真実言っても、通じないよねー。
中二の冬、体育の授業で、10周の持久走をしている時だった。
私は肺が弱くて、それと同じクラスの親友が体力がないため、すぐにリタイヤしていた。
親友は口は悪く、姉貴肌って感じで、苦しそうにしている私をよく心配していた。
スタート地点では体育の先生がタイムを読み上げ、ペアの子がそれを記録表に書くというルールだった。
ちなみに、この先生は長距離の先生で、私たちよりも陸上部の子とは仲が良かった。
私は、その陸上部の長距離の子とペアになった(以下ペアの子をAとする)
あの日も、やっぱりその子はぶっちぎりのトップだった。
そして、事件が起きた。
7周に入る直前、先生はAに話しかけた。
「○○、遅いぞー」
「これでも超がんばってます!」
二人のやり取りを聞いて、Aの友達は笑っていた。
私は、先生が読むタイムを正確に聞きとって、記録しないといけないため、正直黙っていてほしかった。
しかし、先生は「遅いぞー」だけで、満足したかのように笑って、Aが8周に入った瞬間も何も言わなった。
聞き逃したわけでもない。だって、私はどんな形でも、どんな理由でも怒られることが世界で一番嫌い。だから、みんなの笑い声をシャットアウトして、聞こえなくなるほどの集中力は持っていた。それに、万が一聞き取れなくても、唇の動きで何を言っているのか分かる。幸い、その先生は声が無駄に大きくて、唇の動きも大きい。
なのに、何も聞こえなかった。それはつまり、先生がタイムを読まなかったのだ。
私はまず焦った。脳裏によぎったのは「先生、いやもしくはAに怒られる!」ということだった。
――これは何としてでも避けなければならない。
隣にいた親友に聞いてみた。
「聞こえなかった」
これは恨めなかった。だって、親友だもの。
「っていうか、そもそも先生タイム言ってた?」
私がそう言うと、親友は「聞こえないというよりも、言ってないよ」だった。
「だよね」と言って、先生の元へ行った。
「あの、Aさんのタイムをおっしゃっていなかったので、教えてほしいです」
この間に大量の人が過ぎていたら、『分からない』というのもうなずける。でも、みんなもうへばっていて、先生の元へ行く間、通り過ぎた人が誰もいなかった。つまり、先生が読んだタイムの中で、一番最近の記憶はAのタイムだ。これなら覚えているかもしれない。
「は? 言ったし」
「え、でも言ってなかった……」
「言った」
いや、こっちは「は?」だった。「言ってねえんだよ、だからこっちに来てんだよ。言ってたら、こっちに来ねえよ」と思った。が、8周目が終わるAが近づいていたので、素早く元に戻った。
今度は唇の動きもちゃんと見ていたし、ここでは声が聞こえていたから、安心。
9と10周目もちゃんと言っていたので、聞こえた。
問題は、7周め。
10周を走り終えたAに説明して、すごく謝った。許してくれた。
そして、みんなが席に座って、先生がAに近づいて、ノートを見た。
先生はこう言った。
「何で書いてないん!」
心の中では「お前のせいだよ。何言ってんだよ」と思いながらも、説明した。
「先生が言っていなかったので、分かりませんでした」
「はあ⁉ 言った」
なぜか分からないけど、初めて大人に反論した。
「言ってません!」
「言ったし。A、大会近いからちゃんと書いて!」
呆きれたような顔をして、戻って行った。
私はここから少しの間、怒り心頭で、記憶がない。けれど、隣にいた親友曰く「殺気オーラ出して、舌打ちしてた。ま、話の通じないのに、ムカついて何が悪い! って感じやんな」らしい。
実は、ムカついていたわけじゃない。ここからどうやって、先生に認めさせるかという案を練っていただけなのだ。その時「ああ、これだとこのリスクがある」「こっちだとこのリスクがあるし、心証を下げかねないな」と色々考えている時に、思わず舌打ちしちゃうのだ。
そして、私と先生の一部始終を見ていた男子も「頭切れる人がキレると怖いな」と言っていた。
ポーカーフェイスの私も、珍しくかなりキレていたらしい。
ピりついた空気の授業が終わり、またAに謝り、椅子に座った。
クラスでナンバーワンの不思議ちゃんも「先生言ってなかったよ!」と言っていた。
ここで、私は思ったのだ。
先生はタイムを言っていない。これはちゃんと証言者もいる事実だ。
しかし、自分の保身のためにそれを認めない大人に何を言っても、意味がない。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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