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2、冗談のようで冗談じゃない知らせ

 


 その前代未聞の知らせを聞いた宰相は、思わず耳を疑った。





『国王陛下の服が突如ハジけ飛び、公衆の面前でその肌を晒された。至急救援を乞う』





「はっはっは、まさかあの御仁がそんな冗談を言うとは珍しい。明日は槍でも降るのでは?」



 あの堅物が服を着たような男が、そんな事を言うだなんて。


 そう笑って、ふと違和感に気付いた。

 伝言を伝えに来た騎士の様子が、どうにもおかしい。何か恐ろしいものを見たような引き攣った顔に、嫌な予感がした。



「……冗談なのでしょう?」

 


 出来れば、そうであってほしい。

 恐る恐る確認した宰相に、騎士は黙って首を横に振った。

 答えは、それで充分だった。

 




***





 宰相は走った。

 これまでの人生で一番と言っても良いのではと思ってしまうほどの、全速力だった。



「ゼー、ハー… …ハー、ゴホッゴホッ」

「宰相殿、ご無事か」

「心配、無用、です……」



 指定された応接室に辿り着いた宰相は、息も絶え絶えだった。

 騎士団長とやり取りをしながら、その隣のソファに座って息を整え、正面に座る人物の様子を窺う。


 宰相の正面に座っているラームニード王は、不貞腐れた様子でそっぽを向いていた。

 着替えたのか、ちゃんと服は着ているようで少しだけホッとする。




「それで……詳しい状況を伺いたいのですが」




 なんとか呼吸を落ち着けて、事情を聞く事にした。

 問われたラームニードは、チラリと傍らに控えるアーカルドを見た。



「おい」

「……! は、はい。僭越ながら、ご報告申し上げます」



 その鋭い視線を受けたアーカルドは一瞬ビクリと肩を揺らしたが、すぐにその意図を理解したらしい。

 彼は騎士の礼を取り、事件の状況を話し始めた。




***




 事の発端は、ラームニードと侍女が廊下でぶつかってしまった事だ。


 ラームニードは護衛であるアーカルドを伴って、執務室に向かう所だった。

 しかし、その途中の曲がり角で、角の向こうから小走りでやって来た侍女とぶつかってしまったのである。


 幸いにもアーカルドがラームニードを庇ったので大事には至らなかったが、他でもない国王に向かって無礼を働いてしまった侍女は慌ててその場に跪いた。



「申し訳ございません、ご無礼をお許し下さい、国王陛下」



 許しを乞うた彼女を冷たく見下ろしたラームニードは、こう言い放った。




「……立場も弁えぬ子犬が、ちょこまかと。一族郎党根絶やしにされたいのか」




 次の瞬間、パァンと服がハジけ飛んだ。




**




「──えっ、そんな唐突に!? 何の前触れもなく!??」

「はい、見事な木っ端微塵でした」



 思わず宰相が突っ込むものの、真面目な表情で侍女が頷く。

 機嫌が悪そうに顔を顰めているラームニードや困ったような顔のアーカルドも否定しないということは、確かに事実なのだろう。


 事情を詳しく聞いても理解が出来ないとは、どういう事だ。

 宰相は困ったように騎士団長と顔を見合わせ、とりあえず続きを促した。




** 




 唐突に公衆の面前で下着を晒す羽目になったラームニードは、ぎゃあ、と悲鳴を上げた。

 いつも傍若無人に振る舞ってはいるが、流石に公衆の面前で裸体を晒すのは許容範囲外だったのだ。

 

 羞恥心と混乱のあまり、彼は呆然と自分を見つめる侍女とアーカルドに、八つ当たりのように罵声を浴びせた。




「な、何を見ている! 不敬にも程があるぞ!! 今すぐこの場で処される覚悟はあるんだな!?」




 パンツもハジけた。

 最後の頼みの綱がボロ切れ同然になり、ラームニードは本気の絶叫を上げた。

 

 


**




「……つまりは」




 全てを聞き終えた宰相は、困惑に困惑を重ねたような顔で口を開く。



「どちらも、陛下の発言の後に起こったと」

「ええ、それで間違いないかと。その……どういう仕組みかまでは分かりかねますが」

「ふーむ……」



 先程までよりは幾らか顔色が良くなったアーカルドに肯定され、宰相と騎士団長は頭を悩ませた。

 主に被害を受けたラームニードは話す気力も無いようなので、とりあえず二人で原因として考えられそうなものを挙げていく。

 


「……服の経年劣化、という線は」

「流石にあり得ないでしょう。王族が着用する物ですよ? そのような粗悪品を選ぶなど、以ての外です」



 王族が着用する衣類は最高級の物で取り揃えられているし、ボロ切れになるまで使うという事は絶対にありえない。

 というか瞬時に細切れになるという特殊機能を兼ね備えている服など、ある筈がない。



「後はどちらかが陛下に害意を持っていた、とか?」

「いや、その線も薄いかと」



 宰相がチラリと居合わせた侍女やアーカルドに視線を向ける。

 しかし、それをすぐさま否定したのは騎士団長だ。



「宰相殿を待つ間に身体検査を行ったのですが、刃物の類は出なかったのです。私が見張っていたので、捨てる間も無かったでしょうな。まあ、アーカルドは騎士として帯剣はしていますが、あのように剣圧で服だけを綺麗に微塵に切り裂くなど……余程の達人でも、たとえ魔剣でも出来るかどうか」

「ちなみに、貴方は?」

「出来る訳がないでしょう。私は剣士であって、曲芸師では無いのです」



 呆れたような騎士団長の言葉に、宰相は納得した。

 この王国一の剣技を誇る騎士団長でも無理なのであれば、ただの護衛騎士にはもっと無理だろう。

 何より、忠誠心に厚いアーカルドがそんな事を企てるとは到底思えなかった。



「というか、もし害意を持っていたとしたら、まず狙うべきは服ではなく命でしょうしね……。標的を全裸にさせるような計画を練ってる敵がいたら、別の意味で怖いです。とんだ変態暗殺者です」

「暗殺というか……まあ、ある意味、社会的に殺されかねないですが。例えば陛下の評判を落とすためだったり、嫌がらせという可能性は?」

「元々、うちの陛下にそこまで品行方正なイメージはないでしょう。正直、そこまで効果的ではないと思います。……嫌がらせであれば、多少の可能性はありますが」

「確かに」


「……おい、さっきから全部聞こえてるんだが???」

「「誠に申し訳ありませんでした」」

「社会的に殺されかねない男で悪かったな」


 

 青筋を立てるラームニードに、宰相と騎士団長は即座に謝る。

 ふざけたつもりは全くないが、確かに言い方は悪かった。




「念のために確認致しますが、何か思い当たる原因はございますか」




 宰相は、改めてそう尋ねる。



「服が勝手にハジけ飛ぶ原因を? 思い当たる者がいたとしたら、是非ともお目にかかりたいものだがな?」



 全裸によってプライドをいたく傷つけられた王は、当然の如く凄まじく機嫌を損ねていた。

 しかし、その燃えるような赤い瞳に睨みつけられた宰相は慣れたもので、飄々(ひょうひょう)と躱す。



「初めに念のため、と言ったではないですか。それに私は、陛下を不可能を可能へと変える御力を秘めた、尊き存在だと信じておりますので」

「そうやって適当に煽てておけば誤魔化されると思うなよ! このタヌキジジイ!!」



 怒声と共に、パァンと破裂音が響く。

 勢いで立ち上がったラームニードの服が、ハジけたのだ。



「………」

「………」

「………」



 本日二度目のパンツ姿になったラームニードは黙り込み、そのまま再び座っていた椅子にストンと座り直す。


 初めて怪奇現象を目の当たりにして固まる宰相と騎士団長とは違い、経験者達は回復が早かった。

 アーカルドが自分のマントを外し、侍女がそれを受け取って、素早くラームニードに巻き付けた。見事な連携である。



 しばらく、沈黙が続いた。

 ラームニードは怒りを通り越したのか真顔で黙り込み、その他の面々はなるべくそれを視界に入れないように、あらぬ方向に視線を向けている。非常に気まずい事この上ない。


 その状態がしばらく続いて、まず初めに口を開いたのは騎士団長だ。


 


「……何というか……」




 気持ちを落ち着けるかのように髪色と同色の赤い口髭を撫でながら、気まずそうに視線を泳がせる。




「実に不可思議な現象ですな。まるで、魔法のようだ」




 その言葉を宰相が拾って、苦笑を漏らす。




「流石に服がハジける魔法は実現が難しいと思いますよ。それこそ、魔女がいれば話は別ですが」




 ……()()だって?


 宰相と騎士団長がほぼ同時に何かに気付き、ラームニードの方を見た。

 二人に視線を向けられたラームニードも何か思い当たったようで、苦々しい表情をしている。

 苛立ったようにその艶やかな金髪をかき混ぜ、次に見せた顔は憤怒に満ちた凶悪なものだった。




「あのババア……! やはりくびり殺しておけば良かった!!!」




 室内に、二度目の破裂音と共に悲鳴が響いた。


 侍女は王の姿を覆う事が出来る大きめの布を探すために部屋の探索を始め、アーカルドは「私のマント……」とボロ切れ同然になってしまった自分のマントを見て嘆く。

 そして、宰相と騎士団長は主君のあられもない姿に目を覆い、深いため息を吐いた。

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