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14、突然の命の危機

とうとう向き合い始める王様と侍女。



 有り体に言えば、リューイリーゼは生命の危機に瀕していた。



 すぐ目の前には、ラームニードの美しい顔がある。彼に、昼寝用のカウチの上で押し倒されているのだ。

 とはいっても、決して色気のあるような話ではない。

  

 片手はカウチに押し付けられるようにして拘束され、掴まれた喉元は今にも握り潰されそうだ。

 そして、見上げた先のラームニードは、美しいけれど凶悪すぎるほど凶悪な顔をしている。喩えるのなら、今にも飛びかかってきそうな腹ペコの獅子である。

 流石のリューイリーゼも少し泣きそうになった。



 

「……貴様ァ、とうとう馬脚をあらわしたか?」




(あああああ、何だか分からないけど、これは絶対に勘違いされてる!?)




 リューイリーゼは理解した。

 

 今少しでも対応を間違えたら、自分はここで死ぬ。

 そして、今のこの状態を誰かに見られても、己の外聞に多大なダメージを受ける。

 呪いが発動してしまった暁には服だけでなく、リューイリーゼの外聞も木っ端微塵だ。たとえそれが事実でなくとも、『王にお手付きにされてしまった侍女』と周知されてしまうだろう。



 ──つまり、だ。



 リューイリーゼはラームニードの服がハジける前に、どうにか誤解を解き、この体勢から抜け出さなければならない。

 

 目の前の恐怖に震えながらも、妙に冷静になった頭がそう判断し、それと同時にいつか聞いた言葉を思い出した。

 



『長く勤めていただくために、ひとつ忠告をしておきましょう。……陛下と話す時は嘘はつかない事です』




(──宰相閣下、その言葉、信じますよ!)



 

 心底、家族への手紙を書いていて良かったと思った。

 こうなれば一か八かに賭けるしかないと、リューイリーゼは腹を括る。




「も、毛布を!」

「……は?」

「毛布をかけようとしたんです! お風邪を召されぬようにと思いまして!!」



 目の前の赤い瞳を真っ正面から見つめ、半ばヤケクソのように叫んだ。

 何も言えずに殺される前に、そして呪いが発動する前に、強く主張する。

  


 別に危害を加えるつもりなんて、最初から欠片もなかったのだ。



 疲れたから休む、と言い残したラームニードは、執務室のカウチで仮眠を取っていた。

 騎士達は邪魔にならないようにと部屋を出て(というか約一名は追い出され)扉の前での警護に切り替え、キリクはラームニードから頼まれていた所用を済ませるためと言って、ふらりとどこかへと消えている


 残されたリューイリーゼはというと、まだ手元に残っていた衣類をそっとチェストに仕舞い終えると、ふと寝ているラームニードが気になった。


 春になったとはいえ、未だ肌寒く感じる時がある。

 呪いにかけられてからのラームニードは着替えが面倒だからと、比較的薄着でいる事が多い。

 ただ服のままカウチに横になっているだけなので、風邪を引いてはいけない。そう思って、毛布を掛けようと思っただけだった。



 拘束されていない方の腕で、必死に床に落ちた毛布を指差すと、それをチラリと横目で見た。しかし、ラームニードの表情は未だ険しい。



「だが、俺に触れようとしていたではないか」

「うっ……そ、それは……」



 ラームニードの頭部に手を伸ばそうとしたのは確かだ。

 だが、それは──。

 

 一瞬だけ迷ったが、正直に白状する事にした。

 ここで少しでも誤魔化すのは、明らかに悪手である。たとえ少しでも、生存の可能性がある方へ賭けたかった。



「陛下が魘されていらっしゃって……それを見ていたら、その……弟、を思い出してしまって」


 

 弟のジュリオンはとても臆病な性格で、幼い頃、怖い話を聞いた日の夜はしょっ中魘されていた。 

 似ている部分は『性別男』という点ぐらいである筈なのに、ラームニードが魘されるその顔が、どうしても(ジュリオン)と重なってしまった。

 だから、つい手が出てしまったのだ。




「何となく頭を撫でて差し上げたいなという気分に駆られて、つい手が出てしまいました! 誠に申し訳ありませんでした!!」




 許可なく王族の身体に触れようとするなど、言語道断だ。

 だがしかし、下心というよりは姉心。あるいは母性本能のようなものだ。それはそれで不敬ではあるのだが、決して疚しい気持ちはなかった。

 

 極刑覚悟で目を瞑りながら、沙汰を待つ───が、どうにも様子がおかしい事に気付く。




「……?」




 急に静かになってしまったラームニードを不思議に思い、顔を上げる。

 

 ラームニードは、なんとも言えない顔をしていた。

 喩えるならば、甘いと思って食べてみた菓子が塩っぱかったような、そんな微妙な顔だ。これは、一体どういう反応なのだろう。

 

 しばらく、目の前の赤い瞳と見つめ合う。


 この状況はなんだろうか、とキョトンと首を傾げてみると、ラームニードはハァとため息をついた。

 同時に、掴まれていた腕と首が解放される。これは許されたと思って良いのだろうか。


 とにかく今のうちに、と素早くカウチから降りて、姿勢を正して跪いた。



「言い訳のしようもありません。罰はご随意に」

「……ならば、ひとつ正直に答えてもらおうか」



 ラームニードは、ジトリとまるで探るような視線を向けてくる。




「貴様は何を考えている?」




 何を問われているのかが分からなくて、キョトンと目を瞬かせた。




「……何を、と言われましても」

「ずっと何か物言いたげだっただろう。害意を加えようとしている気配は見えなかったから放っておいたが……言いたい事はハッキリと言ったらどうだ」



 そこまで言われて、リューイリーゼは漸く思い至った。

 けれども、それを言っていいものかと一瞬だけ迷い、結局口にする。元より、リューイリーゼに選択肢などなかったからだ。




「…………どうして、陛下は敢えて厳しい言い回しを選ぶのかと思いまして」 





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