードの悲痛な慟哭は、まるで王宮中に響き渡るかのようだった。



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