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22、不器用な心配



「リューイリーゼ」

「はい、陛下」



 改まった様子で名を呼ばれ、リューイリーゼは自然と背筋を伸ばした。

 目の前のラームニードはソファにゆったりと座り、いつもより何処か神妙な顔付きをしている。



「今日からお前は、正式に王付きとして認められる」

「はい、光栄です」



 リューイリーゼが王付き侍女候補となってから、ひと月が経過した。

 その間何も問題がなかったとして、本採用される事が正式に決定したのだ。

 


(本採用されるにあたって、知らなきゃいけない特別な情報だったり、心得があったりするのかしら……)



 ラームニードのあまりに真剣な顔に戸惑いつつ、ラームニードの話の続きを待つ。



「王付きとして任命される事で、謂れのない妬みや嫉みを受ける事もあるだろう。だが、王の側近たるもの、舐められてはいけない」

「はい」

「そういう輩は一度下手に出れば付け上がる。心胆寒からしめ、身の程を分からせるのだ」

「はい。……はい?」

 


 何だか話の方向性がおかしいような気がする。



「やられたら、毅然と跳ね返せ。むしろ殺られる前に殺れ。俺が許可する」

「いや、そんな許可を頂いても困るのですが!?」


 

 思わず、突っ込んだ。

 傍迷惑で物騒すぎる許可である。そんな人の生死に関わるような許可を、一介の侍女相手にホイホイと出さないで欲しい。

 

 リューイリーゼは、助けを求めるようにアーカルドに視線を向けた。

 アーカルドは何故か少し迷うような素振りを見せて、ゴホンと咳払いをする。



「陛下、リューイリーゼ殿はごく普通の侍女です。戦闘訓練を受けているならともかく、突然そのような事を言われても戸惑うだけかと」



 そうです、アーカルド様、もっと言ってさしあげて。

 リューイリーゼは心の中でアーカルドに声援を送った。




「であれば、相手を殺れなくとも身の安全を守って逃げられるような適切な対処法を示してやる方が、彼女のためとなるでしょう」




(アーカルド様!?)



 思わず、アーカルドを二度見した。

 止める方向が微妙におかしい。しかも、リューイリーゼが誰かに襲われる事は決定事項なのだろうか。

 

 困惑するリューイリーゼをよそに、ラームニードは「一理あるな」と頷いた。

 出来るなら、一理もあってほしくはなかった。



「まず大切なのは、相手が付け入る隙を作らない事だ。知らない相手に呼び出されたり、声を掛けられたら、まず警戒しろ。人目に付かない場所に連れて行かれそうになったら、適当な理由を付けて逃げろ。複数人で囲まれたら厄介だ」

「王宮ってそんなに治安が悪い場所なんですか……?」



 リューイリーゼは顔を引き攣らせた。

 どうやら集団リンチを覚悟しておかねばならないらしい。

 仮にも王のお膝元たる王宮内で、そこまでの危険を想定しないといけないとは。まるで、治安の悪い繁華街やスラムの話をしているような気になってくる。



「それでも避けられなくて危害を加えられそうになったら、迷わず人体の急所を狙え。

 まずは顔面。殴るなり、目を潰すなり、何かを投げつけるなり、頭突きするなり、何でもいい。怯ませて、すぐさま逃げろ。注目を集めるために、大きな声をあげるのも良い」

「それに、股間は男女問わず急所です。もしくは狙いやすい足も良いですね。向こう脛を蹴り上げても、足の爪先あたりを踏んでも、隙は作れると思います」

「急所ではないが、相手の指を掴んで、反対側に思い切り曲げるのも良いな」

「難易度が高くはないですか? その場からの撤退を目標とするならば、かけ続けなければいけない関節技は相性が悪いです。それに、相手が一人だけではなかった場合が……」



(……何、この状況……)



 戦闘に慣れていない人間でも簡単な不届き者の撃退法について、真剣に議論し合う二人に、リューイリーゼは何とも言えない気持ちになった。

 

 正直、置いてけぼりされている気分である。

 何故、この人達はこんな話でここまで盛り上がれるのだろうか。頼みの綱だと思っていたアーカルドまでがこうなると、絶望感が凄い。



(そう言えば、ノイス様が以前「アーカルドは真面目すぎて、時々馬鹿みたいな事をする」って言ってたっけ)



 まさに、この事だろう。

 

 何だか無性にノイスに会いたくなった。

 彼ならばきっと「言ってた意味分かっただろー!?」と嬉々としてリューイリーゼに共感してくれるだろうに。




「とにかく」




 ラームニードの語調が変わり、現実逃避をしていたリューイリーゼの意識が引き戻される。




「騎士の訓練もした事ないような奴に、敵を倒せなどと贅沢な事は言わん。どんなに難しかろうとも、どんなに卑劣な手段を使おうとも、生き足掻け。それが、王付きたる者の勤めだ」


 

 

 思わず、目を瞬いた。

 言われた言葉の意味を考え、ようやくその意図を理解する。




 ──どんな手段を使ってでも良いから、生きて俺の元へ戻ってこい。




(なんだ、心配してくれてたんだ)



 示した方法は若干……いや、大分乱暴だったが、それでもリューイリーゼの安全を思って言ってくれていた事に気付いた。

 素直に気を付けろとだけ言えば良いのに、なんて不器用な。

 

 フォローを入れる役目だったのであろうアーカルドはその実直すぎる性格が災いし、上手く話の誘導が出来なかったため、今のこの状況なのだろう。



(こういう事は、ノイス様に任せれば上手くやってくれるのに。……でもきっと、揶揄われるだろうから、それは嫌だったのね)



 このおかしな状況になるに至った全容が何となく理解出来てしまい、思わず笑いが込み上げて来る。

 クスクスと笑っていると、ラームニードの片眉が上がった。


 違うのです。別に馬鹿にしている訳ではないのです。

 そんな気持ちを込めて、かぶりを振った。




「心配してくださったのですね、ありがとうございます。ご期待に応えられるかは分かりませんが、全力で努力してみます」




 素直に感謝を述べれば、ラームニードのルビーのような瞳が丸くなり、ついと逸らされた。

 憮然とした表情ではあったが、よく見れば耳が赤く色付いている。



(本当に何て不器用な方なのかしら)



 いつも天上の人のように思っていたラームニードが、何だか急にごく普通の青年のように思えた。

 微笑ましくなって、また笑いが込み上げてくる。



 駄目だ、呪いが発動して陛下がまた裸になってしまう。笑うのを止めなきゃ。

 でも嬉しい。心配されるほどあなたに認められたような気がして、本当に嬉しい!!


 

 リューイリーゼの心配をよそに、呪いは発動しなかった。

 ラームニードは呆然とただじっと笑い続けるリューイリーゼを見つめていた。

 



 ──まるで、魅入られるかのように。




今日は夕方あたりにもう一話投稿予定です。

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