3、第一回全裸対策会議その1–魔女の呪い
全裸に頭を抱える人々。
その日のうちに王国の上層部が緊急招集され、会議が開かれる事となった。
議題は勿論、王の服がハジけ飛ぶ件についてである。
「まさかこんな真面目に、しょーもない会議を開く日が来ようとは……」
「出来れば、一生関わりたくはなかった……」
席に着き、『第一回全裸対策会議』と題された会議用の資料を眺める宰相と騎士団長は、まるで死んだ魚のような光の無い目で嘆く。
王の沽券に関わる重大な事件ではあるのだが、出来れば見なかったことにしたかったし、心底関わりたくなかった。
それでも、まるで息を吸うか如く服がハジけるのだから、仕方がないけれども。
部屋に集まってきた参加者たちも各々の席へと座り、置いてあった資料に目を通して目を剥いた。
「コイツ正気か?」「第一回ってなんだ、次もあるのか?」という困惑の視線を部屋のあちらこちらから受けながら、宰相は口を開く。
「これより、第一回全裸対策会議を始めます。噂を耳にしている人もいるかもしれませんが、概要は資料に書いてある通り」
「ちょっと待って下さい」
参加者の一人が手を挙げ、待ったをかけた。
「この資料に書かれている事は事実ですか?」
「勿論」
「嘘偽りなく?」
「神に誓って」
「別にふざけている訳でもなく?」
「流石の私でも、こんな不敬極まりない悪ふざけをする訳がないでしょう。命がいくらあっても足りない」
疑り深い男に、宰相はため息を吐く。
これが悪ふざけだったら、満場一致で打首間違いなしだ。むしろ、王自ら首を狙ってきかねない。
それでもまだ疑う視線に、見かねて口を挟んだのは騎士団長だ。
「……信じたくない気持ちも分かるが、これは紛れもない事実だ。私も実際に目にしたが、我らが国王陛下の服がなんかこう……瞬時にパァンと細切れになったのだ」
悲しげに首を振る騎士団長に、室内は静まり返った。
気真面目で実直な騎士団長が証言をした事で、ようやく現実の事だと理解したらしい大臣達は、揃って顔を真っ青にして俯く。
そんな彼らを眺めながら、宰相がボソリとぼやいた。
「なぜ皆、私の言う事は素直に信じてくれないのですかね……」
「普段の行いの結果では?」
誠に遺憾である。
「ゴホン……ちなみに、陛下は本日二度目の呪い発動による心痛により、部屋で休養を取られているため、今回は不参加となりました」
気を取り直してそこに補足を入れた宰相の言葉は、室内に絶望を齎した。
まさか、あの王の心が折れるだなんて。
これは思っていた以上に深刻な事態なのでは?
全員が絶句した隙を見て、話を進める。
「原因は恐らく、魔女の呪いだと思われます。その根拠は──」
***
フェルニス王国第十一代国王であるラームニードは、輝くような金髪とルビーのような赤い瞳を持つ『王国の秘宝』と謳われるほどの美貌の持ち主である。
けれどそれと同じくらいに有名だったのは、その気性の激しさと傍若無人な性格だ。
挨拶代わりに罵倒をし、気に入らない事があってもなくても、とりあえず罵倒をする。
まるで、触れるもの全てを傷付ける剥き身のナイフだ。
彼の機嫌を損ねるような事があれば、血の道が出来る。
そんな暴君だとして、近隣諸国にその名を轟かせていた。
そんな彼は、服がハジける事件の前日、近隣のゼナ村へと視察に赴いている。
「なんだ、あの村長は。態度が気に入らん。見ていて腹が立つ」
「この村はジジイとババアしかいないのか」
「あの建物はなんだ。こんな寂れた村に似つかわしくないほど、豪勢ではないか。やはり気に食わん」
そこでも、ラームニード王は通常運転だった。
そして一通り毒を吐き終えて、いざ王宮に帰る間際、出会ったのはある一人の老婆だ。
「偉大なる王よ、どうかこの哀れな婆に祝福を……」
薄汚れたフードを被った彼女は、まるで物乞いのように王へとその両手を差し出す。
そんな彼女を一瞥して、ラームニードは鼻で笑った。
「小汚いババアにする祝福などあるか。そのように穢らわしい姿を我が前に晒すな。くびり殺される前に、疾く去れ」
「ホッホッホ、難儀な坊じゃの」
王に対してあまりにも無礼な物言いに、「このババア」とラームニードの目が座った。
周りにいた護衛達も殺気立つ中、老婆はそんな事は歯牙にも掛けず、その笑みを深める。
彼女はその暗く窪んだ眼を細め、枯れ木のような細指で王を指して、こう告げた。
「酷く傲慢で、哀れな王よ。人を慈しむ心を知らなければ、お前は永遠に【裸の王】のまま、孤独に死んでいく事だろう」
その不吉な言葉だけを残して、老婆はまるで霧のように姿を消したのだった。
***
「──恐らく、その老婆は魔女だったのでしょう。彼女が残した言葉は呪いとなり、王に作用しているのだと思われます」
会議室は騒然となる。
「……えっ、【裸の王】って、そんな物理的に……?」
「ふーむ、服がハジけ飛ぶ呪いとは、なんと面妖な……」
「呪いって、てっきりもっとこう……国を滅亡に導くとか、子々孫々まで短命の呪いとか、血を根絶やしにするとか、そういう方向性のものかと思っていましたが」
「心底、服がハジけ飛ぶだけで良かった」
大臣たちは、しみじみと頷き合った。
魔女がよりにもよってそんなふざけた呪いを選んだ理由は謎だが、人命や国の存亡が関わるよりは余程良い。
王の威厳も服と一緒に吹き飛んでしまうが、こうなった以上犠牲になって貰う他ないだろう。多分、きっと。
強引に自分達を納得させ、宰相は話を続けた。