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嘘と菓子と結んだ約束


「あれ、御雪それどうしたんだ」


 翌日、弁当を食べ終わり昼休みも半ばに差し掛かった頃、御雪は友人の廣川楓(ひろかわかえで)に声をかけられた。


 楓はひとつ前の席に座りつつ、御雪の食べようとしている焼き菓子を指差す。


 ちょうど今ビニールから取り出されたばかりのソレは、シンプルだがアーモンドプードルを使ったであろう本格的なマドレーヌだ。

 そして、机の上にはレモンピールで彩られた別のマドレーヌもある。

 別に洋菓子に詳しいわけでない楓目線でも、買えばそこらのものより値段が張ることは想像に難くない。

 そのうえ、そんなに甘いものを好まない御雪が、洋菓子を食べていること自体がかなり珍しい。


 これらの状況を客観的に見れば、楓がマドレーヌの出所(でどころ)を不思議に思うのは当然のことのように思えた。


「……貰ったんだよ」

「……そりゃそーだよな、御雪みたいなケチくさいやつがこんな高級そうなお菓子買うはずがない。貰った以外の答えはないだろう……」


 嘘はついてない。なるべく端的に事実だけを伝えたつもりだが、楓にとって満足のいく回答ではなかったらしい。


「これについて重要なのは、同じ貰い物でも、いったい誰に、貰ったかだ!」


 楓は目を爛々と輝かせて、興味津々といった感じで身を乗り出してくる。

 好奇心旺盛というか、他人の事情に突っ込みたがるのは小学生の頃から変わらない楓の(さが)だ。

 御雪の経験上、こうなった楓は自身が納得するまでなかなか引き下がらない。


 だが、御雪としてもマドレーヌの出所はバラすわけにはいかなかった。


 春原舞冬(すのはらまふゆ)から貰ったこと、ましてや、それをカバンにしまってそのまま忘れ、今になってようやく思い出したということをバレるのは絶対に避けたい。

 バレてしまえば、今まで女子や恋愛に興味がないと公言してきた御雪が、実は他所で女子と仲良くしてると誤解されるのは目に見えている。

 それに加え、女子から貰った手作りお菓子をカバンに放置して忘れるような最低野郎だということも今後しばらく弄られることは明らかだ。


 引くに引けない状況に、必死に頭を回して出した答えは、「春原の母親」という微妙な嘘だった。

 しかしそれは同時に、御雪の心に罪悪感という足跡を残していく。


「あー、プリントとか届けてるやつね。よかったじゃん」


と、楓は納得した感じだが、実際のところは舞冬本人が作ったものだろう。

 確かに母親も一緒にキッチンに立っていた可能性はあるが、舞冬がエプロン姿だったことも考えれば多かれ少なかれこのマドレーヌには舞冬の手が加わっている、もしくは完全な舞冬作だと考えられる。


 だからこそ、自分の嘘で舞冬の労力を無かったことにしてしまうのは罪悪感があった。

 嘘をつかなければ困るのは事実だし、つかなかったとしても舞冬が(ねぎら)われるでもないが。


 思ったよりつまらない回答でこの話題に飽きたのか、楓は黙って外を眺め出す。


 ひとまずこれ以上の詮索が無さそうなことに安堵しつつ、チクリと感じた罪悪感を誤魔化すようにマドレーヌを頬張った。


 少し香りを強く感じたのは、誤魔化されんとする罪悪感のせめてもの抵抗のように思えた。







 そんなことがあったからといって、プリントを届ける業務が無くなるわけではなかった。

 放課後、いつも通りプリントを持って春原宅の郵便受けを伺うと、見慣れない紙が貼ってあった。


 郵便受けの扉に貼られたその紙には、「久山さん、お越しの際はインターホンでお呼び出しください」と丁寧な文字で書かれている。


 御雪としては、頼まれてやってることとはいえ、わざわざお礼を言われに人を呼び出すのは恩売りがましくて気が進まない。

 とはいえわざわざ書かれたものを無視するのも角が立つ。

 書いた人が舞冬の親である可能性も考えると、その懸念は捨てられるものではない。


 それらの状況を鑑みた結果、御雪は仕方なくインターホンを押した。


 ピンポーンという電子音の後、家の中からドタドタと走る音が聞こえてきた。


 (そんなに急がなくてもいいのに……)と待っていると、昨日とは打って変わって勢いよくドアが開いた。


「お待たせしました、久山さん」


 そう言って飛び出てきた舞冬は、昨日と違いエプロン姿ではなかった。

 髪は寝癖なのか、一箇所だけくるんっとはねている。


 服が寝巻きなのは昨日も同じだったが、今日は寝癖のせいか、どこか寝起きのような雰囲気を感じる。


 さっきのドタバタした足音から察するに、直前まで寝ててインターホンの音で飛び起きてきたのだろう。


 平日の日中に寝ていられることを少し羨ましく思いつつ、それと同時に睡眠を邪魔してしまったことへの申し訳なさを感じる。


 (押すんじゃなかった……)と思っても、押してしまったものは仕方ない。

 なるべく早く帰ろうと用件を切り出した。


「大して待ってないからいいよ。これ、今日のプリント」

「あ、ありがとうございます。コレ昨日焼いたやつですけど、今日のお礼です……」


 プリントが入った封筒と入れ替わりで手に渡されたのは、昨日と同じ紙袋。

 舞冬の言う通り焼きたてではないからだろうが、昨日のような温かさこそ無いもののズッシリとした確かな重量感を感じる。


「別にお礼とかいいのに……」

「いえ、私のせいで寄り道させてしまってるわけですし、これぐらいはさせてください」


 風が吹けば飛んでいきそうな儚げな見た目と声質の割に、耳に届く言葉にはどこか逆らいにくい覇気を感じる。


 有無を言わさぬ感じでキッパリと告げられ、(こりゃ引く気無しだな)と確信した。

 

 御雪的には、本人が希望するならこれ以上反抗する理由も特にないので、「まぁ、そっちが構わないならありがたく……」と返す。


 もっとも、舞冬は御雪の返事に関係なくすっかりその気らしい。

 柔和な笑みを浮かべて、明らかに嬉しげな様子で話を続ける。


「あ、苦手なお菓子とか、逆に好きなお菓子あります?難しい和菓子とかは無理ですけど、焼き菓子なら一通り作れますので」

「マジか、凄いな……。別に好きな菓子はないけど、あんま甘ったるくない方が好みかな……」

「わかりました。それじゃあ毎日は無理ですけど、週2ぐらいで作るので、次からインターホン押してください」


 「……え、そんな頻繁に……?」という言葉が、考える間もなく湧き上がってきた。月に一回とか、それ以下の低頻度をイメージしていた身としては、週に2回というのは不意に言われて理解出来る頻度ではない。


 別に御雪側が何か構える必要のあるわけではないが、今日のマドレーヌの手の込み様を考えれば完全に想定外の頻度である。


 いくら学校に拘束される時間がないとはいえ、料理にかける時間を鑑みれば、ありがたさというより申し訳なさが先に立つ。


 「流石に週2は……」と口を開いたが、発した言葉は「私が学校に行けないせいで迷惑かけてますから……」という消えてなくなりそうな呟きに遮られた。


 悲しげで、何処か縋るような呟きは、御雪に舞冬の本音を慮らせるのに十分だった。


 おそらく、舞冬としても御雪に対して罪悪感があるのだろう。

 如何なる理由があろうと、学生の本分である学校生活を拒否し、それで家族でもないクラスメイトに迷惑をかけているのだから。


 御雪も同じ立場なら、これぐらいのお礼はするかもしれない。自らの心の安寧のために。


 たとえ迷惑など思われていなくても、受け取ってもらえればそれが自分の心を救いそうな気はする。


 そのことに気付かされれば、舞冬の申し出を断る気にはなれなかった。


「わかった。次から郵便受けじゃなくてインターホンで呼び出すから」


 そう告げると、俯き気味だった舞冬の顔が勢いよく上がる。

 「はい!」と、笑みを浮かべる舞冬の目には、喜びと安堵の色が見てとれた。


 自分の選択は正しかったらしい。


 一転して嬉しげな笑顔に少し安心して、「それじゃまた」と別れを述べる。


 そうして舞冬に背を向ける直前、右手に持った行きは無かった紙袋の重量感が、言い忘れてたことを思い出させた。


「昨日のマドレーヌ、美味しかった。ごちそうさま」


 次会ったら必ず伝えようと思っていたこと。伝えるべきこと。

 危うく言い忘れるところだったが、舞冬の満面の笑みを見れば、思い出して本当によかったと感じた。


 元々儚げで淡麗な容姿の持ち主なのだから、笑えば当然、美しく可愛いらしい。

 女性に関心の薄い御雪でもそう感じるのだから、世の多くの男性は虜になるんだろう。


 そんな舞冬が、学校に来ずに引きこもってるのをなんとも勿体なく感じるのと同時に、他のクラスメイトの知らない舞冬の顔を知っていることに僅かに優越感を覚えた。


 「それじゃ、また」


 直視しづらい笑顔から逃げるように、二度目の別れの挨拶を告げて春原家の門を出る。


 家に向けて歩く中で、右手の紙袋の存在が舞冬と結んだ約束を思い出させる。


(別に負担になんて思ってなかったから、勝手に楽しみが増えちまったな……)


 自然と軽くなった足取りは、無自覚ながらも早くも次の配達を待ち侘びてるようだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お菓子を作っててくれる舞冬可愛いな。いつも御雪がプリントを持って来てくれてたからある程度信用してるのか、それとも人との関わりが少ないからわざわざ会いに来てくれる(?)ことが嬉しいのか。不登…
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