17、気になるあの子
おもしれー女が気になり始める王様。
それは、違和感だった。
いつもある筈のものがあるべき場所から消えていたような、パズルのピースがひとつだけ欠けていたような、ほんの些細なものだ。
何がいつもと違うのだろう、と考えて、ラームニードは思い至った。
「おい、リューイリーゼはどこに行った」
──リューイリーゼだ。
いつも執務室の隅に控えている筈の、リューイリーゼがいない。
彼女の居場所を問えば、紅茶を淹れようとしていたキリクが不思議そうな顔をしていた。
「何だ、その顔は」
「え、いや…………マジですかー…」
眉を顰めると、護衛のノイスも面白いものを見たとでも言いたげな顔だ。
ラームニードだけが分かっていないような状況の中、室内に不躾な笑い声が響く。
「ぶっ… …ククク……」
「……何がおかしい?」
「い、いや、別におかしいという訳ではないのですが」
笑いの出所である宰相をジトリと睨み付ければ、彼は笑いを誤魔化すかのように咳払いをした。
「リューイリーゼは侍女長の所ですよ。例の報酬の件です」
「陛下、朝の予定確認の時も、数刻前の申し送りの時も、リューイリーゼ嬢はちゃんと言ってましたよ。『今日は侍女長に礼儀作法の教育を受ける日なので、数刻席を外します』って」
宰相どころか、ノイスにまで指摘を受け、漸く思い出した。
そういえば、彼女がそんな事を言っていた。そして、自分はそれに「分かった」と返したのだった。
彼らが妙な顔をしていた理由が理解出来て、途端にこの空間が物凄く居心地が悪いものへと変わる。
リューイリーゼは、警戒を解いて接してみればラームニードにとってとても付き合いやすい侍女だった。
勤勉で察しが良く、呆れるほど正直すぎる事もあるが、嘘は言わない。
ラームニードが一緒にいて不快にならない、実に理想的な侍女だ。
まだ勤め初めてほんの少ししか経っていないのに、まるで空気のように自然と──居ない事に違和感を覚えてしまうほどまでに、側にいる事に馴染んでしまっている。
───確かに、その自覚はあるけれど。
(ええい、そんな生暖かい視線を向けるな、腹が立つ!)
バツが悪くなって黙り込めば、キリクにさっと紅茶を差し出される。
内心の動揺を悟られないよう、紅茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。
キリクは相変わらず良い仕事をしている。流石は俺の侍従だと褒めてあげたい気分だった。
「──まあ、ともあれ、良い関係を築けているようで安心致しました。それに、思っていた以上に得難い人材だったようで。なんせ、冗談ではなく王都中の布という布が木っ端微塵になってしまう所でしたからね」
唐突に痛い所を突かれ、ラームニードは渋い顔をした。
「嫌味か」
「いいえ、単なる事実でございますよ。このままでは『国王陛下の全裸を防ぐために邸宅にある衣類・布類を差し出せ』などという馬鹿げた御布令を出さねばならない所でした」
既に元よりラームニードが持っていた衣装類は、儀礼用や式典用などを残して全滅している。
王が着る物なので下手な物を着せる訳にもいかず、今は王都中の仕立て屋に頼み、急ピッチで服を作っては納品してもらう日々だった。
初めの内は「特需だ」と王宮からの大型依頼に喜んでいた彼らも「もうお金は良いですから休ませて……」と倒れる寸前だ。
勿論、財政を圧迫しているとハーリ財務大臣も涙目で、あらゆる方面が極限状態だったのは言うまでもない。
リューイリーゼの提案が、あらゆる意味でフェルニス王国を救ったのだ。
「幾ら面白い事好きな私でも、流石にそんな形で歴史に名が刻まれるのは嫌ですよ。絶対に後世の歴史の授業でネタにされるじゃないですか」
「それは『裸になる呪いをかけられた王』として確実にネタになるであろう俺に対して、喧嘩を売っているのか?」
やれやれと肩を竦ませた宰相をジトリと見遣る。
呪いの件に対しては既に諦めてはいるものの、ラームニードだって己の治世下で『全裸が原因で財政破綻』などという、不名誉すぎる歴史が刻まれるのは流石に嫌だ。後世の人間だって、反応に困るだろう。
まあ、それでも発動すべき時に発動するのを止める気はないのだけれど。
それは置いておいて、
「……まあいい、本題に入るぞ」