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21、彼の人は如何にして2 ー粛清、そして血染めの王

王様の過去話その2。



 衝撃の事実を聞いて、リューイリーゼは唾を飲み込んだ。

 

 やけに口が乾く。

 真実を知った当時のラームニードの心境を考えて、胸が痛くなった。

 



「……それは……前王妃陛下たちはご存知だったのでしょうか?」




 知っていたならば、初めからラームニードを殺すつもりでいたのだろうか。

 リューイリーゼの疑問に、侍女長は否と返す。




「いいえ、この事実は当時、継承の儀を受ける王の子にしか知られていませんでしたから。へレーニャ様は先王陛下に対し、しきりにトロンジット様を次期王位継承者に定めるよう求めていました。先王陛下さえ懐柔出来れば、どうとでも出来ると思っていたのでしょうね」



 

 へレーニャに強請られれば、どんな願いでも大抵叶えてみせたニルレド王だが、次期王位継承者関連の話に関してだけは「継承の儀でどちらが相応しいか自ずと決まる」と頑として頷かなかった。


 ニルレド王からしてみれば、トロンジットも二分の一の確率で王になる可能性があった。そんなに言うほど王に相応しいのならば自然と祝福が選ぶに違いない、と信じてやまなかったのだ。


 トロンジットは、己がニルレド王の血を引いていない事を知り、愕然とした事だろう。

 兄と慕った人を殺めるしか、自分が王座につく道はなかったのだから。



「幸い、毒を飲んですぐに対処が出来たので、ラームニード様の命に別状はありませんでした。しかし、王位継承権を持つ王子の暗殺未遂事件が起こってしまった事。そして、トロンジット様が自分がヘレーニャ様とロンドルフ公爵との間に生まれた不義の子である事、そして彼らが今までにラームニード様に行った悪事を白日に晒した事によって、事態は大きく動きました。いくら先王陛下でも、見過ごす訳にはいかなくなったのです」



 へレーニャとロンドルフ公爵は姦通罪、そして王位簒奪を目論んだとして公開処刑され、それに手を貸し、同調していたへレーニャの生家である侯爵家は取り潰しとなった。


 ロンドルフ公爵家は貴重な王家の血を守る為にかろうじて取り潰しは免れたものの、財産と公爵家としての権限を一部没収、そして当主の座はロンドルフ公爵の子ではなく、歳の離れた異母弟に引き継がれたという。


 また、事件に直接関わった者やラームニードを害した人間も一人残らず処罰を受ける事となる。

 

 そして、トロンジットも。

 彼の証言があってへレーニャらの蛮行を止める事が出来たという事を踏まえ、公開処刑ではなく毒杯を賜る事で決着した。


 ニルレド王はへレーニャらの処刑が終わった直後に、後を追うようにこの世を去った。

 愛した妻と信頼していた従兄弟の裏切りを知って、憔悴しきった様子だったという。

 

 また、継承の儀が遅れた関係で結界に異常が生じ、いくつかの領地で様々な災害が起こった。カルム子爵領の水害もそのひとつだ。

 不思議な事にそれによる死者は一人として出ず、ラームニードが王となって祝福の魔法印を発現させた途端、ピタリと止まったという。


 処刑、粛清、先王の崩御、災害──。

 不吉なものがてんこ盛りの状態で即位したラームニードは、周囲から敬遠される存在となっていた。


 涙一つ見せず、粛々と母と異父弟、そして幾人もの貴族の処刑と粛清を行ったラームニードに恐怖心を抱いた者もいれば、彼に対して後ろめたさを感じていた者もいた。


 また、最初から味方でしたというような顔で、おべっかを使って擦り寄ってこようとした貴族にブチ切れ、「ほんの数ヶ月前までは俺の事を取るに足らない存在だと揶揄していた事を知っているぞ、厚顔無恥にも程がある」とやり込めたのも理由の一つであるのかもしれない。



 ラームニードに悪感情や罪悪感を抱いた者たちは、いつしか彼を『血染めの王』と揶揄するようになった。


 親兄弟ですら平気でその手にかけた残虐な王。


 ラームニードを貶す事により、己の中の疚しい気持ちを正当化しようとしたのだ。




「そんなの、陛下は何も悪くないじゃないですか!!」




 気が付けば、リューイリーゼは憤りのあまり叫んでいた。



「いや、もう少し穏便な立ち回りは出来なかったものかと思わなくはないですが……」



 そして、後からそう付け足す。

 言っている事は尤もなのだが、もう少し周りに敵を作らない言い方を出来ないものか。 


 すると、珍しく侍女長は声をあげて笑った。



「ふふふ、そうね。その通りだわ。──ああ、貴女を王付き侍女をお願いして本当に良かった」

「え?」

「あの方には、そうやってちゃんと指摘してくれる人が必要なのよ。普通であれば、不敬だとされる事かもしれないけれど」



 そう優しげに目を細めて、侍女長は続けた。



「十年以上もラームニード様への虐待が見過ごされてきたのは事実です。あのお方は、元々お持ちであった筈のものを取り戻しただけにすぎません。それを野蛮だと言う権利は、誰にもないでしょう。あの方を救おうともしなかった者ならば、尚の事です」

「そういう人達は……その、粛清の対象にはならなかったのですか?」

「粛清の対象になったのは、ラームニード様に直接的な害を及ぼしたものだけです。それ以上となると、国内の有力貴族の大多数が対象になりかねませんし、ラームニード様も『使えるものは使うべきだから、捨ておけ』とおっしゃったので」



 それでも、王宮に勤めていた者で王都から追放された者は多く──特に侍女侍従の半数近くは解雇という事態に陥ったようだ。


 道理で王付き侍女侍従の選抜に苦労する訳だった。

 数がそこまで多くない上に、元々ラームニードの信頼を得ていない者までいるのだから。



「──これが、四年前の政変の内情です。ラームニード様……陛下が王宮の使用人ですら警戒するお気持ちが少しは理解出来るでしょう?」

「はい、十二分というのは烏滸がましいかもしれませんが、お気持ちは分かります」



 リューイリーゼは頷く。


 たかが四年、されど四年だ。

 実の母に虐げられて、父にも見て見ぬをされ、唯一心を許せた異父弟でさえ己を裏切ったのだ。

 十年以上かけて負った心の傷が、簡単に癒える筈がない。


 


「だからこそ、陛下にとっては【王付き】の存在は特別なのですよ。ただの国王付きの側近という意味ではなく、本当に陛下が信をおいた者にしかその呼称を許していません」




 その言葉に、少しだけ不安になった。




「私もその一人として括られて、本当に良いのでしょうか?」




 リューイリーゼは言ってしまえば、ラームニードに仕えたくて王付き侍女になったのではない。報酬目当てだ。

 そんな自分が国王の忠臣という括りに入れられるのは、少し気が引ける。




「先程も言ったけれど、貴女のような人があの方には必要なのよ。陛下の事を少しでも理解しようと考えて、直接忠言をしようとする人間が。……それに、初めはそうでなかったとしても、陛下のために怒り、悲しんでくれる貴女を私は信じていますよ」




 侍女長の空色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えた。

 一見穏やかに見えるが、上に立つものとしての威厳に満ちた鋭い視線に、自ずとリューイリーゼの背筋が伸びる。




「王付き侍女となったからには、妥協も油断も許しません。未だあのお方に反感を抱いている者も少なくはありません。少しでも、付け入れられる隙を無くすに越したことはないのです。充分に肝に銘ずるように」



 リューイリーゼは迷わず礼をした。




「かしこまりました」








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