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29、リューイリーゼの怒り、そしてハジける服



「……は?」




 それまで余裕の笑みを浮かべていたイシュレアの顔が、一瞬で凍りついた。



「お断りすると言っているのです。私は王付き侍女──陛下の側近です。私が優先するべきは陛下であり、陛下から下されたご命令の他に何もありません。先日も言いましたが……あなたも文官ならば、陛下の臣下であるならば、分かるでしょう?」



 この人は、自分が何を口走っているのかをちゃんと分かっているのだろうか。

 王よりもただの侯爵令嬢である自分を優先しろなどという不敬かつ不遜な命令の意味を、本当に理解しているのか。


 王の妻に、王妃になりたいと口では言いながら、肝心の王をあまりにも軽んじすぎている。

 ラームニードを見栄えのするアクセサリー程度にしか考えていないのだ。

 もしここに騎士や近衛がいたならば、その場で切り捨てられてもおかしくはない愚挙である。



「なっ……」


 

 そう指摘されて自分の失言にようやく気付いたのか、それとも反論された事への怒りなのか、イシュレアの頬が赤らんだ。

 プルプルと震えて、リューイリーゼを睨みつける。



「……分かったわ、何が欲しいの?」

「は?」

「とぼけないでちょうだい。あなたは呪いのせいで無理矢理王付きとして召し上げられたのでしょう。より良い報酬を貰っていてもおかしくなかったわね」



 どうやら、より良い報酬を手に入れる為の駆け引きだと思われたようだと察し、リューイリーゼはムッとした。



「結構です。間に合っています」

「どうして? あの暴君相手に、そこまでする義理はない筈でしょう!」

「……あなたは、結婚したいと言った側からその相手を貶すのですね」



 苛立っているのか、もはや本性を隠そうとはしていないイシュレアにため息を吐く。

 しかし、リューイリーゼだって怒っているのだ。



「確かに自ら進んであのお方に仕えた訳ではありませんが、仕え続けると決めたのは私です。いくらお金を積まれようとも、良い条件を突きつけられようとも、主を裏切るなどあり得ません。私にだって、王付き侍女としての誇りがあります」



 確かに、リューイリーゼが王付き侍女になったきっかけが報酬である事に間違いはない。

 けれど、ラームニードを知り、共に過ごしていくうちに、徐々に気持ちが変化していった。


 放っておきたくないと思ったのだ。

 あのとんでもなく不器用で、とんでもなく素直でない彼を、少しでも支えたいと思った。


 その気持ちを、赤の他人に否定される筋合いはない。

 金に釣られて気軽に主を変えるような女だと思われるだなんて、リューイリーゼに対しての侮辱だった。




 ──────それに。




「それに……陛下は人には分かり難い所もありますが、とてもお優しい方です」




 確かに口は悪い。物凄くと言って良いほど悪い。

 けれどもリューイリーゼの知る限り、口では色々言ったとしても、理不尽に人を害する事はしない人だ。

 決して噂されているような、『血を好む暴君』などではない。口は確かに悪いけれど!




「暴君などではありません。あのお方を侮辱しないでください!」




 しばらく二人で睨み合って、ふと室内に笑い声が零れる。




「ふふ」




 イシュレアだ。

 イシュレアの形の良い唇が、奇妙な形に歪んでいる。




「ふふ、誇りですって? うふふ! うふふふふ!! どうやら自分が置かれている状況が判っていないようね。……やりなさい!」

「きゃあ!」



 突如、背後にいたメイドに羽交い締めにされた。

 もがくリューイリーゼに、麗しい笑みを浮かべたイシュレアが何かを取り出した。──小さなペーパーナイフだ。



「私に口答えをするだなんて、良い度胸じゃない。やっぱり痛い目を見た方がいいのかしら。……そうねぇ、例えばその可愛いお顔に傷が付いたら、どうするの? 見栄えが悪くて王付き侍女なんて出来ないわよね?」



 ペーパーナイフをチラつかせたイシュレアが、ゆっくりと近付いてくる。

 

 ただの脅しかもしれない。

 けれど迫り来る危機に、リューイリーゼは決心した。

 


 

(もうやるしかない!) 




 リューイリーゼは思い切り足を振り上げ、靴の踵で背後にいるメイドの足先を思い切り踏み付けた。

 悲鳴を上げたメイドの拘束が緩んだ隙に抜け出し、駆け出した。



「待ちなさい! ……きゃあ!?」



 イシュレアの静止も聞かず、またその後に響いた悲鳴にも振り返る事なく、一目散に扉へと走る。

 あと少しという所で、唐突に扉が開いた。開いたというよりは、破られたとか破壊されたといった方が正確だったかもしれない。


 扉を蹴破った人物は、ゆっくりとした足取りで部屋の中へと入ってくる。

 その人物を見て、蹲っていたメイドが「ひっ」と引き攣るような声を上げ、リューイリーゼは一瞬我が目を疑い、安堵のあまりその場にへたりと座り込んだ。


 助けに来てくれたのだ。

 それが嬉しくて、ほんの少し面映かった。


 入ってきた人物──ラームニードはリューイリーゼの視線に気付いて僅かに目を細め、そのままイシュレアの方へと視線を移して凶悪な笑みを浮かべた。



 そして、一言。

 




「良い度胸をしているな、雌豚ァ!!!」




 

 パァンと景気の良い音を立てて、服がハジけ飛んだ。





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