24、無意識に男のプライドを傷付ける所だった系侍女
「リューイリーゼ!」
背後から名を呼ばれ、足を止めて振り返る。
そこにいた予想通りの人物に、リューイリーゼは顔を綻ばせた。
「アリーテ」
アリーテはリューイリーゼの同期である伯爵令嬢で、友人だ。
新人研修でペアになった事がきっかけで意気投合し、それ以来仲良くしている。
「これから寮に帰るの?」
「アリーテも?」
「なら、一緒に帰りましょ」
笑顔で駆け寄ってきたアリーテと並んで、寮への帰路を再び歩き出した。
「なんか久々に会ったような気がするわね」
「異動してから、ちょっとバタバタしてたから」
「リューイリーゼが王付きだなんて、なんか今だに実感が湧かないなぁ」
「正直、私も。今だに冗談か何かなんじゃないかと思うもの」
リューイリーゼはアリーテの言葉に対し、至極真面目に同意する。
ただの下級侍女だった自分が色々なものを一足飛びして王付きになるだなんて、ほんのひと月前は思いもしなかった。
そのきっかけをくれた呪いに感謝の念を抱くと同時に、そのあまりにもな経緯にほんの少しの後ろめたさのようなものも感じているのも事実だ。
アリーテはそう感じるのも無理はないわよね、と笑う。
「噂の王付きの仕事はどう? やっぱり大変?」
「確かに色々と大変だけど、楽しいよ」
「そう言い切れるあなたって、大物よね」
「本当よ? 皆優しいもの」
もしかしたら、ラームニードの噂を信じているのかもしれない。そう思って、苦笑するアリーテに慌てて言い募った。
せめて友人にだけは、自分の主君を誤解してほしくはなかったのだ。
「……少し、色々な意味で驚くだけで」
「ある意味、そこが一番問題じゃないの?」
目の前で服がハジけたり、半裸になったり、全裸になったり。
誤解ではない事実に視線を泳がせれば、アリーテは呆れたように冷静なツッコミを入れてくる。
それは尤もだ。おかげで、相変わらず王付きの人数は現状維持のままである。
「大体、前から聞きたかったんだけど、何故そこまで平然としていられるの?」
それは全裸を目の前にして、という事だろうか。
アリーテに不思議そうに訊かれ、リューイリーゼはううんと唸った。これは口にして良いものか、ほんの少しだけ悩む。
「……誤解しないで聞いて欲しい上に、あまり人には言わないで欲しいんだけど」
「え? うん」
「うちの実家って物凄い田舎でね、夏になると子供達は川で水遊びをするの。服を着たままの子もいれば、下着姿になる子もいたし、用意周到にも着替えを持って行く子もいたわ」
流石にカルム家以外の貴族の目に触れれば、それだけで不敬罪になりかねないので、専ら森にあるいくつかの隠れスポットを使う自制くらいは出来ていたが、逆に言えばカルム家に対する遠慮というものはあまり存在しなかったし、カルム家もあまりに度が過ぎなければお目溢しをしていた。
カルム子爵領が変わっているとされる理由の一つでもある。
「男の子だけで遊んでいる時なんて、最悪ね。ノリで全部脱いじゃったりするんだから」
「……ええと、つまり?」
「うっかり、そういうのに鉢合わせちゃう時もあるって事」
流石に貴族であるリューイリーゼは誘われたりはしなかったが、森で薬草や山菜を取りに行ったりすると、度々そういう集団と鉢合わせたりする事があった。
最初はただ狼狽するだけだったリューイリーゼも次第に学習し、夏になると川の近くには出来るだけ近寄らないようにしていたが、それでも時折不慮の事故は起こるものだった。
リューイリーゼに気が付くなり「やっべ、お嬢だ! 皆隠せ!」と彼らなりに気を使ってはくれていたのだが、やばい事であるという自覚があるのならもっと別の気の使い方があったのではないか、としみじみと思ってしまう。
「それに、陛下ってやっぱりお綺麗でしょう? あそこまで整っていらっしゃると、逆に芸術作品のように思えるというか……どうしたの?」
「あなた……それは絶対に他の人には言わない方が良いと思うわよ」
見れば、アリーテは頭痛がするとでも言いたげな顔をしている。
「……やっぱり、仮にも陛下を芸術作品って言ったら不敬かな?」
「そっちじゃなくて! いや、そっちも出来れば言わない方が良いとは思うけど!」
首を傾げてみせると、アリーテはああもう! と頭を抱えた。
「例えばあなたが異性に裸を見られたとして、『子供と似たようなものだから、別に気にしてないよ』とか言われたらどう思う?」
「物凄く納得した」
リューイリーゼはアリーテが出した喩えを聞いて、感心したように頷いた。
別に自分の身体に自信を持っている訳では無いが、子供と同列にされてしまっては、流石に女としてのプライドが傷付く。
恐らく、ラームニードも聞けば物凄く怒るだろう。
うっかりノイスなんかに話してしまったら最悪だ。二人揃って叱られる未来しか見えない。
「絶対に言わない。誰にも言わない」
「そうなさい」
リューイリーゼは、アリーテに対して心の底から感謝した。
持つべきものは、やはり友人である。